第31話 完封記録
プロの世界において数々の記録を残している直史であるが、それでも二度と作れない記録というものはあるのだ。
たとえば完封の記録である。
連続した完封記録などはあるが、公式記録において全て完封。
それをやってしまっているのが昇馬である。
関東大会の二回戦、これに勝てばベスト4進出で、ほぼセンバツ出場は決定する。
対戦相手は群馬代表の桐生学園。
今年の夏も甲子園に出場し、エース相馬の活躍もありベスト8まで勝ち残った。
その相馬はプロ志望届を出しており、明日のドラフトで指名されるのは間違いないだろう。
今年はかなり、高校生のピッチャーが豊富だと言われている。
絶対的エースは去ったが、それでもここまで勝ち残ってきた新チーム。
しかし対戦相手が白富東というのが、難しい顔をさせる理由である。
一回戦も単打二本を浴びた以外は、20奪三振で完封。
夏の大会も決勝まで、全試合完封という試合内容であった。
もちろん白富東も、三年生は引退している。
だがそんな勝ち方をしたバッテリーが、そのまま残っているのだ。
桐生学園もその実力は、群馬県で屈指のものだ。
絶対的エースは引退したというものの、それをどうにか埋めるだけの継投をしたりはする。
白富東の打線は、正面から打ってこのレベルで点が取れるのは、昇馬とアルトの二人ぐらい。
真琴でさえもかなり、力負けするのは確かなのだ。
だから上手く勝負を避ければ、失点することはないかもしれない。
だが昇馬から点を取るイメージも、浮かばないのは本当である。
ここを勝てばセンバツの出場は決まったようなものである。
過去の例から見ても、とんでもない大敗を喫するか、昇馬が大怪我でもしない限りは、問題なく選ばれるだろう。
あるいはここで負けても、選ばれる可能性自体はある。
確率の低さは、さすがに誰もが分かっているだろうが。
鬼塚としては今日の試合が、今年の残る試合の中で、一番重要だと分かっている。
もちろん勝ち進んでいけば、関東大会優勝から、神宮大会への道もある。
だが神宮大会は時期的にも日程的にも、ピッチャーに負担がかかるのは確かだ。
季節的に11月中旬からの開催。
それはちょっと野球のシーズンとは、もう外れてしまっている。
さらに正直なところを言えば、さっさと選手全体の、フィジカルを鍛えていきたいのだ。
公式戦においても、もちろん鍛えられるものはある。
だが経験などを積むよりも、今は単純にフィジカルが足りていない。
技術があればパワーはいらない、などという人間もいる。
ただ技術を身につけるよりも、パワーを増す方が簡単なのだ。
ここで勝って、おそらく桜印には負けるのではないか。
桜印に勝ったとしても、神宮大会はどうなるのか。
東京代表として、おそらく帝都一が出てくる。
神宮に慣れているだけに、おそらく一番手ごわいであろう。
ただ最近の神宮大会は、東北勢の健闘が目立つ。
どちらにしろ神宮大会は、来年勝つことを目指せばいい。
春のセンバツに勝つために、少しでも早く本格的なフィジカルトレーニングに入りたい。
昇馬はいいが、他の選手が問題だ。
その昇馬にしても、夏からずっと投げている試合が多い。
この関東大会、少しはアルトや真琴に任せたかったが、そうすれば負けていたかもしれない。
準々決勝でもある二回戦、これまた桐生学園相手に、昇馬が完封して勝利した。
今度は相手のエラー絡みから、珍しくも下位打線がヒットをなしで、一点を取ったのだ。
ただここで対応方法は、ほぼ共有されてしまったと言えるだろう。
まず昇馬とは、正面対決は徹底的に避けられた。
外を中心としたボールで、歩かせるということが基本戦術。
出来れば外のボールを引っ掛けさせる、という一発を警戒したものになった。
また昇馬だけではなく、アルトも警戒されている。
この二人で白富東の、得点力の半分にはなっている。
