第19話 選手層

 選手層が薄いのに全国制覇をしてしまったチームの、次のキャプテンに選ばれるということ。

 ほとんど罰ゲームのようなポジションに、白富東の二年生キャプテン田辺はいる。

「四回勝てば、どうにか関東大会には出場か……」

 夏休みの間に、県大会のブロック予選は終わっている。

 そして甲子園に行っていた白富東は、普通にシード扱いである。

「ピッチャーの枚数は足りてるんだ」

 田辺はそう考えるが、さすがに県大会のベスト8ぐらいからは、ある程度の失点はするだろう。

 日程的には昇馬とアルト、そして真琴の三人でどうにかなると思う。

 だがロースコアゲームに持ち込んだ上で、どうやって昇馬とアルトを使って、点を取るのかが問題だ。


 なんだかんだ言いながら、三年生は北里が決定的な点を取ったりしたし、桑本もそれなりに打っていた。

 北里などは私立に推薦で行くか? などと教師に言われていたりもする。

 本人は地元の国立が第一志望なので、もう野球をやるつもりはないらしいが。

 田辺としてもその気持ちは分かる。

 自分の野球キャリアの最高峰で、もうストップさせてしまいたいのだ。

 大学野球もそれなりに盛大なものではあるが、甲子園に比べたらその価値ははるかに劣る。

 ただ大学野球をやっていると、就職では有利であったりするらしい。


 大学野球などというのは、高校野球とは完全に違って、いまだに体制が古いものである。

 もっとも一部と二部で分かれているリーグなどでは、考え方も新しくなっているところもあるらしい。

 上下関係を叩き込まれ、メンタルが強くなる。

 そういう思い込みによって、無駄な時間を送る人間が増えていくわけだ。


 田辺もまた、大学ではせいぜい、野球サークルに入るかどうかというところだ。

 白富東の人間は個性が強く、高校の段階で将来やりたいことが決まっている人間も多い。

 ただ楽しむことについては、貪欲な人間が増える校風となっている。

 そして楽しむためには、そのことについて真剣にならなければいけない。


 まったく、困っているのは監督とキャプテンだけではない。

 そもそも県大会までなら、おそらく決勝に進むことは出来ると思うのだ。

 トーチバを筆頭とした私立強豪は、この秋から出てきたとんでもない戦力というものは聞かない。

 土日だけで行われる県大会であるが、三人のピッチャーを上手く使えば、そこまでは勝てるだろう。

 ただ真琴とアルトに投げさせる時、どうやって点を取ればいいのか。

 単純に考えれば、真琴も上位打線にもってくれば、という話になる。

 なにしろ甲子園でも、しっかいと長打を打っていたのだから。




 守備力が一番高くなるのは、当然ながら昇馬が投げる場合である。

 その次にはアルトが投げる場合、昇馬がセンターを守ることとなる。

 二年生キャッチャーの坂田は、昇馬のボールはまだ捕れないが、真琴やアルトならどうにかキャッチ出来る。

 140km/h台の半ばをキャッチするというのは、それなりに大変なことなのだが、そこはもう練習である。


 今年の春や夏、県大会はなんだかんだ言いながら、上級生もそれなりに打ってコールド成立させていた。

 なのでピッチャーの消耗はあまりなかった、とは確かに言えるのだ。

 だが三年生が抜けると、得点力が本当に一部に偏ってしまう。

 もちろん打撃力だけが、ビッグイニングを作る要因ではない。

 相手を混乱させて、そこに出来た隙を突く。

 それこそが高校野球の、醍醐味とも言えるものだ。


 昇馬が投げる試合は、出来るだけコールドで勝てないか。

 なにしろあの球速なのであるから、先発が昇馬というだけで、戦意喪失してしまうチームもあるはずだ。

 あとはやはり、昇馬にホームランを打ってもらうか。

 鬼塚はふと気になって、昇馬の打撃成績を見てみた。

 春季大会で関東の決勝まで行き、甲子園を制覇したからでもあるが、えげつないことになっている。

