第22話 大差と僅差

 土日に試合が行われるということで、かなりの観客が集まっている。

 昇馬のスペックなど、将来は必ずプロ入りからMLB移籍などが見えるため、それを高校時代から見ていたんだ、と言いたい野球おじさんが集まってくる。

 いや、ベテランというか、既に先輩の野球おじさんは、春の大会から見ているものだが。

 ちなみにさらなる先輩は、シニア時代の昇馬を既に知っている。

 どうでもいいことではあるが、野球おじさんの中でもカーストはある。

 その評価基準の一つが、有名選手をいかに古くから知っていたか、ということなのだ。

 ほんと、男って馬鹿よね。


「野球馬鹿が今日も集まってるなあ」

 のんびりと昇馬は言っているが、今日の先発はアルトである。

 昇馬はセンターに、真琴はファーストにという、甲子園では使われなかったポジションである。

 アルトも充分に優秀なピッチャーで、チーム数の多い千葉県であっても、かなりの上澄みだ。

 それでも昇馬に比べれば、一点や二点は取られてもおかしくはない。

 そして初戦をコールド勝ちしたとは言え、それは相手の戦意が喪失したところに付け込んだため。

 リセットされる次の試合は、そう甘い考えでは勝てない。


 先攻を取れなかったというのも、今日の試合の運要素がマイナスになっていると考えられるだろう。

 ただアルトの能力を考えれば、充分に完封出来るぐらいの相手ではある。

 六回を目途に真琴に代えて、昇馬の出番はなし。

 明日も試合があるので、そちらに回ってもらうためだ。

(けれど昇馬を最初の二回ぐらいだけに投げさせて、相手の戦意喪失を狙うっていう手段もあったかな)

 鬼塚はそう考えるが、全ては結果から判断の妥当性は導き出されるものだろう。




 一回の表、相手の先頭打者がヒットで出てしまった。

 振り遅れたような打球であったが、それがたまたま一二塁間を抜けていく。

 高校野球の内野守備は、こういうことが充分にあるのだ。

(やっぱり聖子の守備範囲は、北里よりは狭いよな)

 女子としては別格だが、そもそも北里が相当守備は上手かったこともある。

 瞬発力の違いによって、こういう結果が出てしまうのだ。


 そこから送りバントをされて、ワンナウトランナー二塁。

 捻りのない攻撃であるが、それが普通に成功してしまっているという時点で、白富東は圧倒できていない。

 アルトのボールでも、充分にバントを失敗させるだけの力はあるはずだ。

 しかし完全に自己犠牲で、送ってきた相手は徹底している。

 ちゃんと勝ちにきているのだ。


 白富東の試合がハイスコアゲームになることは絶対にない。

 いざとなれば、夏の全国制覇ピッチャーが出てくるからだ。

 それに初戦も、コールドで勝利はしている。

 もっともその試合の内容を見れば、相手のカバーミスなどがはっきりと分かる。

 つまりメンタルの問題なのだ。


 根性論で勝てるほど、甘いものではない。

 だが勝ちたいと思わなければ、勝つことは出来ない。

 上から目線でも、舐めプでもいいが、勝つという意思は必ず必要だ。

(最後の夏でもないんだから、そこまで必死になってほしくないなあ)

