第7話 オープニングラウンド
今さらながら説明すると、このU-18の女子野球大会は、リーグ戦で成績が決められる。
まずは二つに分けたリーグの総当たり戦が行われ、その中の勝率優秀な上位と、それ以下の下位とで分けられる。
これがオープニングラウンドで、今戦っているものである。
日本は二試合連続で圧勝しているが、同じグループに台湾と韓国がいないので、それも順当とは言える。
なお男子なら野球強豪で知られるキューバは、女子ではさほど強くもなかったりする。
同じグループで強いのは、カナダである。
日本の第三戦の相手は、そのカナダだ。
ここを勝っておくと、スーパーラウンドとそこからつながる決勝に、かなり近づくこととなる。
スーパーラウンドは上位のチーム同士が対戦するものであるが、オープニングラウンドで既に対戦しているチームとは、その試合結果がそのまま持ち込まれる。
よって二度戦うとしたら、それは決勝か三位決定戦しかないわけである。
「今さらやけど、マコを中国相手に投げさせたんって、戦力の無駄遣いちゃうんかなあ」
確かに起用としては、もったいなかったかな、と他の選手も思っていたりする。
それでも一日休養日があるので、初戦を投げた佐上などは、リリーフの準備をしている。
この日本代表、ほとんどの選手は違うチームからの出身であるが、佐上と産原のバッテリーは、同じ埼玉の高校から選出されている。
つまりバッテリーとして見た場合、佐上と産原が優れているというわけだ。
実際、佐上も産原も、打撃力はそこまでではない。
しかし佐上のピッチャーとしての能力と、産原のキャッチャーとしての能力、そして二人が組み合わさった時の能力。
これらを総合的に判断して、例外として1チームから二人が選出されているわけだ。
他の選手はピッチャーであっても、同時にチームの主砲を務めていたりする。
このあたりの事情は高校野球と似たようなものであるか。
第三戦のカナダとの試合、真琴はライトで四番という役割。
「私、酷使されてるんだけど。帰ったらまたすぐ秋季大会あるんだけど」
ただDHは、本当に打撃しか出来ない選手を入れているので、守備もいい真琴には我慢してもらうしかないといったところか。
ピッチャーもやって四番もする。
二刀流をやっている真琴であるが、昇馬は普通にこれをやっているわけだ。
「せめてキャッチャーがしたい」
そうは思っても、外付け計算機のない真琴のリードは、微妙なものであろう。
なにしろ基準が、男子のピッチャーになるのだから。
カナダとの試合は接戦となった。
事前の情報があまりないというのは、高校野球ならありえないことだ。
高校野球以前の、シニアや中学の部活野球でも、自然と情報は拡散するものだろう。
だがさすがに海を越えた先、さらに言語まで違うと、なかなか女子野球の話題などは広がっていかないものらしい。
ネットの発達した時代で、おおよその情報は手に入ると、多くの人間が思っている。
だが真琴の祖父母の代あたりからすると、そんなものは専門家でないと知らない、というのが普通の時代があったのだ。
専門家であるコーチたちでさえも、カナダの戦力を正確には把握していなかった。
日本のエースである佐上と同レベルのピッチャーを、カナダは先発させてきたのだ。
カナダもここまでに、二試合を消化して勝利している。
中国とキューバを相手にしていて、中国相手にもキューバ相手にも、日本ほどの圧勝というわけではない。
コールドという勝ち方はしておらず、中国相手にはロースコアゲーム、キューバ相手にはハイスコアゲームで勝利している。
つまるところ強いピッチャーは、限られた人数しかいないということだろう。
そして日本戦まで、最強のピッチャーを温存してきた。
男子と違い女子は、日本が圧倒的に世界で強い。
それを本気で倒すために、しっかりと準備してきたということだろう。
「かなり速いわ」
聖子はさすがに対応していったが、野手の正面に飛んでアウト。
初回は三者凡退である。
日本側もこの試合、全国大会で優勝、つまり甲子園で試合をしたチームから、ピッチャーを持ってきている。
だがピッチャーとしての純粋な評価は、彼女は佐上よりも低い。
