第17話 勝ったど~
MVPとして選出された真琴は、コメントなども求められた。
ピッチャーとしては先発で2戦2勝、またリリーフなども含めて無失点。
チームの打点王にも輝いたが、ピッチャーとして出場していた時には、DHで打席数が減っていたのだ。
ついこの間までの、甲子園でも優勝したチームのバッテリー。
女子野球ではなく、高校野球の優勝校で、キャッチャーをしていた女子である。
3-1というスコアは無難なものだが、先制点をたたき出したのも真琴だ。
結果としてホームラン二本に、長打を何本も打つという、OPSの高い打撃成績を残した。
まさに投打の二刀流といったところだが、高校野球ではそもそも、女子であってもピッチャーで四番は珍しくない。
むしろバッティングが壊滅している佐上のようなタイプの方が、珍しいのである。
甲子園ではMVPなど決めないが、もしも決めるとしたら昇馬であったろう。
それに対して女子野球のU-18ワールドカップは、見事にMVPに選ばれたのであった。
「いや、やっぱりチーム力全体が強かったですから。あとは野球IQが日本だけ別格だと感じました」
スモールベースボールの短期決戦における優位を、真琴はしっかりと実感した。
一点も取られていないピッチャーだと、日本は他に佐上もそうであった。
さすがは真琴が入るまで、左右のエースと呼ばれていただけはある。
ベストナインにも四人が選ばれた日本は、確かに強かったのだろう。
野球大国アメリカが、どうして日本ほどには強くなかったのか、文化的には分かる。
なんだかんだ言いながら、しょせんアメリカはマッチョの文化なのだ。
女性アスリートは個人競技だけやっていればよく、野球やアメフトなどにおいては、チアで応援するほうがカーストは上。
ベースボールのキャプテンとチアリーダーが付き合うというのが、典型的なアメリカ文化と言えるらしい。
帰国した日本代表は、ちょっとしたマスコミへの記者会見を行ったが、やはり注目を一番浴びたのは真琴である。
女子野球の世界では、男子に混じって通用している化物がいるらしい、とは以前から言われていた。
そして実際に甲子園に出場して、160km/hのストレートをキャッチして、決勝でも試合を決めるきっかけを作るバッティングを行った。
一年生ながらこのU-18でも、間違いなく主力ではあったろう。
ただそこまでの実力がありながらも、マスコミの取材はある程度の節度があった。
だいたい野球のマスコミなどは、女子野球を最初から上から目線で見ているものなのだ。
それは同じ女性の記者やライターでも、ある程度は似たところがある。
しかし真琴の場合、下手な報道の仕方をすれば、親が怖い。
親だけではなく、その親類関係に、怖い人間が何人もいるのだ。
代表のメンバーとしては、そういった親への遠慮が、真琴への当たりを節度のあるものにしているのか、と思う。
日本代表の主力ではあった。
だがこれでまたしばらく、対決することも一緒にプレイすることも、なくなってしまう。
多くの代表は三年生であり、もう高校で対戦することはないのだ。
大学でやることはあるだろうが、真琴が大学に入るまでは、二年間の時間がある。
次に一緒にやるとしたら、年代別ではなく、女子日本代表だ。
このカテゴリーでも日本の女子は、ほとんど無敗の成績を誇っている。
かつてはほんの一時期だが、プロの女子野球を作ろう、という動きもあったのだ。
今ではそういったことは、さすがに厳しいとは思われている。
もっとも女子野球自体は、普通に世界大会が行われている。
最後に監督から挨拶があって、それぞれの出身地へと散っていく選手たち。
短い間ではあったが、日本代表という居場所は新鮮であった。
「それじゃあ」
「次はインカレで」
そんな挨拶が、あちこちで交わされた。
真琴と聖子は、これからがまた高校野球の再開である。
とりあえず秋季大会は、本戦が九月の下旬から行われる。
そして国体もあるのだが、白富東は出場辞退である。
他のチームであると、引退した三年生が出場したり、下級生が少しそこに足されたりで、出場したりするのだ。
だが白富東の三年生は、完全に夏でもう引退している。
新チームだけで国体に出るにしても、秋季大会と重なってしまうのだ。
選手層の薄さが、ここでも問題となる。
確かに主力となった、昇馬、真琴、アルトはまだ残っている。
だが主力ではないにしても、ちょっと代えの難しい、北里、桃谷、桑本といったあたりはもういないのだ。
情報班を除けば、今の白富東には、ベンチメンバーを埋めるほどの人数すらいない。
これで秋季大会を、どこまで勝ち残っていけるのか、かなり難しいところである。
おそらく来年は、今年の結果を見た野球少年が、体育科なりにそこそこ入ってくるだろう。
だから夏はどうにかなるが、秋とセンバツはどうするのか。
ピッチャーの枚数はいるので、県大会まではどうにか勝てるだろう。
いや、勝てるだろうか?
昇馬一人に投げさせていくのは、日程的に問題ではなかったか。
ただでさえこの夏、一年生が決勝までの全てを投げぬいたのだ。
けろりとしていた昇馬だが、ある程度の疲労は蓄積していると考えた方がいい。
また昇馬には、関東大会で投げてもらう必要がある。
運が良ければベスト8、悪くてもベスト4まで勝ち残れば、センバツに選ばれることは出来る。
春の関東大会で、優勝したチームであるのだから、秋も充分に可能性はある。
そんな風に考えていれば、むしろ危ないであろう。
当たり前の話だが、三年生が抜けてチーム力は落ちているのだ。
今年の春と夏は、一年生で既に全国クラスの、昇馬とアルトが入ってきたというのが、白富東にとっては大きなことであった。
普段の白富東は、二三年生でチームを作っている。
一年生が活躍し始めるのは、しっかりと体を作った秋以降になるのだ。
夏の甲子園が終わって、今度は日本代表があって、そしてすぐに秋季大会。
真琴はU-18の間、チームで何か変わったことがないかなど、特には聞いていなかった。
ただ、どうせ昇馬は自由に生きているのだろうな、とは思っていた。
「来年からの女子代表どうする?」
「あ~、確かにけっこう大変やな」
一年生で選ばれるというのは、とにかく例外的なことであったのだ。
それでも二人は選ばれて、結果も残してしまった。
来年以降のU-18は二年間、二人を中心に作られるかもしれない。
打って投げられるピッチャーと、打って守れるショート。
男子野球の打球速度に比べたら、やはりパワーとスピードが圧倒的に違うのは確かだ。
「まあ、来年になってから考えたらええやん」
聖子としては、気楽にやれた日本代表であるらしい。
真琴はそれに比べると、チームの主力としての責任感があった。
もっとも甲子園でキャッチャーとしてリードをしていた時は、守備の間にずっとこれを、上回るプレッシャーがあったわけだが。
楽しむ野球が出来たな、という実感はある。
だがもっと緊迫した、強い相手に向かっていく野球も、やってみたいのだ。
それは主力が昇馬となってしまうが。
とりあえず世界一、という称号は先に手に入れた。
もっとも昇馬がU-15のカテゴリーででも出場していたら、やはり主力となっていたであろうが。
男女の違いがあるから、単純に比べても仕方がない。
自分はキャッチャーとして、白富東を再び、日本一へ導いていくのだ。
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