第28話 秋風の中で
秋季大会などと言っても、実際はまだ残暑の厳しい中で行われるのが、県大会であったりする。
だが関東大会ともなると、10月も下旬。
本格的に秋の訪れを感じることになる。
最近は暑い季節から一気に、冬になる気温の変化などもあるが。
野球の季節は夏である。
だがそれでも猛暑日などというのは、昔はなかったのである。
鬼塚も既に、猛暑日というのは普通に定着した世代ではある。
ただ昔は積雪量も、ある程度一定であった、という話は聞いたりする。
スポーツ選手でありながら、それなりに本を読んだりもする鬼塚は、地球温暖化よりも小氷期の終わりなどが、今の気候の原因なのではなどと思ったりもする。
屋外のスポーツが、やりにくい時代になっているのだろうか。
グラウンドの中でも特に、マウンド上の体感気温は、50度を超えていたかもしれない。
基本的にナイターの多いプロの方が、高校野球よりも楽だったとさえ思う。
甲子園のあの熱量は、プロでもありえないものだ。
日本一になった時よりも、甲子園で優勝した時の方が、喜びは大きかった。
もちろんプロで優勝した時も、嬉しくないわけではなかったのだが。
プロ野球選手というのは、そのままの意味で仕事である。
極端な話、チームがいくら負けていても、自分が数字を残して年俸を上げればいい。
もちろんベテランになってくると、チームのためにという意識も強くなる。
だが最初の数年は、とにかくスタメンを勝ち取るのに精一杯だった。
ようやく定着すると、今度はそこからどれだけ、個人の成績を残せるかという話になる。
鬼塚の場合は結婚相手に恵まれたこともあり、野球一本に本当に専念出来た。
もっとも子供たちとの接点が少なかったせいか、野球をやっている息子は一人もいないのだが。
高校生として、プロとして、コーチとして、監督として選手を見る。
とりあえず気になるのは、昇馬のスタンドプレイといったところか。
いや、別に悪いことをしているわけではない。
だがここのところ、野球部の練習に全ては出ていないのだ。
バスケ部に参加していたりする。
アメリカでは高校段階でもまだ、複数のスポーツを掛け持ちするのは普通だという。
実際にプロのドラフトで、二つ以上のプロリーグから指名されることも事例がある。
鬼塚の知る限りでも、武史は頻繁にバスケ部に参加していたし、それはアレクも同じだ。
サッカーの国からやってきたアレクだが、日本は芝でプレイできないので、余計に遠ざかったらしい。
その長身を活かして、バスケ部に混じったりもしていたが。
監督の立場からすると、他のスポーツをやっていて、怪我をしたらどうするのか、と思ったりする。
だがアメリカでは下手に一つのスポーツに特化しないことで、肉体の適応力を高める、という意識があるらしい。
実際のところ、バスケに必要なバネというのは、ピッチャーにも充分に応用可能なものだろう。
それに鬼塚が何か言ったところで、昇馬は従うような人間ではない。
そもそも白富東は、データ班は特にそうだが、他の部と兼部している生徒もいるのだ。
そんなわけで、関東大会が始まった。
一日目は白富東の試合はなく、二つの球場で二試合ずつが行われる。
どちらの勝者とも、決勝までは対戦しない、完全にトーナメントは決まった大会だ。
思えば甲子園は、途中でクジで対戦が決まるという、興行的な要素もあった。
それに比べると関東大会などは、監督としても計算がしやすい。
決勝の相手までは、あまり気にしていない鬼塚である。
ベスト4まで残れば、それで充分だからだ。
投手力は全く落ちていない白富東だが、攻撃力の方は問題だ。
昇馬、アルト、真琴の並びで点を取れなければ、かなり延長などに突入する可能性もある。
実際関東大会レベルだと、相手もほぼ全国区。
上手くこちらのスラッガーを回避していけば、点を取られないかもしれないのだ。
甲子園と違って、宿泊が出来るわけでもない。
県によってはそれもあるが、白富東は千葉から神奈川まで、上手くバスを使えば移動できる。
部員の数も考えれば、どうにでもなるのだ。
ただし随分と、早起きしなければいけない。