初回は両者無得点で、ピッチャーの活躍が光った。
これは全力で投げてもらって、途中で継投していくというのが現実的だろう。
佐上は初戦で完投したが、コールドで勝ったため、さほどの疲労は残っていない。
そのためリリーフとしての準備をするように、と言われていた。
ピッチャーは八人もいるのだが、佐上を使っていくのか。
一日休養日があったので、真琴も投げられないわけではないのだが。
(そもそも中国相手に、投げる必要なんてなかったんだろうけど)
最悪ここで一回負ける程度であるなら、他を全勝すれば決勝戦に進むことは出来る。
ただ強豪の台湾と韓国との試合が、上位を集めたスーパーラウンドで行われることを考えると、そう楽観視もしていられない。
「カナダってこんなに強かったかなあ」
真琴の素直な感想であるが、そもそもMLBはカナダにも1チーム存在する。
他の四大スポーツにしても、北米圏というのが正確なのだ。
特にNHLなどはカナダにあるチームが多い。
アメリカとカナダはかなり、文化的にはともかく商業圏としては、共通のものであるのだろう。
ならばカナダでも野球が盛んでおかしくはない。
真琴はすっかり忘れているというか、そもそも意識すらしていないかもしれないが、直史が最初に海外で投げた舞台は、アメリカではなくカナダであった。
U-18ワールドカップは、カナダにおいて行われたのである。
あの試合や、その後のMLBにおいて、SSコンビが北米大陸の野球に与えた影響は大きい。
直史は短い期間で、流星のように輝く記録を打ち立てた。
大介の方の記録は、もはや誰も動かせない不動のものである。
スーパースターの登場は、そのスポーツを大きく隆盛させる。
野球で言うならばベーブ・ルース以前と以後という分け方が大きいだろう。
バスケットボールでは、マイケル・ジョーダン以前以後。
もちろんその直前にも、スーパースターは大勢いるのだが。
歴史というか、常識を変えてしまうほどの選手というのは、さすがにそれほど多くはない。
だが直史も大介も、間違いなくその一人ではあった。
今年ならば高校野球で、昇馬がその輝きに匹敵するか、などとも言われている。
さすがに投打両方に優れてはいても、あの二人を抜くことは出来ないであろうが。
もっともずっとNPBにいるのであれば、また上杉に匹敵するような記録を残せるようになるのか。
そこまで評価する人間もいるが、プロの目から見れば、まだあれならなんとかなる、という程度のものであったりする。
その昇馬とバッテリーを組んでいた真琴。
カナダに先取点を取られたものの、ランナーがいる状況で打席が回ってきた。
ドミニカ戦の打撃成績を考えれば、敬遠もありうるというこの場面。
だがカナダのエースピッチャーは、勝負を望んできた。
確かに速い。真琴の最速と同じか、あるいはそれ以上であるかもしれない。
もっとも男子のスピードとパワーに慣れた真琴としては、そこまでのものでもないと思える。
最初の打席はタイミングを計っていたが、ここは打つべき場面。
(ほとんどのピッチャーは、これよりもずっと速いボールを投げてきていた)
むしろ遅いボールの方が、飛ばす分には難しいだろう。
投げられたストレートに対して、フルスイングのジャストミート。
遠心力が働いたボールは、はるか遠くにまで飛んでいく。
ポールの外に出ることもなく、スタンドに着弾。
逆転ツーランホームランである。
女子のパワーでは、そうそうホームランなど出るものではない。
だがホームランを打つのに必要なのは、パワーだけではないと大介も言っていた。
そんな大介自身は、完全にパワーがなくては打てない弾道の、ホームランを量産していたのだが。
とにかく確実なのは、これで日本が逆転したということである。
そしてブルペンで準備していた、佐上がマウンドに登ることになる。
2-1というまだ一点差の状況だが、両者共にエースピッチャーの投げ合いになるであろう。
まだ試合はイニングが残っている。
七回までで終了の女子野球だが、真琴にはまだ三打席目も残っているのだ。
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