第26話 おかえり

 ミレイユは階段の上からサン・キャンベルを憎々しげに睨みつける。この数年の憎悪を込めて彼に吐き捨てた。


「サン・キャンベル。あたしたち家族からすべてを奪った報いを受けるがいいわ」

「……ミレイユ・ミラージュ。私は」


 ミレイユは腕を振りかぶった。言い訳など聞くつもりはなかった。


「! 旦那さま!」


 アリエラがサン・キャンベルを庇うように前に飛び出した。


(何を投げた!? 爆薬か、毒薬か?)


 それによって対処法が変わってくる。だが、アリエラが投擲とうてきされたものを見抜くより先に、から聞こえた小さな爆発音とともに、煙が周囲を覆い尽くした。


「しまっ……」


 投げたのは囮。ミレイユの本当の目的は、1階に仕掛けたこの煙を皆に浴びせることだったのだ。


「えっ……!?」

「うわっ!?」

「なに……、ごほっ」


 彼女の思惑通り、サン・キャンベル達は思い切りその煙に巻き込まれてしまう。


「ごほっ、ごほっ……ぽ、ぽー」

「ぽ、ぽ?」

「……ぽ、ぽ?」


 舞い散る粉塵ふんじん。それにむせた人々の声が、なぜだか同じ音になっていく。

 ウィンは戦慄した。この現象、ものすごく身に覚えがある。

 少しずつ晴れていく煙の中、彼、彼女たちが互いに目にしたのは。


「「「ぽぽーーっ!?」」


 3匹の白いハトだった。

 サン・キャンベルが持っていた金色の共鳴盤が、地面に落ちてがちゃんと音を立てて割れた。

 共鳴盤の破片のそばには、サン・キャンベルの服も落ちている。

 もうお分かりだろう。彼らはハトになってしまったのだ。

 

「ぽ、ぽう!?」

「ぽっぽう! ぽっぽう!」


 ふっくらとしたハト胸を動かし、翼をぱたぱたと動かして混乱をあらわにする。

 悲鳴を上げようとクチバシを開いても「ぽぽう!」としか出てこない。

 ミレイユはそんなハトを見て高らかに笑った。


「あはは! まさか教えてもらった変身薬の作り方が、こんなところで役に立つなんてね!」


 ジェオジュオハーレーを利用するため作った惚れ薬。

 サン・キャンベルをハトにするため作った変身薬。

 ウィンをおとしめるために流したうわさに登場する「悪の錬金術師」とは、まさしくミレイユのことだった。


「でも、こうなると偉い領主様も、誰だか分からないわねえ。服の位置からして……、こっちがサン・キャンベル、真ん中がジェオジュオハーレーで、あれがメイドかしら」


 ミレイユはゆっくりと階段を下りながら、ハトを指さし確認していく。

 地面に落ちた洋服とハトのいる位置から、誰がどのハトなのかおおよその推測はついた。煙はまだ完全に晴れていない。もうすぐハトになったウィンも現れるのだろうと、口元を歪めてくすくす笑う。


「心配しなくても、ちゃんとみんな飼ってあげるわ。薬を毎日使って、鳥かごの中で、ね」


 いずれはキャンベル家の者に捕まってしまうだろう。だが、できる限り逃げ延びてやる。

 領主と娘のいなくなった領地を狙う人間はたくさん出てくるだろう。この土地がどんな風に荒れ果てていくのか、楽しみだ。


「娘と一緒に飼ってあげるんだから、十分優しいでしょう?」


 階段を半分ほど降りたところで、煙もだいぶ晴れてきた。

 そろそろウィンの姿も見れるはずだ。自分の作戦を台無しにした領主の娘は、どのくらい取り乱しているだろうか。

 その姿を想像して晴れてゆく煙を間近で見つめていたミレイユは――、思いきり固まった。


 ……さて、ここでひとつ状況を整理しよう。

 ミレイユ・ミラージュは皆をハトに変える薬を使った。おそらく時間経過で爆発し、粉末状の変身薬が飛び出すような仕掛けをほどこしていたのだ。

 変身薬の形状は、この際なんでもいい。

 ここで重要になのは、ウィン・キャンベルは現在、「鏡石の指輪」をつけているということだ。


 鏡石の指輪は、ウィンを動物に変身させようとする魔法の力をどんどん吸収する。

 実際、ウィンの作ったハトの変身薬の力は、一瞬で吸収された。

 だがウィンの適当な錬金術に比べ、ミレイユの錬金術は強力だったようだ。

 あるいは、鏡石の指輪が使用頻度に応じて劣化しているのかもしれない。

 ウィンの体は前回のようにすぐには人の姿に戻らず、ゆるやかに、ゆるやかに、ハトから人間へと戻ろうとしていた。

 まあ、つまり、一言で言えば。


 ミレイユが煙の向こうからご対面したのは、等身大のハト人間だった。


(おかえり、ハト人間の私)


 人の姿でいられた時間短かったなあ、と。

 ウィンは心の中で涙を流したのだった。



 □■□■□■



 一方その頃、馬車の中で待機していたリオとレグルスに、緊張が走った。

 持っていた青い線の入った共鳴盤が粉々に砕け散ったのだ。つまり、サン・キャンベルが片割れを割ったということになる。

 それはすなわち、あちら側に危機が迫っているということ。

 リオとレグルスはもう1つの緑の線が入った共鳴盤をたたき割った。そしてすぐさま馬車の外に飛び出した。


「兄弟子、突っ込みますか!?」

「いや、まずは外から様子を見ましょう」


 リオとレグルスが慎重に屋敷に近づき、窓の下にしゃがみこんだ。


「……いっ、いやああああ!!」

「!」


 聞こえてきた女性の悲鳴。

 だが、ウィンの声ではない。メイド長のものにしては若すぎる気がする。

 とすると。


「……え。兄弟子、これってひょっとして敵のミレイユってお嬢さんの悲鳴だったりします?」

「どうでしょうね……」


 なにぶん音しか拾うことができない。慎重に状況を把握しようと、2人は神経を研ぎ澄ませる。

 そんな2人の耳に。


「ぽっぽぉーっっ!!」


 気合の入ったハトの鳴き声が聞こえてきた。


「……レグルス、今の聞き覚えのあるハトの声は」

「い、いや、兄弟子。ごめんっすけど俺、ハトの鳴き声はみんな一緒に聞こえるから分かんない」


 困惑する2人。そこにさらに情報が入ってくる。


「ぽっ!」

「ぽおっ!」

「ぽっぽーっ!」

「きゃーっ! きゃーっ!」


 ハトの鳴き声がさらに増えた。

 2人はもうわけが分からなかった。中で一体なにが起きているというのか。


「いやーっ、来ないで!」

「ぽうっ!」


 女性の声が遠ざかっていく。階段を上っているようだ。

 リオはとりあえずいったん考えるのをやめた。


「レグルス、とりあえず中に突入してください。俺は2階の窓を外から確認します」

「はいっ!」


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