第26話 悩む指揮官

 野球というスポーツの偶然性が高いのは間違いない。

 だが高校レベルであれば、まだ全国のレベルでも無双出来るピッチャーはいるらしい。

(そういや、ああいう人たちだったな)

 遠い目をした鬼塚は、我に返って関東大会のためのデータを分析していく。


 16チームが参加する中で、二度勝てば確実にセンバツには行けるだろう。

 だが一度であっても、運次第で進めなくはない。

 問題は全て、どういうトーナメントになるかだ。

 とりあえず初戦の相手は、各県の優勝校にならないのは幸いである。

「でも今年は神奈川から三校なんだよなあ」

 どうしてもぼやいてしまう鬼塚である。


 神奈川の野球のレベルは、とんでもなく高い。

 もちろん大阪や愛知、そして東京も強豪が多い地区である。

 ただこの場合は、関東の中でどうなのか、というのが問題だ。

 単純にチーム数で考えれば、関東大会に出てこない東京を除いて一番多い。

 それに続くのが千葉、そして埼玉ということになっている。


 ただチーム数はともかく、実力順であうと、神奈川の次は埼玉と最近は言われる。

 埼玉はある程度、選手を集めやすいという理由もあるし、地理的に有利でもあるからだ。

 埼玉は東西南北に練習試合に行けるのに対し、千葉は北と西しか空いていない。

 選手を集めるために動き回るにしても、埼玉からならあちこと動けるのが大きい。


 もっとも千葉が一時的に弱くなった原因は、それこそ白富東にあるし、公立校の強化というのが挙げられる。

 確かに去年までも、私立の強豪が甲子園に行くことは多かった。

 だがそれ以外の私立の強豪が、公立に負けていることも多かったのだ。

 つまり公立校のレベルが高くなって、私立もあっさりとコールドで勝てなくなり、トーナメントを勝ち進むのが難しくなった。

 こうなると選手にとっても、ある意味では甲子園候補が絞られている、他の都道府県に進学した方がいい、ということになる。




 全ての県の代表が判明した。

 とりあえず一番の難敵になるであろう、桜印が優勝してくれたのは、むしろありがたいことだ。

 これで一回戦では当たらないのが、確定したからである。

 また他県の優勝チームとも、一回戦では当たらない。

 そして県大会が終わって早々に、抽選会が行われる。

 16チームによるトーナメントが決定した。


 高校野球は地区大会はそうでもないのに、関東や甲子園においては、クジによる利点があまりない。

 特に夏の選手権は、一試合多いか少ないかだけでも、かなりピッチャーの負担は変わってくる。

 もっとも白富東は、その一試合多いトーナメントを勝ち進み、見事に優勝したのだが。

「これがトーナメント表だ!」

「わざわざ言わんでも、もうネットで発表されてるけど」

 聖子の冷静すぎるツッコミは、実はツッコミではない。これは呆れである。


 各県の一位と二位のチームは、決勝まで進まなければ戦わないようになっている。

 また3チーム出ていると、その二位と三位とも、決勝までは当たらない。

 そして一回戦は、比較的楽なところと当たった。

「栃木って刷新ばっか強いよな」

 確かに夏はこの10年ほど、一年ぐらいを除いて、刷新が甲子園に出ている栃木である。

 その準優勝チーム、つまり二位チームが一回戦の相手であった。


 平大栃木という、上に大学がある私立の強豪である。

 ただ栃木は一強と呼ばれている県であり、実際に春の関東大会でも、刷新と対決している。

 あの時は上手く継投で乗り切ったが、昇馬一人で投げてもどうにかなるであろう。

「初戦と準々決勝の間に一日あるから、ここで上手く休みたいな」

 二回戦となる準々決勝は、群馬の優勝校桐生学園と、茨城の二位チームの対戦の勝者。

 桐生学園は夏の大会にも出場していて、ベスト8まで勝ち残っている。


 ただ絶対的エースと言われ、今年のドラフトでも注目株の相馬は引退した。

 新チームへの移行が、どうにか上手くいったということか。

 意外と夏の選手権で、甲子園の上位まで残ると、秋季大会ではあっさり負けたりする。

 新チームの始動が、他の甲子園に出場出来なかったチームよりも、遅くなるからである。

 それをちゃんとまた、県大会で優勝出来るチームにしているのだから、やはり名門の私立の力は凄い。

 白富東も、夏で全国制覇を果たし、また秋の県大会では優勝しているのだが、こちらは主力が残っている。




 そして準決勝は、おそらく桜印ではなかろうか。

 もちろん他のチームが弱いというわけではないが、桜印が一番抜きん出ているというのは間違いないだろう。

 ただ、当たるのが準決勝で助かった。

 千葉からは3チームが出場しているとはいえ、おそらく準決勝まで勝ち残るのは、せいぜい1チーム。

 すると準決勝まで勝ち残れば、ほぼ確実にセンバツには選ばれる。


 計算するのが早すぎるというのはある。

 とりあえず一つは勝たないといけないし、第二戦はかなりの強豪なのだ。

 甲子園でも投げていた二番手が、そのままエースに昇格したと言える。

 色々な情報から、そのあたりの分析はしているのだ。


 あとはもう、実際に対決してみるしかない。

 秋の大会はどうしても、手探りでの対決となる。

 その手探りの中で、白富東の戦力は、ほぼ把握されているという不利はあるだろう。

 昇馬のピッチャーとしての素質は、現在トップであるかもしれない。

 だがその手の内が知られていると、やはり不安は残ってしまう。


 鬼塚としては、ともかくデータ収集に力を使う。

 もちろんデータを確認するだけではなく、それをしっかりと分析することも重要だ。

 監督が頭を悩ませる、秋の季節が続いていく。

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