第20話 戦力不足

 昇馬のボールを捕れるのは、真琴とアルトである。

 しかしアルトは外野を守るため、出来れば動かしたくはない。

 その守備範囲を考えれば、センターラインのもう一方の要とも言える。

 それにキャッチャーをすると、自然と足に遅筋がついてしまい、走力が落ちることがあるのだ。

 実際にキャッチャーの理想的な構えというのは、ずっとあの姿勢のまま固定しなければいけない。

 樋口などのように、細かく動きながらもピッチャーを誘導し、自分の走力を衰えさせないキャッチャーは、ほとんど唯一無二の存在だ。


 キャッチャーというのは本当に、ピッチャー以上の専門職になりつつある。

 既にピッチャーは、多くのステージでDHが使われるようになっているからだ。

 もっともそれはそれで、面白さが減ってくる。

 それに昇馬のような、どちらも飛びぬけた選手というのは、使うのが難しくなってくるのだ。


 誰かがいずれは、野球も攻撃と守備が完全に独立した、18人でやるスポーツになるのでは、などと言っていた。

 打撃だけの選手に、守備だけの選手。

 それは極端な話であるが、今でも終盤の守備固めの選手というのは存在する。

 しかしそれをやってしまっては、野球はもう終わりであろう。

 実際にアメフトがそうであるらしいが、あれはまさにアメリカンフットボールなのだ。

 ちなみに年俸で話をするならば、NBAが一番平均が高くなるらしい。

 そしてアメフトは、引退後に体を壊す確率が一番高い。

 そもそもあんなぶつかり合いで、壊れない方がおかしいというものである。


 そんな話はどうでもよくて、鬼塚はとにかくチーム編成に忙しい。

 中には来年の受験者が、練習を見に来たりする日もあったりする。

 鬼塚の記憶にある白富東は、自分たちの年代から部員が多くなった。

 しかし翌年には、さらに部員が多くなっていたのだ。

 最後の一年、入ってきた一年生は、体育推薦の選手たちがいた。

 その中にはいまだに、タイタンズで四番を打っている悟がいた。


 今でも白富東に、体育科というものはある。

 だが設立当初に比べると、ある程度の学力が必要とされるようになっているのだ。

 白富東は歴史のある公立校だけあって、多くの大学に推薦枠がある。

 鬼塚としてもプロからの調査書が来なければ、普通に大学に行っていたであろう。

 推薦枠ではなく自力で、直史たちの後を追っていた学力はあった。




 全国制覇を果たしたチームに、いい選手が入ってこないわけがない。

 ただ白富東は、学費無料で寮費も無料などという、私立の特待生枠はない。

 元々公立なので、入学金も学費も、安いと言えば安い。

 それに寮にしても、いまだに維持はされている。

 体育科の生徒が、県内の遠方出身だと、通学が困難であるからだ。


 来年の夏は、間違いなく楽な戦力で戦える。

 それこそ一年に、即戦力が入ってくる可能性すらある。

 だが今必要なのは、秋の大会で戦える選手なのだ。

 今さら野球部に入ってくるような、経験者などは存在しない。

 本当に限られた戦力を、上手く運用しなければ勝てないのだ。


 これはシニアのように、途中からでも戦力が入ってくる形態より、よほど戦うのが難しい。

 いっそのこと転校生でもいないかなと思うが、転入試験は難しいし、即戦力などは来るはずもない。

 夢のようなことは考えず、とにかく今の戦力でどうにかするしかない。

 そんな状況で、ちょっと伝手をたどってみれば、早大付属の二軍との、練習試合が組めたりした。


 プロ野球はいよいよ、シーズンも佳境になっている。

 だが直史の伝手からは、早稲谷の同窓生に話がつけられる。

 そして早稲谷の同窓生は、早大付属の出身であったりする。

 そこで人のつながりがあって、普通に練習試合を受けてくれた。

 もっとも一軍の方は、既に予約が埋まっていたわけだが。


 実際は、おそらく昇馬と対戦させたくなかったのだろう。

 下手に新チームが、完全に抑えこまれてしまっては、秋季大会に悪い影響を残す。

 ただある程度の経験はさせておきたい、というのが正直なところなのだ。

 それは鬼塚も普通に分かる。

「秋の大会って言っても、まだまだ普通に暑いよな」

 のんびりと話す昇馬も連れて、白富東の全部員とマネージャーは、一台のバスで早大付属に向かったのである。




 そして負けた。

 ダブルヘッダーで対戦したのだが、アルトと真琴で継投した試合も、昇馬に投げさせた試合も、両方で負けた。

 ただ完全な力勝負で負けたのではなく、昇馬は右投げをある程度試したため負けたのと、あとは守備で及ばない部分があった。

 また昇馬が、精神的に集中力を欠いていた部分もあるかもしれない。

 それに真琴が、完全に打撃でスランプに陥っていた。


 昇馬とアルトの二人だけで、長打二本で点を取る、というパターンは作れている。

 だがホームランにさえ注意するピッチングをされると、なかなか打てるものではない。

 また敬遠気味に投げられると、やはりホームランにまで持っていくのは難しい。

 2-1と3-1の、ロースコアでの敗北である。


 投手と守備の方は、ある程度の運の悪さが原因である。

 しかし打線は、やはり完全に得点パターンが失われている。

 真琴のスランプについては、おそらく女子野球のスピードに慣れてしまった部分があるだろう。

 それはいいとしても、少しチャンスになったところで、代打に出せる選手もいないのが問題だ。

 守備だけはいいはずなのだが、それでも点が入らないとミスも出てくる。

 下手に昇馬が三振を取りまくるので、守備のエラーさえなければどうにかなる、と考えているのが悪いのかもしれない。


 二試合とも負けて、相手の早大付属の監督は、ニコニコ顔であった。

 夏を制覇したチーム、そしてピッチャーを相手に勝ったのだから、それも無理はないかもしれない。

 東京からセンバツに出られるのは、一校か二校。

 優勝チームは問題なく出られるが、準優勝チームはその後の、神宮大会の結果を待たなければいけない。

 ただそれも確実ではないのだ。


 今日の試合の勝敗は、運がかなりの要素を占めていた。

 思えば夏は、変なエラーからの失点などもなく、かなり運が良かったのだ。

 昇馬が完封すれば、負けることはない。

 だがたったの一失点でも、負ける可能性が出来ている。

(昇馬とアルトを並べても、下手すりゃ両方敬遠した方が、失点は減らせるのかもな)

 そういう時のために、真琴がいたりもしたのだが。


 秋季大会は迫ってきている。

 一回戦はシードであり、二回戦からの登場にはなっている。

 だが普通に私立の強豪と、そこそこ当たるトーナメント表。

 トーチバは相変わらず、向こう側の山であったりするが。

 なんとか関東大会に出て、あとは桜印あたりと一回戦で当たらないことを祈るか。

 そういった運の要素の強い、秋の大会になりそうである。

(マンガとかで九人揃えて甲子園目指すとかって、完全なフィクションだよなあ)

 ちなみにベンチが埋まらないメンバー数で、甲子園に出場した例は普通にある。

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