打点を増やすにしろ、自分でホームを踏むにしろ、それが二人の力である。
そこさえどうにか抑えれば、白富東の打線は大半、凡退して終わってしまうのだ。
それでも試合は、白富東が勝った。
1-0というまたも、薄氷を踏むがごときピッチングであった。
打たれたヒットは一本だけで、あとはデッドボールを一つとエラーを一つ。
もっともエラーとは言っても、強襲ヒットと言ってもいい当たりであった。
タイミングがぎりぎりであったため、一塁への送球が逸れてしまったのだ。
白富東の現在の、攻略法のようなものは見えてきた。
元々存在していたのが、さらに明らかになってきたと言うべきか。
とにかくバッティング面では、昇馬のホームランを警戒する。
そして昇馬を抑えたからといって、アルトに油断してはいけない。
この二人以外のところからは、そうそう点は入らないのだ。
逆にどうやって、昇馬から点を取るのか。
これは本当に、まだ分かっていない。
球数を投げさせるべきだ、というのは当たり前の話である。
しかしそういう意識であっても、基本的に昇馬は遊び球が少ない。
真琴のリードもあるが、ただ秋の大会になってからは、情報も少なくなっているはずなのだ。
もっとも春の関東大会などでも、そんな相手に昇馬は完封していったのだが。
鬼塚としては一点は、どうにかベンチの采配で取ってしまえる。
高校野球ならスーパーエースであっても、関東大会レベルになれば、一点ぐらいは取られるのだ。
しかし昇馬は一点も失わず、また半分以上を三振でアウトにする。
こんなピッチャーをどうして攻略するのか。
無失点イニング記録が、どんどんと伸びていっている。
公式戦のみならず、練習試合でも点を取られることはない。
しかもサウスポーだけではなく、しっかりと右でも投げた上でのことだ。
この左右両利きというのが、手の付けられない最大の原因ではないか。
基本的にはサウスポーなのだが、サウスポーに強いという珍しい相手には、右で投げることもある。
昨今の野球では、利き腕に関係なく、左打者として矯正する者が多い。
それに対してはより、サウスポーは効果が高い。
だがそんな時流の上で、あえて右でしっかりと打つ、スラッガーがいる。
そんな時に昇馬は、あるいは右で投げたりもするのだ。
点を取られることなく、延長狙いで試合を運ぶ。
それがおそらく勝つためには、一番なのではないか。
甲子園に行くレベルの学校であると、エースクラスが各学年に一人ずつはいる。
桜印は将典が一年生エースであったが、甲子園では他のピッチャーも投げたのだ。
白富東にしても、県大会レベルであれば、アルトや真琴が投げている。
だが夏などは一回戦から全て、昇馬が完投して完封した。
鬼塚のこの起用を、叩く論調もあったものである。
ベスト4には進出したのだ。
相手は桜印が、予想通りに勝ち上がってきた。
ここまで残っているのは、栃木、山梨、神奈川、千葉の優勝校。
この四校はほぼ、センバツが決まったと言ってもいいだろう。
あとは神宮大会で、東京代表との試合がどうなるかだ。
色々と変わったりはするが、基本的に今は東京と関東を合わせて、そこから六校が選ばれる。
東京が1.5で関東が4.5だが、実際にはもちろん0.5という選ばれ方はしない。
なので神宮大会の結果が、かなり重要になってくる。
もしくはそれぞれの代表を相手に、どういう試合を展開していったか。
基本的に春のセンバツは、ピッチャーの優れたチームが選ばれることが多い。
あるいはベスト8になった時点で、昇馬のいる白富東は、選ばれていたかもしれない。
ただ確実であるのは、やはりベスト4であったのだ。
ここからの試合、ある程度の実験などもしておくべきか。
チーム全体のレベルを高めることを、鬼塚は悩んでいる。
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