第14話 スモールベースボール

 男女の野球の圧倒的な違いは、パワーである。

 それでも真琴などは、ホームランを打っていたりする。

 ただ全体的に、長打が少ないのは確かなことだ。

 男子の中に入れば、それほどのピッチャーでもない。

 だが技巧で打ち取ってはいける。

 しかし女子野球であると、技術もあるがそれ以前にパワーピッチャーだ。

 台湾打線は真琴を打ちあぐねていた。


 だが日本の打線も、ヒットは出てもそれが続かない。

 四番に真琴を置いていたらな、と思うシーンなどは多かった。

 ただバッティングにしても、パワーだけなら真琴より上というバッターはいる。

 問題はそのパワーを活かす、ミートの力があるかどうかなのだ。

 真琴は何よりも、まず目がいい。

 男子のスピードに慣れているからだ。

 ピッチャー返しを打たれても、おおよそは反応してキャッチしてしまう。

 このあたりピッチャーのポジションで、ゴールドグラブやゴールデングラブを何度も受賞している、父親に似たと言えるだろう。

 もっとも左利きの場合、内野守備は少しだけ、右に比べて難しいと言われるのだが。


 0の並ぶ試合になっていた。

 台湾はエースを出していないが、次々と違うピッチャーを出してきている。

 この投手リレーで相手の連打を抑えるのは、WBCなどで日本が得意としてきたところだ。

 それをここでは台湾がやってくる。

 確かに初対戦の場合は、ピッチャーが有利だとは言われている。

 日本と違ってダブルヘッダーでない台湾は、その時点でこんな作戦が取れるだけ、有利であったのは確かだろう。




 球数には問題がないし、疲労もそれほどのものでもない。 

 だがこのまま0行進であると、延長はタイブレークが導入される。

 ピッチャーの力量よりも、運がある程度は左右されてしまうタイプレーク。

 それはあまり突入したくはない。


 投球制限については、一応一日7イニングまでなのだが、一試合に限って言えば9イニングまでは連続して投げることが出来る。

 もっともそこまで投げれば、今度は球数制限に引っかかりそうだが。

 九回までを投げて決着がつかなければ、一応は引き分けとなる。

 トーナメントではなくリーグ戦だからこそ出来る、珍しい引き分けというものだ。


 延長になると、日本も継投を考えていかないといけない。

 高校になってからは基本的に、継投で五回ほどまでしか投げない真琴であった。

 だがシニア時代は7イニング最後まで、投げるのは当たり前であったのだ。

 延長に投げることも、覚悟の上で投げていた試合もある。

 もっともそんなことになった場合は、さすがに鶴橋が交代させていたが。


 どちらのチームも、焦りがある。

 台湾としては継投は予定通りであったが、延長にまで入ればそのピッチャーの陣容が薄くなる。

 日本としては真琴を消耗させることは、決勝で使えなくなる可能性が高くなるということだ。

 決勝は佐上に先発をしてもらう予定だが、真琴も継投で1イニングぐらいは投げてもらう可能性があるのだ。

 なのでここで、あまりに消耗されてもよくはない。


 いっそのこと負けてしまっても仕方がないか、ということも考える。

 最終的に決勝への進出は決まったようなものだし、そこで勝つのが重要なのだ。

 だが女子の野球は、国際試合でも勝って当たり前。

 そんなことを思われていると、プレッシャーとなる。

 柔道などが昔は、金メダル以外は評価されなかった、のと似ているかもしれない。

 勝ち続けているといずれ、人はその勝利に慣れてしまうものなのだ。


 ただそれを別にしても、確かに勝ち続けた方がいいのは確かだ。

 強いチームにこそ、人は憧れを持つ。

 日本は女子が選択するスポーツでも、色々と揃っている。

 その中で野球を選んでもらうのは、やはり強さという魅力が必要だろう。

 そしていい選手が集まるからこそ、また連勝して優勝する。

 好循環が発生するのだ。




 けれども、これは困った。

 真琴としてはシニア時代と比べても、この試合が苦しいとは思わない。

 確かに暑いが、日本ほどの湿度は感じない。

 より南にあるので、台湾は沖縄よりも暑い。

 だが日本の夏場の湿度に比べれば、あの甲子園に比べれば、ずっとやりやすい環境なのだ。


 真琴一人に任せておくわけにもいかない。

 四番にDHで入っている中田は、その打力で貢献しているが、ピッチャーとしても登録している。

 別に守備が出来ないわけでもないのだが、特に打撃で貢献してほしい、というわけでDHに入っている。

 女子高校野球では、一年の夏に甲子園を、つまり全国大会の決勝まで進んでいるのだ。


 台湾の次々と変わってくるピッチャーには、目先を狂わされることが多い。

 だがボテボテのゴロを打ってしまっても、全力疾走はする。

 送球ミスでのエラーというのは、アマチュア野球ではずっと多いのだ。

 特に女子の場合肩が弱いので、サード方面に転がすと、それなりに内野安打になる。

 あまり足が速くはない中田が、必死で駆け抜ける。

 しかし、ここでアクシデントがあった。


 駆け抜けた中田は、そこにうずくまった。

 ベースを踏んだ時に、足を伸ばしすぎていて、変な踏み方をしてしまった。

 これで軽い、捻挫のようなことになる。

 DHを任せられるバッターが、ここで脱落してしまったのだ。

「あれ? これどないするん?」

 聖子はあまり、DHについて詳しくない。

 なにしろシニアまでは、DHなど使っていなかったからだ。

 高校野球にもないDHであるが、交代は出来るのか否か。

 普通に出来ることは出来るし、なんなら代走も使える。


 ただ、他にDHを打つようなバッターを、そこにまた置けるのか。

 ここでのルールであるが、実はDHを外して、ピッチャーを打たせることが出来るのが、この大会のルールである。

 日本の首脳陣は、ここで迷った。

 とりあえずは、代走でいいだろう。

 だが次の打席を、果たしてどうするかという問題だ。


 他のバッターをDHに置くのではなく、真琴に打たせた方がいいのではないか。

 試合も終盤であるため、そのような会話がなされる。

(打つのも投げるのも両方するなら、しょーちゃんみたいだなあ)

 当の真琴は、そうのん気に考えていたものである。

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