第15話 決勝相手

 真琴と自分でどうにかする、というのがシニア時代の聖子の考えであった。

 セカンドを守っていたが、状況に応じてショートも守っている。なのでこの試合でも、ショートを守っていたりする。

 基本的に高校野球では、鵜飼がいる限り肩の強さの違いで、ショートを守ることはないだろうとは思う。

 ただセカンドというポジションは、内野の中で一番判断の頻度が高いとも言われる。


 この試合での聖子は、基本的に後ろのバッターの前で塁に出ることを考えていた。

(でもマコだけに任せるんも、頼りすぎやしな)

 三巡目、聖子は思いっきり引っ張って、一塁線を抜いていった。

 ツーベースヒットとなって、これで得点圏にランナーがいる。

 続く三番がアウトになっても、ダブルプレイにはならない。

 そして真琴へと回る、という状況を作り出した。


 ここで日本の首脳陣は考える。

 一応DHに対しては、最初は代走を送っていた。

 だがこの大会のルールでは、DHを交代させるということも可能になっている。

 しかし今のベンチメンバーで、真琴よりも打てるバッターはいない。

 残りのイニングも考えて、ここいらで試合は決めてしまいたい。

 ただピッチャーを打席に送るというのは、ある程度の抵抗があるのも確かだ。


 ここで点が入らず、真琴が延長まで投げること。

 実際のところは、そのあたりはあまり問題ではない。

 決勝にさえ進めばいいと考えるのなら、この試合を落としたとしてもいいのだから、真琴は七回で降板でもいいのだ。

 だが全勝優勝、という言葉が頭を掠める。

 女子野球において日本は、絶対的な王者である。

 それが決勝の相手の有力候補である、台湾に負けたとしたらどうなるのか。


 あちらは調子に乗って、勢いがついてしまうかもしれない。

 高校生の野球であるのだから、そういう勢いを馬鹿にしてはいけない。

 ここでDHが怪我をするということ自体、流れは悪いとも言える。

 そういう悪い流れを、一人で止めてしまう人間の血が、真琴の中には流れている。


 代走を外して、そのまま真琴をバッターボックスに送り込む。

 これでもう、DHをこの試合で使うことは出来ない。

 だが残りの打席を考えれば、別にそれは問題にならないだろう。

 とにかく一点を取って、そしてこの試合に勝つ。

 かなりのプレッシャーをかけられる場面であるが、真琴は特に何も感じていない。




 甲子園でキャッチャーとして、昇馬をリードすることが、真琴にとっては最大のプレッシャーであった。

 こう言ってはなんだが、もちろん皆が真剣にやっていることは分かるが、女子野球は真琴にとって、プレッシャーを与えるほどの舞台ではないのだ。

 シニアにおいても、男子のパワーに慣れていれば、このU-18の女子野球でも、それほどの脅威は感じない。

 そんな真琴に対して、台湾のバッテリーとベンチは、なんと勝負を選択してきた。


 いくら強打の選手といっても、それほどのバッターであるのか。

 決勝でまた当たることを考えるのならば、ここで一度勝負をしておくのもいい。

 台湾もおおよそ、決勝の相手が日本になることを想定している。

 ならばあとは少しでも、データを集めていくべきであろう。


 真琴はそんな台湾の考えも、ある程度は見抜いていた。

 そういうリードをこそ、白富東では求められたからだ。

 投げられた外のボールを、そのまま逆らわずに強く押し込んでいく。

 レフト方向に飛んだボールは、スタンドにまでは届かない。

 だがフェンスには直撃して、聖子がホームを踏むのには、充分なバッティングとなった。

 やっとの思いで手に入れた先制点。

 しかし続くバッターも長打を打って、結局日本は二点を得たのであった。


 真琴はそのままピッチャーとして、マウンドに立つ。

 特にスタミナの問題もなく、残りのバッターを打ち取っていく。

 結局はヒットも四本打たれたが、失点には至らない。

 スモールベースボールでは、日本の方がやはり強いのだ。

 2-0で最大のライバルとなる台湾に勝利。

 これで残るは、ダブルヘッダーのもう一試合だけである。




 最終的にはベネズエラ相手にも、10-0で完勝した日本であった。

 これによって決勝進出は、日本と台湾ということになる。

 三位決定戦がどうなるかは、翌日の試合結果によるだろう。

 だがおそらくは、アメリカとカナダの対戦になるのでは、と思われている。


 ピッチャーとして完封し、打点も決勝打を打った。

 日本が優勝すれば、間違いなくMVPではあるだろう。

 ただ二人しかいない、一年生の片一方。

 高校野球でもそれなりの存在感を示したが、それが女子野球になると、ここまで圧倒的になるのか。

 ちなみに首位打者は、聖子が取っていたりする。


 打率においては聖子、出塁率では真琴。

 ピッチャーの時は打席に立っていないのに、打点でもチーム内でトップなのが真琴である。

 フィジカルエリートという言葉が、なんとなくあてはまるのであろう。

 県大会では男子相手に、しっかりと結果を残しているので、女子の中では圧倒してもおかしくはない。

 だが真琴は、断じてトランスジェンダーの選手でもない。


 フィジカルに優れている、と真琴は思われている。

 それも間違ってはいないだろうが、少なくともピッチャーとしては、左のサイドスローというところが大きい。

 これで県大会でも、ほとんど点を取られていないのだ。

 それが舞台を女子野球に移すとこうなる。

 元々女子に、分かれているスポーツをやっていたらどうなっていただろうか。

 トップクラスのフィジカルであることは、間違いないのであった。

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