第12話 順位
日本はアメリカに勝ったことで、これで六連勝となっている。
残りの試合は台湾とベネズエラで、それに勝てば全勝で文句なく、決勝戦に進むことになる。
「ベネズエラには負けても大丈夫やな」
他のチームの対戦成績を見て、聖子はあっさりとそんなことを言った。
負けてもいいというのは、あまりいい言葉ではないが。
「いや、台湾に負けてもベネズエラに勝てばいいし、むしろ両方負けても得失点差で決勝には行けるかも」
台湾とアメリカはオープニングラウンドで、それぞれ一敗ずつしている。
そして日本は、アメリカに対して二つ目の負け星をつけた。
確かにこのまま台湾とベネズエラに負けても、得失点差で決勝には進めそうだ。
しかし相手は、おそらく台湾になるだろう。
スーパーラウンドで負けて、そしてもう一度決勝でも対決する。
実は日本というのは、野球においてはその、逆襲が強かったりする。
WBCなどにおいても、ぎりぎりで決勝に進出し、ぎりぎりで優勝したシーンなどは、今でも放送されるものだ。
ただそういう実例として、真琴は自分の父親のピッチングを見せられることが多い。
普段は先発であるが、日本代表となるとおおよそはクローザー。
そして国際大会では、現在まで無敗を続けている。
コーチなどの首脳陣においては、直史と同年代ぐらいもいれば、年上や年下もいる。
だがある程度は同時代に生きているので、その試合をリアルタイムで見ている。
正直に言って、化物と言うか妖怪である。
なんであんなピッチングが出来るのか、と誰もが思う。
なにせ大会を通して、一人のランナーも出さなかった、という実績まであるのだ。
ダブルヘッダーの第一戦、台湾との試合。
ここで勝てば99%決勝に進出するという確率が、100%になる。
上位のチームを勝率順に並べてみる。
・日本 6勝0敗
・台湾 5勝1敗
・カナダ 5勝1敗
・アメリカ 4勝2敗
オープニングラウンドでの勝ち星も含めると、こういうことになるのだ。
日本が連敗し、カナダが連勝すれば、決勝は台湾とカナダになる。
ただしカナダの残っている対戦相手は、よりにもよって台湾とアメリカであるのだ。
台湾はともかくベネズエラには、日本が負ける可能性は低いだろう。
だがまずは台湾に勝って、決勝進出を決定してしまいたい。
もちろんベネズエラにも勝って、全勝で決勝進出というのが、一番いいことだとも思う。
また台湾に関しては、決勝で当たる可能性も考えておくべきだろう。
決勝の相手になる可能性のチームは、台湾、カナダ、アメリカの三国に絞られた。
ただこの台湾の1敗というのは、オープニングラウンドのプエルトリコに付けられたもの。
スーパーラウンドにおいては、計算されない数字だ。
つまり現在の時点では、日本と台湾で決勝を戦う可能性が高い。
そんな台湾との先発に、真琴は選ばれている。
サウスポーのサイドスローでありながら、球速はパワーピッチャー。
実際はしっかり技巧派であるが。
そしてあの、大サトーの娘。
現役復帰で今もピッチングは見られるが、一度目の引退までのピッチングは、さらに神がかったものであった。
男女の性差は関係なく、憧れている選手は世界中にいる。
直史と大介は、野球選手の平均的な体格よりも、かなり小さく細い。
直史はそれほど小さくはないが細く、大介は身長に比してはそれなりだが、その身長が低い。
しかしこの二人が、投打における野球の歴史を塗り替えまくってくれたというのは、地味に野球人気の復活に、大きく働いているだろう。
バスケットボールなどは、とにかく身長がものをいうスポーツだ。
確かに170cmもない選手も過去にいたが、偉大な選手で180cm未満の者など、一人か二人と言っていいだろう。
野球はそれに比べれば、まだしも体格は必要ではない。
しかしパワーを出すための筋力を考えると、体重は絶対に必要になってくる。
直史は80kgも体重がないし、大介も70kgぐらいでしかない。
