第9話 ファスナー
「うわ、なんで、これできないんだ。」
ひなたは、着ていたジャケットの
ファスナーを何度も動かした。
いつもはスムーズにできる
ファスナー、今日に限って、
何かにつっかかって、
下でとどまり
進まない。
何かゴミでも付いてるのか、
隙間が狭いのか通らない。
昨日は普通にファスナー
閉められたはずなのに。
ひなたはイライラした。
「ちくしょー、
何でこれ閉められないんだよ。」
天井から顔だけ覗かせたぱんだ先生、
ふわりと床に落ちた。
今日はひなたと私服が同じだった。
ピロピロ笛を吹いた。
(どうした?)
「これ、見てよ。全然、このファスナーが
上に上がらないんだよ!」
(あー、どれどれ。)
タバコのようにくわえた吹き流しを
吹いて、ひなたのジャケットの
ファスナーを何度もスライドしようと
した。
さすがのぱんだ先生でも難しいもの
だった。
「買ったばかりのダウンジャケット
だったんだよ。
バイト代貯めて、やっと新品のいいやつ
買えたのに、がっかりだよ。」
(ほら、どうにかボタンの部分は
締められるぞ。)
「雪降ったら寒いっての。
隙間風入るじゃん。
8000円くらいしたの
買い直すしかないのかな。」
涙のしずくが、ポタポタと流れる。
(そんな、落ち込むなって。
解決方法探しておくから。)
「…本当?」
ぱんだ先生は、
インターネットを駆使して、
ジャケットの修理と調べた。
ジャケットのファスナー交換の金額は
税込6000円と書いてあった。
(ひなた、それ、本当に直すなら
少し時間かかるけど、
6000円だってよ。)
「…え、6000円もするの?
高いな。」
(同じものを買うよりは安いだろ。
8000円だから。)
「まぁ、そうだけどさ。」
(同じものを使い続けるって
思い入れが違うだろ?
まだ使えるなら修理に出しても
ありなんじゃないか?)
「でも、修理してる間のジャケットが
ないよ。」
(お母さんに聞いてみな。)
「母さん?なんで?」
(良いから。)
ぱんだは、クローゼットを指さして、
ふわっと姿を消した。
「母さん!
これみてよ。ファスナー壊れてさ。
修理に出そうと思うの。
修理してる間に何か代わりの服ある?」
「あらあら、
このファスナーなんでこうなったの
かしらね。代わりの服?
あるわよ、昔使ってた父さんの
ダウンジャケット。
少し大きいけど、ちょっとの間だけなら
いいじゃない?」
母はクローゼットから亡くなった父の
ダウンジャケットを取り出した。
白と黒のまだら模様のジャケットだった。
「あ、ありがとう。
父さんのか。
懐かしいなぁ。
スキー場に遊びに行った時のだよね。
俺、小さかった時の。」
「そうそう。スキーウェアだけど、
雪降ってるし、ちょうどいいわよね。
ひなたも大きくなったのね。
父さんの服着れるなんて。」
「そう?良かったよ、代わりのがあって。
でも、自分のこのジャケットも着たいから
しっかり修理に出すね。」
「そうね。
物は大事に使わないとね。」
「うん。」
ひなたは、部屋に戻って、
ハンガーにジャケットをかけた。
クローゼットの父のジャケットをかけて
じっと見た。
しみじみ幼い記憶を思い出していた。
最初で最後のスキー場。
親子3人で行ったソリすべり。
まだひなたが小さいからと
両親は一緒にソリで滑ってくれた。
楽しかった記憶。
小さな可愛い雪だるまも作った。
あの頃は楽しかったなと
振り返った。
父は天国で楽しくやっているのだろうか。
ひなたは、窓の外、
キラキラひかる星空をずっと眺めていた。
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