第18話 新チーム

 真琴が王子様化しつつある。

 中学時代から、その傾向は確かにあったのだが。

 ボーイッシュなショートカットに、身長も女子の平均をかなり上回り、身体能力は抜群。

 性格も良いとなれば確かにモテることはモテるだろう。

 ならば昇馬などはもっとモテるのではないかとも思うが、実のところ昇馬はコミュニケーションをあまり取ろうとしない。

 一人で山や森の中にいる方が、生きていることを感じる変人である。


 女子が男子に混じって、全国制覇を果たした。

 昇馬の力が大きかったのは確かだが、真琴がいなかったら優勝出来なかったのも、ほぼ間違いのない事実である。

 そして女子野球では世界大会でMVPに輝いた。

 元々目鼻立ちが、凛々しい方向で整っていたというのも、さらに追加される理由だろう。

「ほんまにモテるなあ」

「そういう聖子だって」

「マコほどやないから」

 そうなのである。


 実際のところむさ苦しい男共を見ているより、真琴と聖子のツーショットを見ている方が、目には優しい。

 聖子も真琴ほどではないが、平均よりは身長が高いのだ。

 この二人でカップリングを組んだら映えるだろうな、と演劇部の人間は思っていたりする。

 それはともかく昼休みには、全教室に真琴と聖子の姿が映った。

 甲子園の件は九月の新学期の日に、既に通達されている。

 もっともその時には、真琴と聖子は既に日本代表に合流するため、公欠を取っていたのだが。


 きゃいきゃいと周囲に女子が群がるあたり、真琴としてはむずがゆい。

 むしろ中学時代までなど、男勝りと言われることが多かったのだ。

 乳児期の心臓手術を経てから、一般以上に活発に育った真琴。

 今はさすがにそんなことはないが、昇馬よりも活発であったのが子供時代だ。

 女子の肉体の成熟は、男子よりも早いということもあって、運動会などではリレーのアンカーを走ったこともある。

 これは幼少期にアメリカで、様々な運動をしていたからというのもあるだろう。


 女子の中ではかなりの、フィジカルエリートであることは間違いない。

 他のプロのあるスポーツをしていれば、ということは周囲に言われたこともある。

 だが結局のところ、真琴はお嬢様なのである。

 自分の好きなことが出来る、両親の経済的背景がある。

 もっともその両親も、さすがにある程度の勉強はしなさい、と普通に言っていた。




 野球部の見学には、女子が多くなっている。

 また一般道に隣接しているところにグラウンドがあるため、OBや近所の野球おじさんが、普通に見学に来たりはしている。

 甲子園優勝というブランドは、それだけの価値がある。

 また女子の中からは、マネージャーをしようという人間が入ってきたりもしたのだ。


 そんな状況であるが、鬼塚は困っていた。

 情報を分析するエレナなども、同じく悩んでいた。

 真琴も戻ってきて、変わってない状況に眉をしかめる。

 とにかく新チームになって、戦力が低下しているのだ。


 九月の下旬から、県大会の本戦が始まる。

 夏の地方大会と違って、それほどの試合数はないが、これまたトーナメントであるのだ。

 シードさえ取れればそれで良かった春とは違い、秋季大会は関東大会でも実績を残さなければいけない。

 ただ白富東は、公立で進学校という面もあって、センバツでは選びやすい要素がそろっている。

 おそらくベスト8に入れば、神宮大会次第であるが、センバツにも選ばれるのではないか。


 だがそんな運が左右することには頼らず、やはり自力でしっかりと切符は手に入れたい。

 秋の大会に、白富東は全部員がベンチ入りすることが出来る。

 三年生が引退して、丁度部員が20人となってしまったのだ。

 ただしその中には、情報班の人間まで含まれる。


 主力となるのは、12,3人程度。

 ただピッチャーが揃っているのが、ありがたいと言えばありがたい。

 昇馬のボールをキャッチするのも、アルトがかなり出来るように、練習はしている。

 しかしキャッチャーというのは、ボールをキャッチするだけが仕事ではないのだ。


 真琴はピッチャー、キャッチャー、ファーストの3ポジションの練習をすることになる。

 昇馬は外野とピッチャーだ。アルトはそれに加えてキャッチャーである。

 二年生にも一組バッテリーはいるが、昇馬のボールをキャッチすることを求めるのは酷であろう。

 そもそも全国レベルで見ても、いきなり昇馬のボールを捕れるキャッチャーというのは、強豪でもそうそういないだろう。


 今から新入部員を入れても、そもそもある程度の経験があるならば、最初から入っている。

 また運動神経がいいだけの人間を入れても、関東大会レベルには、さすがに通用しない。

 セカンドの北里の後を、聖子が守るようになった。

 ショートの鵜飼との連携がしっかり出来ているのが、幸いと言えば幸いか。

 一年生もチャンスがあれば、どんどんと試合に出させる。

 練習試合をまた、組んであるのだ。




 この時期の練習試合というのは、本当に新チーム同士の対決になるが、白富東はそれなりに負けている。

 強豪相手ではなくとも、県内ベスト8レベルでも、負けていたりするのだ。

 秋季大会で当たる相手でも、あちらは夏の地方大会で負けていて、新チームの始動が早かった。

 しかも強豪であれば、最初からそれなりの選手層がある。


 県外の強豪レベルとも、試合を組んでいる。

 真琴が戻ってきて、バッテリーが揃えば、とりあえずほとんど昇馬は点を取られない。

 ただし守備には、まだまだ拙いところがある。

 ゴロやフライの処理においても、未熟なところばかりだ。


 センターラインだけは、どうにかなっているといったところか。

 ただ現代野球では、意外なほどやることが多くなっている、ファーストが心配であったりする。

 これはアルトが投げる時は、真琴がファーストに入ればいい。

 だがそれ以外の時は、かなりエラーの可能性も出てくる。


 白富東と言えば、とにかく守備だけはいいチーム、というのが昔からの評判であった。

 確かに今も、平均に比べて悪いわけではない。

 だが打撃にしても守備にしても、三年生の抜けた穴は大きい。

 もうアウト全部を三振で取ってもらえばいいんじゃないかな、という意見が出てきたりするぐらいである。


 せめて一冬あれば、どうにか守備は鍛えられるだろう。

 フィジカルについても、かなりのレベルに持っていくことは出来るはずだ。

 ただ白富東にいる選手は、素材として傑出した者はいない。

 それぞれに合わせて、出来る限り伸ばしていくことが必要だ。

 幸いと言ってはなんだが、来年の新入生に関しては、どうも体育科への問い合わせが多いらしい。

 夏までには、どうにか強いチームが作れるかもしれない。

 しかしそれは、即戦力の人材が必要となる。


 まずは、目の前の秋である。

 これで決勝まで残らなければ、そもそもセンバツの候補にもならない。

「今って20世紀枠の選考基準どうだったかな……」

 そんな逃避をする鬼塚も、仕方がないと言えば仕方がないであろう。

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