この筋肉で圧倒的な成績を残せるのだと、フィジカルエリート以外に希望を与えた。
もっとも現実は、やはり夢のないものである。
昇馬は間違いなくフィジカルエリートであるし、真琴も女子選手の中では相当に身長がある方だ。
もっともバレーボールの選手であれば、リベロでもない限りは、真琴よりも背は高いだろう。
昇馬は完全に、フィジカルエリートである。
そもそもあの年齢で160km/hが出せるピッチャーなど、世界中を見ても他にいるかどうか。
親が実績で否定したフィジカル信仰を、子供が裏切っている。
ちょっと不思議な話かもしれないが、あくまであの二人が例外だと考えるべきであろう。
これに勝てば決勝進出は確定。
そんな試合の前であるが、特に真琴は緊張していなかった。
とりあえずこの試合は、デッドボールなどの危険も考えた上で、DHを使ってもらうことになっている。
なのでピッチングだけに専念すればいいのだが、日本の野球はここまで、DHなどは使っていなかったため、不思議に感じるのも確かだ。
投げるだけでいい。打つ必要はない。
ピッチャーは専門職と言われるが、打てるならば打ってもいいのでは、と真琴は考える。
実際に上杉などは、ピッチャーでそれほど多くの試合の打席に立ったわけではないが、プロ一年目には三割と七本のホームランを打っている。
ピッチャーとしてダメでも、充分にバッターとして通用するだろう、と言われていたのがプロ入り前だ。
たださすがに、二年目以降は機会が少ないので、その打率なども落ちていった。
それでも下手な下位打線よりは、よほど打てる選手であったが。
プロの世界でもMLBはもう、完全にDH制となった。
国際試合もそれに合わせて、おおよそはDHを使うことになっている。
しかし甲子園で、決勝点のベースを踏んだのは、ここでピッチャーをしていて、あの試合ではキャッチャーをしていた真琴。
また昇馬の打撃成績は、試合数が多かったこともあるがほぼトップであった。
身内ならば他に、武史も最初にMLBへ行くまでは、そこそこの打率があったしホームランも打っていた。
直史は完全に、投げるだけの選手であったが。
ただ高校時代まで遡れば、それなりに打率を残しているのが分かる。
母がそれらのスコアをまとめていたからだ。
またスコアに残ってはいないが、中学時代の直史は、ピッチャーでクリーンナップであったのだ。
投げるだけではなく打ちたいな、と真琴は思っている。
シニアではまだ、DH制を使っていないため投げている時も真琴は打席に入っていた。
ただこの大会に関しては、ピッチャーの怪我が戦力の大きなダウンにつながるため、DHがあるのも仕方がないかな、とは思っている。
そんな真琴に対して、近づいてくる男がいた。
顔立ちだけでは、日本人か台湾人か、区別はつかない。だが少なくとも関係者ではないはずだ。
「失礼、君が佐藤直史選手の娘でよかったかな?」
「はい、そうですが」
「私は台湾チームのトレーナーでね。昔ワールドカップでも台湾代表として、君のお父さんたちのチームと戦ったんだ。それが懐かしくてね」
男性は確かに、年齢的には父と同じぐらいであろう。
もっともスポーツをしている直史は、おおよそ同年齢の男性よりも、若く見られることが多い。
そういえば直史も、WBC以前に日本代表として、U-18や日米大学野球にも出場しているはずだ。
さすがに真琴の生まれるずっと前だけに、あまり関心もなかったのだが。
「まったく、全試合を通してランナーを一人も出さなくてね。それで今でも現役復帰しているのだから、すごいことだ」
「ありがとうございます」
流暢に日本語を喋るな、と真琴は感じたが、穏やかな接触だとも思った。
「勝敗は別にして、いい試合になることを祈ってるよ」
「はい。お互いに」
簡単に挨拶だけをして、本当に彼は去っていってしまった。
名前を聞くのも忘れたことに気づいたのは、その後のことであった。
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