第6話 ピッチャー専念

 WBCなどでもそうだが、基本的に国際大会は全て、指名打者制を使っているのが現在である。

 もっとも小学生や中学生レベルであると、ピッチャーが同時に強打者であるということは珍しくない。

 ならば守備力に特化した選手を使って、そこに指名打者を入れるという作戦もなくはない。

 ただ本日のところは、あまり深くは考えず、真琴に対してそのまま指名打者を使ってくる。

 対戦相手は中国である。

 個人競技では強い選手が多い中国だが、基本的に団体競技は雑魚である場合が多い。

 それは共産主義の全体主義国家であるため、一部の選ばれたエリートに対して、資金が集中して投下されるためだ。

 団体競技を強くするよりも、そちらの方が効率がいい。


 古い時代であればソ連や東ドイツなどは、明らかにドーピングをしていた。

 そのため良成績を残したものだが、あの時代はアメリカも似たようなことをしている。

 そもそも高地トレーニングなども、環境を利用した合法ドーピングのようなものである。

 金がない国家がするのは難しいトレーニングである。

 もっともそんなことを言っていけば、あらゆるアマチュア競技にしても、金持ちの独擅場になるかもしれない。

 芸術の分野にしても、余暇を持つだけの余裕がある富裕層が、有利になっていくのは当たり前である。


 スポーツも音楽も芸術も、金のある人間は有利。

 生きていくための金を稼ぐ時間を、その分野に投下することが出来るのだ。

 それでもなお、才能が環境を上回ることはある。

 時代を変えるほどの人間が、そういう層から出てくることもあるのだ。

 アメリカなどは治安の悪い都市などでは、町を出るにはギャングになるかミュージシャンになるしかない、などという言葉があったりする。

 冗談なのか本当なのか、知らない者は幸せである。


 この中国との試合、初回から日本は圧倒的にバッティングで点を取る。

 ヒットも打つがそれ以上に、中国側の連携が取れていないように思えた。

 考えてみれば中国など、国家的に見て稼げるスポーツ以外には、あまり興味を示さない。

 女子野球などというものが、ちゃんと選手が集まるだけでも、充分だったのではないか。

「台湾での試合やのに、よく出場してきたなあ」

 聖子の言葉に、そう言えばそうだな、と改めて頷く選手も多かった。




 サウスポーの真琴のサイドスローから投げるスライダーは、特に左バッターに効果的であった。

 おそらくサウスポーのサイドスローというもの自体、いないのではないかとも思う。

 面白いように空振りが取れて、三振の数が増えていく。

「スライダーすごいね」

 でもうちの相方の方がすごいぞ、と言いたい産原であるが、真琴はこの試合まだ決め球を投げていない。

「スルー要求してもいいよ?」

「ジャイロボールか……」

 小さいのにパワーもあって、何より後ろに逸らさない、女子高校野球最高のキャッチャーとも言われる産原。

 そんな彼女であっても、落ちながら伸びるという魔球には、それなりに苦戦している。


 ブルペンではちゃんと投げて、ほぼ前に落とすぐらいは出来るようになっている。

 しかしこの試合相手ならば、オーバースペックの変化球とも言える。

「逆にこの試合だからこそ試しておくとか」

「そうか、そういう考えも出来るか」

「うちもキャッチャーやったことあるけど、えげつないボールやからなあ」

 横から平然と会話に入ってくるのは、聖子の図々しい美点である。


 女子野球の世界は、男子に比べると明らかに、上下関係が緩い。

 もっとも真琴と聖子の場合は、白富東にそもそも、ほとんど上下関係がない。

 なのでここにおいても、二人だけの一年生ながら、全く物怖じすることはない。

 学生野球は学年の上下関係が絶対であるが、プロに行けばプロ経験がキャリアとなる。

 もっとも年齢が上の方が、基本的には偉くなる。

 このあたりの違いというのは、本当に野球においてはややこしい。

 MLBだとあまり、そういった人間関係はないが、今度は人種や出身で大きく違いが出てくる。


 アメリカは差別がない世界ではないし、差別を許さない世界でもない。

 建前として差別はないし、あったら許さないぞと主張している世界だ。

 実際には大きな差別問題は普通にあるし、逆にそれに行き過ぎた配慮をして、社会の生産性を失わせたりもする。

 ただそういった行き過ぎた部分も、アメリカのパワーと言えばパワーであるのだろう。




 試合は進み、早々に二桁の点差がついた。

 真琴はここまで、内野安打を二本許しただけである。

 フォアボールもなく、スライダーとストレートを中心とした、素晴らしいピッチング内容。

 日本チームはここまで、まだ相手に一点も許していない。

 まるで昇馬が、甲子園でも全試合を完封したように。


 球数もさほどのものでもなく、真琴には充分にスタミナが残っていた。

 そして課題であった、スルーも既に使っている。

 スプリットのように、上手く相手の空振りをさせるボール。

 もっともその鋭さは、スプリットの比ではない。

 落ちながら伸びていくボールというのは、普通のストレートなどと同じ理屈なのに、ボールは落ちていく。

 これは打つことが出来ても、よほど慣れない限りは、内野ゴロにしかならないだろう。


 あるいは思いっきりアッパースイングをして、掬い上げて外野に運ぶか。

 だがどちらにしろ、中国チームには無理であった。

 この日の試合も、日本は11-0と完勝。

 真琴は10個も三振を奪っていたので、むしろ代表のピッチャーたちから注目される。


 紅白戦などは行ったが、これが実戦で見る初めての真琴である。

 正確に言えば、甲子園を賭けた県大会において、真琴はある程度投げている。

 そこでもほとんど打たれていないのであるから、単純に女子選手として優れているのではなく、絶対的に打ちにくいピッチャーであるのだ。

 もっとも県大会では、ここまでスライダーで三振を奪うことは出来なかった。


 二試合連続のコールド勝ちで、日本代表は調子に乗っていく。

 もっともこの翌日は、日本の試合はない休養日であった。

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