第24話 基準

 改めて確認である。

 今年の夏の優勝校枠というので、千葉は三位でも出場出来る。

 昔はなかった制度で、そもそも滅多に使われることがない。

 なので準決勝で負けても、関東大会には出場出来る。

 関東の場合は、これで16校という丁度いい数字になっている。

 だが向こうの山はトーチバと東雲の、私立強豪同士の対決となるため、三位決定戦でも面倒なものになる。

 また一位通過すると、他の県の優勝校とは一回戦では当たらなくて済む。

「今年は神奈川県開催だからな……」

 思わずため息を洩らす鬼塚。

 桜印の他には東名相模原、横浜学一あたりが勝ちあがってくるのではないか。

 おおよそ同じ日程で開催されていて、その3チームは確かに勝ち残っていた。


 関東からの出場枠は4.5となっている。

 東京の1.5と合わせて、関東からは6チームが出場出来るわけだ。

 この0.5は基本的に、関東代表と東京代表の、どちらが神宮大会でいい結果を出したかが、参考とされることが多い。

 もっとも関東大会を戦っているという時点で大変だ、という見方もあるため関東から選出される可能性は高い。

 ベスト4以上が基本的には、関東は安全ラインとなっている。

 だが優勝校相手に一回戦で大接戦などをしたりすると、他のベスト4を蹴落として選出されたりする場合もある。

 選出の内容が明確に決まっているわけではないため、たびたび問題にはなるのだ。

「春は投手力って言うし、うちがベスト4まで進出したら、ほぼ間違いなく選ばれるだろうな」

「しつも~ん、なんで春は投手力なの?」

「夏と違って春は、ピッチャーが暑さで消耗しないからじゃないか?」

 アルトの質問にも、自分なりの答えを返す鬼塚である。


 負けてもまだ後があるぞ、と考えて試合に臨む。

 これはプレッシャーが軽減されるかもしれないが、逆に緊張感が足りなくなってしまうかもしれない。

 どのみち優勝通過しないと関東の一回戦から、いきなり桜印あたりと当たる可能性もあるため、やはり勝つに越したことはないのだ。

 桜印も新チームであるが、間違いなく戦力の低下は、白富東よりもマシなはずだ。

 それを言うなら他のどのチームも、同じ事が言えるであろう。


 極端な話、延長の末に1-0で初戦敗退しても、相手が優勝チームで神宮大会まで優勝してしまったら、選出される可能性がある。

 21世紀枠ではないが、昇馬をまた甲子園で見たいという人間は、それなりにいるだろうからだ。

 冬の間に鍛えられるので、鬼塚としてはどうにかベスト4という意識はある。

 ベスト8でもかなり、選ばれる可能性はあると思うのだ。




 そういったことは全て、期待しすぎないようにする。

 実際鬼塚も、自分の現役時代は、選ばれるべくして選ばれたのだ。

 そして自分自身も、選んで白富東にやってきた。

 一応は一年の春から即戦力ではあったが、洗礼も受けたりした。

 同じ学年に武史とアレクがいたため、お山の大将にはならずに済んだ。

(考えてみればあの年、ドラフト一位指名される選手が二人もいたんだよな)

 アレクは高卒で競合だったし、武史もあれだけ逆指名的なことを言っておきながら競合になった。


 ただ二人とも普通に新人王は取ってしまったし、さらにはMLBまで行ったので、素質の総量が違ったと言えるだろうか。

 そんな二人と同じか、あるいはそれ以上の素質が昇馬にはある。

 能天気な武史に、ひたすらポジティブだったアレクと同じく、精神的にも昇馬はプロに行く器だ。

 だがこの秋季大会中に、バスケ部と一緒に遊んでいたりするなど、危機感が足りない。

 とは言っても中学の頃から、山歩きを平然とするなど、危機感の基準がそもそも違うのだろう。


 極端な話、昇馬は野球以外でも、食っていくだけの力を持っている。

 いや、野球以外でもと言うか、人間の社会を離れても、ある程度生きて行く力と言うべきか。

 田舎の舗装などされていない獣道を、いくらでも歩いていくのが昇馬だ。

 この季節は実りの季節のため、野生の生物が農作物を荒らしに来る。

 それを狩るのは狩猟禁止期間でも、害獣対策として許可されているのだ。


 準決勝の相手は、勇名館に決まった。

 これに勝てば文句なく、関東大会には出場である。

 ただ鬼塚は勇名館の新チームも、しっかりと確認している。

 また監督の東郷の方針も、しっかりチェックしている。


 白富東の伝説には、勇名館の名前が色々と出てくる。

 SS世代が最初に戦った、甲子園レベルのチームが勇名館であった。

 あそこで勝って夏のシードを得たことで、野球部は広い専用グラウンドを、そのまま使う許可を得たという経緯がある。

 そして夏にはその勇名館に逆襲を食らい、甲子園出場を逃した。 

 本当に、白富東が県内で負けたのは、あれが最後となったぐらい。

 そこから数年間、県内では無敵を誇ったのだ。


 今年の春と夏を見ても、勇名館は警戒すべき相手だ。

 特に春、コールドレベルの点差にならなかったのは、勇名館と三里ぐらいであるからだ。

 3-0と問題のない完封試合ではある。

 そして今度は昇馬が投げる。

 またロースコアのゲームとなるだろうが、勇名館としてもその覚悟は出来ているだろう。




 勝てば次の土日で、三位決定戦と決勝戦が行われる。

 つまりまた昇馬が投げられるぐらいには回復するので、関東大会への道はかなり見えている。

 それでも心配になってしまうのが、高校野球の監督というものなのだろうか。

 もちろん鬼塚は、それを表情には出さないが。


 ベスト4は他に、トーチバと東雲が残っている。

 20年以上前の、千葉県ベスト4のメンバーと言ってもいいだろう。

 トーチバは総合力で、東雲は一年生エースの力で、ここまで勝ちあがってきた。

 とは言え投手は継投が基本。

 投手力で上回る東雲が、トーチバを倒す可能性はそれなりに高いと思う。


 こちらはこちらで昇馬が、投げれば勝ってくれるピッチャーだ。

 ただ勇名館は、白富東を苦しめてきた実績がある。

 数字だけを見ても、総合力では向こうが有利。

 もっともバッテリーのどちらかが故障しない限り、点は取られないとも思うが。

 そう思っていると怪我をするのがフラグなのだが、昇馬はひょいひょいとあちことを出歩きながらも、怪我を負ったりはしない。

 むしろ真琴の方こそ、世界大会の影響はどうなのだ、と言いたいものである。


 勇名館を相手に、コールド勝ちなど期待できない。

 あちらは徹底的に、こちらのチャンスメイクを潰してくるだろう。

 それぐらい鍛えているのが、名門の守備というものだ。

 得点はやはり、主軸の長打に期待するしかない。

 ただかつての吉村のような、ドラフトに必ず引っかかるというようなピッチャーはいない。

 申告敬遠を使いまくっても、おそらくはあちらにストレスがかかるだけ。

 昇馬はそういう試合でもプレッシャーなくピッチングが出来る。

 そうやって不安要素を消していっても、鬼塚の胃は少しずつ痛んでしまうのであった。

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