甲子園に比べるとあまりにも、その扱いに差がある。
とりあえず一日目は、栃木、茨城、山梨、埼玉の代表が勝ちあがっていった。
トーチバはここで敗退している。
そして二日目、市営球場の第一試合で、白富東は栃木代表の平大栃木と対戦することになる。
正直なところ、この対戦にもある程度のリスクがある。
新チームになってからの情報は、やはり不足しているからだ。
対戦相手は昇馬のデータを、春と夏で充分に手に入れているだろう。
しかし平大栃木のピッチャーは、そこまでのデータはない。
栃木県の大会のデータは、スコアとして存在している。
だが分析するには、映像などの記録が少なすぎる。
それでも各種の数字から、見えてくることもあるのだ。
平均的な、エースクラス二人を揃えて、継投で勝つタイプのチーム。
もっともそのエースにしても、絶対的なものではない。
先攻を取ることには成功した。
だが一番バッターの昇馬を、いきなり敬遠してきている。
自分でもそうするだろうな、と鬼塚は納得する。
甲子園でもないのだから、汚い野次は飛んでこない。
だがその次が、ツメが甘かった。
二番のアルトに投げたボールは、わずかに浮いたようである。
そしてそれを打ったアルトは、スタンドに放り込む。
いきなりのツーランホームランで、試合は大きく白富東に傾いて始まった。
日程的に見ても、昇馬が完投して、勝っていけるトーナメントだ。
もっとも点差次第では、アルトや真琴に投げてもらうことも考えている。
その場合もベンチには戻さず、外野に入ってはもらうだろう。
そしてピンチになれば、またマウンドに戻していく。
自転車操業のような選手起用だが、なにしろ選手層が薄いので仕方がない。
それに昇馬は最初から、自分一人で試合を終わらせるつもりであった。
白富東も、アルトと真琴はそれなりに、全国区でも通用する。
特に真琴は軟投派と言うか、変則派のピッチングだ。
サウスポーのサイドスローというのは、全国区のチームであっても、そうそうお目にかかることは出来ないだろう。
しかもそれで、130km/hが出せるのだ。
ただこの試合は、ほとんど昇馬だけのものとなった。
いきなり一回の裏、三者三振でスタート。
三番打者がかろうじてバットに当てたが、あとは全員が見逃しか空振りである。
内角に投げられたら、腰が引けてスイングが出来ないのだ。
二回以降、白富東の攻撃は下位打線だけではなく、ほとんどが凡退していく。
いくら昇馬やアルトで練習をしようと、まずはスイングスピードの問題があるのだ。
ただ、選球眼は良くなった。
速い球に慣れていれば、ちゃんと見ていけるのだ。
もっともそれを打っても、長打にするだけの力はない。
パワーアップは冬の間の課題である。
今はとにかく、センバツへの切符を手にすることが重要なのだ。
そして一点あれば、ほとんど昇馬は勝ってしまう。
夏の甲子園で、全試合を完封したというのは、伊達ではないのだ。
ここまでずっと、無失点の試合を続けている。
とりあえず点さえ取られなければ、負けることはないのだ。
そして二点も取ってもらえば、おおよそ勝負はついてくる。
昇馬のピッチャーとしての制圧力は、直史にも似たものだ。
直史と違うのは、昇馬の方が体力に優れているところだろうか。
もっともこれはまだアマチュアレベル。
プロのレベルに到達すれば、選手は全員が超高校級。
そういったレベルに達した時、果たして通用するのか。
とりあえずこの試合においては、守備の方に課題が残った。
エラーなどは出ていないのだが、強襲ヒットなどで、二本のヒット扱いになったのだ。
それでも完封し、20奪三振。
この奪三振率の高さがあると、守備の拙さをなんとか抑えられる。
あと一つ勝てば、とりあえずはセンバツは決まる。
桜印が勝ち上がってくれば、その時にはかなりの苦戦になるだろう。
特に上杉将典の調子が良ければ、昇馬でも確実に打てるとは言えない。
選手層の薄い、秋の戦いは続く。
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