 そうも思うが相手からしたら、甲子園優勝チームなのだから、少しは油断してこいと思っているかもしれない。


 ブロック大会を勝って、初戦も僅差で勝ったチームなのだ。

 新チームになってからの実戦経験は、確実に白富東よりも上である。

 そしてそういうチームが必死であると、野球の神様は意地悪をする。

 守備の堅いところであるはずのショート鵜飼が、イレギュラーバウンドの処理に失敗。

 ワンナウト一三塁という、絶好のチャンスが向こうに到来してしまった。




 キャッチャー田辺がマウンドに向かい、確認をする。

 ベンチから鬼塚は、アウトを取っていけというサインを出した。

 ここで一点ならやってもいいのか、一点すら許さないのか。

 判断はやはり、最終的な結果でしか分からない。

 だが鬼塚は運の悪い内野を抜けていったボールや、イレギュラーの流れを考える。

 ここは一点を惜しんで、ピンチを拡大する場面ではない。


 四番が相手ではあるが、スクイズの可能性も充分にある。

 それを想定しても、無理にホームでアウトは取らない。

 二塁でアウトというのも考えず、確実に一塁でアウトを取る。

 この判断をちゃんと、内野陣は出来ているのかどうか。


 相手の四番がやってきたのは、まさにスクイズであった。

 タイミング的には微妙であったが、田辺はファーストを指示する。

 ヒット一本でチャンスは作られたが、その後はエラーと犠打で一点。

 悪くはない試合の始まり方と、向こうは思っているだろう。

(これでツーアウト二塁か)

 またヒットが出たら、さらに一点が入ってくる。

 しかしそこまで試合の流れは、白富東の悪い方には入ってこない。

 ショートゴロを確実に処理して、まずは一回の表が終わり。

 

 勘違いしそうになるが、秋の大会は県大会本戦が、既にある程度の選別は済んでいるのだ。

 初戦をシードで戦わなくて済み、次の試合もコールドで勝ったが、この試合は既に準々決勝。

 そこまで勝ち進んできているチームなら、一点ぐらいは取られてもおかしくない。

 逆にそういうチームがノーアウトからランナーを出したのに、一点だけで済ませたと考えた方がいい。

「というわけで、切り替えていこうか」

 一番切り替えていけてなかった、鬼塚もそう言う。


 この試合も一番バッターは、昇馬になっている。

 そして二番に、ピッチャーのアルトが入っているあたり、本当に一部の戦力に依存していることが分かるだろう。

 果たしてこの準々決勝で相手はどう考えているのか。

(次は多分勇名館だから、そもそも昇馬を温存しているわけだしな)

 春の大会で当たったが、3-0で勝っている。

 逆に言えば三点しか取れなかったのだ。


 その時よりも、白富東の得点力は落ちている。

 ならば一点の勝負になると、考えてもおかしくはない。

 昇馬に対して、どういうピッチングをしてくるか。

 ピッチャーとしての評価の方が高いが、一番バッターでありながら、昇馬は甲子園で二本のホームランを打っていた。

 一人で一点を取ってしまえ、というのが昇馬に命じられたタスクである。

 そんな昇馬に対して、向こうは申告敬遠を使ってこない。




 ブロック大会と県大会の一回戦と二回戦、それなりのデータは揃っている。

 いずれもロースコアで勝ってきたのが、このチームなのである。

 公立校に多い、国立や星の薫陶を受けてきたというわけでもない。

 だがそれでも、勝ち筋を探しているのだ。


 ゾーンに安易に投げてきたりはしない。

 それでも外を中心に、少しは打てそうなところを探っている。

 昇馬ではなく父親であったら、問答無用でスタンドに叩き込んでいるようなコースだ。

 さすがに昇馬は、ボール球でも打てればいい、などという非常識さは持っていない。

 ちゃんと標準サイズのバットを使っているのだ。


 結局は歩かされた。

 だが一球、外のボールでストライクは取られた。

 この打席自体は、歩かせたという結果のみが残る。

 問題は次の打席以降に、どういうことをやってくるかだ。


 そしてランナーとなった昇馬は、今日はピッチングの予定がない。

 つまり遠慮なく走っても構わないということだ。

 初球からストレートに対して、昇馬はスチールを仕掛ける。

 このあたり試合前から、相手のピッチャーのフォームを分析している、情報班の活躍が大きい。

(球場の中で戦うのが苦しいなら、外でも優位に戦えばいい)

 鬼塚としては、そういう考えであるのだ。


 ただここは、本当に徹底されていると言おうか。

 空いた一塁に、アルトは歩かされてしまう。

 確かに夏の大会、アルトも四割を打っていて、長打はホームランを含めてそれなりにあった。

 また一塁まで埋めてしまった方が、アウトを取りやすいということはある。

「まあ、間違ってはあらへんのやろうけど」

 本日三番に入っているのは、ミート力が高くてバント能力も高い聖子であるのだ。

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