第2話 台湾

 女子野球の振興は主に東アジアにおいて著しい。

 アジアカップがそのまま、ワールドカップに等しいと言われるほど、上位のチームは日本、台湾、韓国によって占められることが多い。

「U-18の代表って、最近出来たとこなんやな」

「お父さんの世代だと、まだなかったんだ」

 一応あるにはあったが、まだ不定期であったそうな。

 U-18がアジアカップとワールドカップ、隔年ごとに行われるという制度になったのは、割と最近のことである。


 また日程についても、U-18は夏休みの間に終わらせておくことが多かった。

 これがちゃんと公欠となったのは、これも最近のことである。

 そもそも三年生であると、大学受験を行う人間は、引退している場合が多い。

 もっとも日本代表に選ばれるぐらいの選手であると、普通にどこかしらの大学に、推薦で行けるものらしいが。


 真琴と聖子は、大学では本気で野球をやるつもりはない。

 二人に共通しているのは、甲子園に立つことだけだ。

 その点ではベンチにいた聖子はともかく、真琴はもう夢を叶えたと言える。

 大学野球で神宮を目指す、というのも一つの選択肢ではあるだろう。

 だがかろうじて戦力になれるのは、高校野球までだと分かっている。


 東大ではあるが、六大学リーグで立派な戦力になっていた、明日美やツインズとは違うのだ。

 もっとも聖子はともかく、160km/hをしっかりキャッチしている真琴は、あれらと同じレベルだと思われているが。

 利き手の人差し指は、かろうじて回復が間に合った。

 だがしばらくの間、ピッチング練習は出来ていない。

 日本チームには真琴より速いボールを投げる選手はいないので、実質的にはエースとして扱われるだろう。

 ただ女子野球というのは、男子に比べると球速などは、そこまで重視されない。


 男女の性別により、肉体の性能というのは圧倒的に違うものだ。

 球速もそうであるし、スイングスピードも相当の差がある。

 ただし動体視力の差は、そこまで顕著なものではない。

 実はこれさえも男性の方が優れていて、反射神経や空間認識能力など、とにかくスポーツに必要な能力は、ほとんど男性の方が統計的に優れている。

 だが体格がものをいうものほど、絶対的な違いではない。


 するとつまり、シニアレベルの野球をすることとなる。

 スモールベースボールだ。

 その中で必要なのは、技術と作戦、そして経験値。

 甲子園の決勝を戦い、そして頂点に立ったのは、間違いなく真琴のバッティングからの攻撃であった。

 昇馬が打って、北里の職人芸はあったが、そもそも150km/hを投げる男子選手から、真琴はヒットを打っているのだ。

 このチームの主力は、投打共に真琴になるのは間違いない。

 そして聖子はことミートだけならば、真琴に匹敵する。




「台湾ってさあ、ダイヤモンドの功罪でもあったけど、料理がちょっと独特なんだってね」

 またマンガの話をしているが、女子の読むマンガであっても、わざわざ野球などをしていると、少年マンガが中心となるのか。

 確かに野球マンガのほとんどは少年マンガか青年マンガで、ごく稀にある少女マンガの野球物も、野球の中の人間関係や心理描写が中心となる。

 男はどうしても、立身出世などの社会的な成功を収めるのが、そのテーマとしては大きい。

 だが女の子でも、普通に少年マンガは読む時代だ。

 青年マンガまでには、なかなか食いつかないであろうが。


 周囲は上級生ばかりであるが、二人は特に気にしていない。

 そしてあちらから話しかけてきた。

「ねえねえ、やっぱり男子の方の甲子園は違った?」

 それはもう、違って当たり前である。


 真琴も聖子も特に上級生に萎縮することもなく、普通に会話をする。

 以前の選考会でも、話したメンバーが中心であったが。

 女子野球の方も決勝戦だけではなく、もう少し甲子園で出来る試合を増やさないか、という話は出てきている。

 もっともそれをやると、ライガースの日程が大変になるので、なかなか実現するのは難しそうだ。


 やるならばいっそのこと、男子の日程の隙間の、休養日を使ってはどうだろうか。

 そういうことも言われていて、ならば観客も増えるのでは、とも思われている。

 もっとも女子高校野球というのは、レベルで言えばシニアの平均クラス程度。

 それを見せられても、逆に比較されて気の毒になるだろう。