 公式戦だけで既に、ホームランを23本も打っているのだ。


 高校通算50本のホームランを打っている、などというスラッガーがいたりする。

 だがその50本というのは、練習試合や紅白戦、全てを合わせたものであることが多い。

 それに一回戦や二回戦で、無名のピッチャーから打ったものと、甲子園で打ったものは価値が違うだろう。

「関東大会と甲子園だけに限っても、10試合で七本打ってるのか……」

 鬼塚は呆れるが、勝負してきてくれれば、それは打てるものなのだろう。


 普通ならこれは、四番に置くべき存在だ。

 だがチーム事情からしても、一番に置き続けるべきであろう。

 今後は敬遠されることが、もっと多くなってくる。

 その時には足を活かして、盗塁したりもう一つ先に進塁したりと、ピッチャーにプレッシャーを与えていくのだ。

 それにもっと単純に、一番多く打席の回ってくる打順に置くべきだ。


 真琴を上位打線に持ってこようか。

 ホームランは難しいが、それなりに長打を打つことはある真琴である。

 U-18でもホームランを打っていて、ピッチャーをしながらなのに打点王に輝いた。

 もっともオープニングラウンドなど、圧倒的に力の差がある試合はあったため、打率やOPSで考えるべきであろうが。

「それでも女子の中なら圧倒的か」

 あとはミートなら得意な聖子であるが、さすがに真琴と比べるとパワー不足だ。

 女子の平均よりは、はるかに優れた身体能力を持ってはいるのだが。




 県大会の本戦までに、練習試合をもう一度行っておきたい。

 その相手は、県内はもちろん関東の相手でも、成立させるのは難しい。

 なにしろ強豪相手であると、関東大会でセンバツの座を巡る、競争相手になるからだ。

 だが一つだけ、それを回避する手段がある。


 単純な話で、東京のチームと練習試合をするのだ。

 東京は春と違い、秋は関東大会に出てこない。

 優勝校がそのままセンバツに出場し、準優勝校でも神宮大会の内容によっては、出られる可能性がある。

「帝都一か……」

 あちらも新チームになったばかりで、まだ固まってはいないかもしれない。

 だが圧倒的に、選手層が違うのだ。


 たった20人の選手しかいない白富東。

 それに対して帝都一は、三年生が引退しても、60人以上の部員がいる。

 そもそも入学する時点で、特待生やスポーツ推薦、20人ほどは野球枠で入ってくるのだ。

 そこに一般入学から、推薦などが取れなくても、どうにか入ってくる選手がいる。

 意外とそういったところからも、三年になるまでにレギュラーを取る選手がいたりするらしい。


 果たして帝都一との練習試合を組むべきか。

 いや、申し込んだところで、受けてくれるかは微妙だが。

 夏に完封されて負けた相手と、センバツ出場のために新チームを作っているジンが、果たして受けてくれるか。

(まあ無理であっても、話してみるぐらいはいいか)

 鬼塚としては、白富東の現在の戦力で、どうやったらセンバツに出ることが出来るのか。

 主力が残っているのに、かなり困っているのは確かだった。


 ちなみにジンとしても、この申し入れは受けられない。

 夏の決勝の印象が、まだ強すぎるからだ。

 ここで少しは弱体化している新チームが、また昇馬に完全に抑えられたらどうなるか。

 帝都一としては受けられないのは当たり前の話である。


 ただ、東京のチームを対象とするのは、間違いではない。

 もっとも東京は東京で、普通に秋の大会を戦っている。

 なのでもし試合をするとしても、二軍相手になるというのが、ジンの考えだ。

 夏の大会で、帝都一は敗北したが、データはしっかりと記録した。

 もしもセンバツ出場が決定すれば、その時はどうするか。

 昇馬のデータを更新しておきたいというのも、ジンの正直な感想であるのだ。

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