第8話 短期決戦

 真琴のホームランで逆転したところから、日本は佐上をマウンドに送る。

 どちらかというと先発が得意な佐上であるが、それはエースであれば先発で使われることが多いからだ。

 真琴などはどちらもいけるので、器用であるのは間違いない。

 ただこういったことは適性よりも、経験によって育っていく場合が大きい。


 日本が逆転した後も、ピッチャーの奮起によるロースコアゲームが続いた。

 基本的に女子の野球は、スピードもパワーも男子には劣る。

 だが技術や、あえて遅い球を極めるなど、いくらでも工夫のしようはある。

 そんな中で、三打数二安打の二打点という真琴は、やはり目立つ存在であった。

「ピッチャーやってる時も、DHにしない方がいいですかね」

「産原もあまり打てないし、キャッチャーにDH枠使うか」

 そんな会話がベンチの中ではなされていたりもする。


 元々日本代表のピッチャーは、ほとんどがそのチームに戻れば、クリーンナップを打つバッターであったりもする。

 専門職のピッチャーであるが、たとえば桑田真澄の甲子園でのホームラン数が、歴代でもトップクラスなのは有名な話だ。

 交代したピッチャーも、そのまま一塁に入っている。

 ピッチャーとして登録されてはいたが、実はバッティングの評価の方が高いのだ。

 それでもピッチャーをする時は、そちらに専念させている。


 ファーストはそもそも、守備力が微妙な選手に守らせていた。

 現代野球においては、20年ほど前と比べても、ファーストさえやることが多くなっている。

 カバーに入ったりすることも、必要なことだ。

 そもそもバッテリーを除けば、一番ボールに触れるのが多いポジションでもある。


 日本の攻撃は、さらに一点を途中で加えた。

 だがカナダのピッチャーは、本当に優れたピッチャーであった。

 真琴は三打席目もヒットを打ったが、さらなる追加点とはいかない。

 最終的なスコアは、そのまま3-1で決着したのである。


 ドミニカ、中国と立て続けにコールド勝ちし、少し甘く見ていたであろうか。

 確かに真琴と聖子は、女子野球そのものに対して油断していた。

 だが球速などとは別に、女子特有の体の柔らかさを使って、思ったよりもいいボールを投げるピッチャーの存在を知った。

 もっとも今回は、男子顔負けというボールを投げてきたがゆえに、逆に対処はしやすかった。

 三点目の打点を記録したのは、聖子であったのだ。




 女子野球とは言え日本代表ともなれば、それなりにフィジカルエリートが集まっている。

 だが本当のフィジカルエリートは、もっと女子にとってもメジャーな競技に行っているのだ。

 なのでフィジカルではなく、テクニックや練習量の、スモールベースボールで日本は勝ってきた。

 しかしやはり北米の選手などには、フィジカルエリートがある程度は含まれていたというわけである。


 女の野球などというものは、しょせんはお遊びにすぎない。 

 そんなことは思っていないだろうが、女子野球には市場がないというのは事実だ。

 日本でも女子プロ野球を作ろうという過去はあったが、結局は失敗した。

 アメリカなどであれば、女子のフィジカルエリートは、もっと金になるような、スポンサーの付きやすい競技をするのだろう。

 たとえばテニスやゴルフなどなら、立派に女子のプロスポーツとして成立している。


 日本の場合はそこで、趣味の領域にフィジカルエリートが存在するという、余裕が含まれる。

 アメリカなどでは素質がなければ、もうすぐに野球であれなんであれ、プロを目指してはいかないように進路を決める。

 あとは筋量があるならば、それこそ他の個人競技もあるだろう。

 九人以上も集めないといけないという時点で、野球は敷居が高いのだ。


 カナダでは競技の中で、圧倒的な人気を誇るのはアイスホッケーだ。

 ただあれも肉体がぶつかり合う、男の競技であろう。

 ウィンタースポーツ自体が盛んなカナダでは、身体能力に優れていれば、スキーなりスケートなり、あるいはカーリングあたりが人気である。

 本当のフィジカルエリートはそちらに行く。

 日本にしても女子なら少し前は、野球よりもソフトボールが一般的であったのだ。

 今でもそれなりに人気はあるが。


 試合は終わったが、反省点と言うか、油断して勝てるものではない、という教訓も得た。

 オープニングラウンドはともかく、勝ち残った別グループのチームと対戦する、スーパーラウンドは残っている。

 その中には間違いなく、台湾と韓国が含まれているだろう。

 そしてさらに決勝の相手が、そのどちらかになるかもほぼ確定的だ。


 少し間があるので、佐上にはもう一試合投げてもらおう。

 そして真琴には、二試合投げてもらおうか。

 カナダ戦の翌日は、キューバとの試合となっている。

 さらに翌日が、オーストラリアとの試合である。




 キューバと言えばかつて、アマチュア野球では無敵を誇っていた野球大国だ。

 その連勝を止めたのが、日本であったりしたが。

 ただその時代はプロが出場出来なかったので、あまり参考にはならない。

 またこれは男子ではなく、女子野球である。


 キューバもここまで、三試合を消化している。

 その成績としては、ドミニカにこそ勝っているものの、カナダとオーストラリアには負けている。

 もっとも重要なのは、その負け方の内容である。

 ドミニカ相手にはコールドの圧勝であり、カナダとオーストラリア相手には、ハイスコアゲームでの敗北だ。

 カナダはエースを日本戦にまで温存していたので、ちょっとそこは参考にしにくい。


 おそらくカナダよりは弱い、という計算で戦うべきなのだろう。

 そしてピッチャーは、ある程度は温存していかなければいけない。

 完投ではなく継投で、上手く狙いを外していく。

 ここまでの三試合によって、最低限のデータは取られている。

 データ野球で短期決戦を勝利するのなら、それは日本のお家芸だ。

 伊達にWBC最多優勝を誇っているわけではない。

 それは男子だろうと言われるかもしれないが、情報を扱う首脳陣は、女子野球も男性コーチを迎えているのだ。


 ただカナダはともかくとして、オープニングラウンド最終戦となる、オーストラリアの戦力はどう評価するべきなのか。

 キューバには勝っているが、日本が完封したドミニカには負けていたりする。

 もっともスコアを見れば、ハイスコアゲームになっていることは間違いない。

 つまるところ女子野球は、ピッチャーの選手層がまだ薄いということが言えるだろうか。


 日本にはまだ、全国制覇のピッチャーが残っていたりする。

 ピッチャーとしての純粋な評価は、やや佐上の方が上ではある。

 しかし甲子園で戦ったという、それだけでも経験値が違うというものだ。

 なお準優勝チームのピッチャーは、軽い故障のために直前で代表を辞退している。


 国際大会で勝てるようなピッチャーは、つまり真琴を入れて三人ということか。

 この三人を上手く使って、スーパーラウンドや決勝戦を戦っていかなければいけない。

 日本の過酷なトーナメント戦に慣れた選手なら、これぐらいはなんともない。

 エンジョイ勢に対してガチ勢が多いのが、女子であっても日本の特徴であるのは間違いなかった。

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