 女子野球を馬鹿にするわけではない。

 ただ真琴も聖子も、当たり前のように男子には敵わないことを承知している。

 もっとも真琴の方は県大会では数イニング投げて、しっかりと抑えていた。

 サイドスローで130km/hを投げるサウスポーというのは、おそらく男子でもそうはいない。

 このあたりは父親から受け継いだ能力とでも言えるのだろうか。




 台湾に到着すれば、一日だけ練習と休養に使い、すぐに試合が始まっていく。

 これはそもそも女子野球に、あまり金がかけられていないということでもある。

 もっとも女子だけではなく、男子であってもU-18の国際大会などは、それほど豪勢なものではなかった。

 豪勢になったのは、とある年に誰かさんが、ポンポンとホームランを打ちまくる、派手な大会にしてしまってからである。

 あとはWBCであれば、MLBが主催であるので、それなりの待遇がされている。


 ワールドカップというのは、まずグループがAとBに分かれて、その中でリーグ戦の試合が行われる。

 上位のチームはその中でまたリーグ戦を行うのだが、最初のリーグ戦で当たったチームとは、もう当たらない。

 結果として上位グループの成績一位と二位で優勝を争い、三位と四位で三位決定戦を行う。

 優勝を目指すとして、九試合を戦うわけである。


 イニング数が七回までというのは、シニアに戻った感じがする。

 日程の詰め込み具合は、甲子園と似たようなものであろうか。

 真琴一人で投げるには、さすがに球数を含めた投球制限がある。

 なので聖子も一応、ピッチャーとして投げる準備はしてある。

 また本来はセカンドなのだが、肩の強さなどから、ショートにコンバートされていたりもする。


 普段からショートを守っている人間に、やはり任せるべきではないのか。

 そうも思うのだが聖子の慣れている打球速度は、女子野球ではありえないものだ。

「こっちのグループはカナダ、オーストラリア、中国、キューバ、ドミニカかあ」

「男子やったらキューバとかドミニカとかは強いけどなあ」

「女子だと完全に、東アジアが突出しているね」

 これまで女子の日本代表にはなっていない二人に、キャプテンの砂岡が教えてくれる。

 今年の夏を制した、兵庫のチームのキャプテンでもあった。


 男勝りというわけではないが、キャプテンらしいキャプテンである。

 わざと男っぽい言葉などを使ったりして、自分に威厳を出そうとしているあたりが可愛らしい。

 もっとも身長はほぼ真琴と同じぐらいはあり、王子様的に騒がれるのも無理はないと思えた。




 女子野球においては、世界強豪三国は、日本、韓国、台湾で確定している。

 その韓国と台湾が向こうのグループなのは、前回の大会で二位と三位であったからだ。

 日本はこの年代でも、ほぼ無敵を誇っていて、アジアカップなども毎年優勝している。

 男子も確かに日本は強いが、女子ほどではない。

 もっとも男子は相変わらず、U-18の年代が弱いのだ。


 秋季大会や国体などを控えていると、当然ながらU-18は三年生を中心として構成される。

 ごく稀に二年生が入っては、大活躍することなどもあるが。

 ただその三年生は、甲子園でもう燃え尽きていたり、あるいはプロを目指して調整していたり、次のステージを考えている。

 なのでワールドカップにも本気になれないのは、仕方がないことではあるのかもしれない。


 初優勝した時のメンバーが、それこそ直史と大介、そして樋口の三人の二年生が入った年であった。

 そのあたりの知識は、もはや野球女子には一般常識となっている。

 そもそも真琴の父親は、あの佐藤直史である。

 野球の歴史を紐解いてみても、他に比較できるピッチャーがいない。

 それがキャッチャーとして、今年の男子の甲子園を制した。

 県大会ではピッチャーとしても投げているのだ。


 コーチ陣も真琴をエース格として、決勝から逆算してピッチャーの起用を考えている。

 もっとも女子野球であるのに、コーチ陣は全てが男性であるあたり、まだ野球は男のスポーツであるのだろう。

「うちのオカンとか、マコのおばちゃんに頼んだら良かったんちゃうかなあ」

 それは他のコーチが大変になるから、やめてさしあげなさい。

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