第25話 □■過去と現在が結びつくまで■□

 8年前。

 サン・キャンベルは没落した貴族から領地を買い取り、自領をさらに拡大した。

 没落したのはミラージュ家。領主であるキヌ・ミラージュは、サン・キャンベルの友人だった。


 キヌ・ミラージュはもともと領地経営の下手な人間だった。そんな彼が没落した最後のきっかけは、とある芸術家のパトロンになったことだ。

 貴族が他の貴族に対して威光を示すために、芸術品に手を出すのは珍しいことではない。深入りしすぎて破産し本末転倒の結果を生むこともまた、貴族社会ではよくあることである。

 そしてキヌ・ミラージュもその1人で、芸術家に財産をつぎ込んで破滅した。

 そんな彼を見かねたサン・キャンベルが、彼の領地を買い取り一部借金を肩代わりしたのだ。

 前領主キヌ・ミラージュは、娘と妻、わずかな家財を馬車に積み込み、そのままどこか遠い田舎の街に旅立った。そして拡大したキャンベル領の苦難の領地経営が始まったのである。



 □■□■□■



。君は、ミラージュ家の娘だね」


 サン・キャンベルの言葉に周囲がざわめいた。

 ミラージュ家。その家名にアリエラが大きく目を見開く。


「ミラージュ家……!? 没落したあの家ですか?」


 アリエラの発言に、ミレイユが片眉を跳ねあげた。


「没落した? 違うわ、。サン・キャンベル?」


 ミレイユはサン・キャンベルを指差した。叶うのならその指で突き刺してしまいたい、そんな憎悪を込めた目で睨みながら。


「父はあなたから紹介された芸術家にかぶれて破産したわ。でもね、おかしいのよ。父が芸術に興味があったからって、あんな考えなしに大金を注ぎ込むようなことはしないはずなの。……誰かにそそのかされない限りはね」


 ミレイユの中で何度も繰り返し思い出す、過去の記憶。

 領主の娘として穏やかに過ごしていたある日、突然田舎に連れて行かれ、毎日畑仕事に追われるようになった。

 領主であった父からは覇気が消え、ただの農夫に成り下がった。彼はときおり過去に思いを馳せるように、ぼんやりと遠くを見つめるのだ。

 田舎に住み始めた頃、1番精神的に不安定になったのは母だった。貴族のきらびやかな生活と、田舎の農村での生活の落差に耐えかねたのだろう。越してきて1年は突然叫び出すような日もあった。その頃の記憶は、子どもだったミレイユに大きな傷を残した。


 それから数年の月日を経て、ようやく暮らしが落ち着いてきた。母も少しずつ村での生活に慣れて、元の穏やかな母に戻っていった。

 ミレイユも村での生活に順応していった。村には自分たちの他にも「訳あり」の人間たちが多く暮らしていた。ミレイユは意外とそんな人たちと仲良くなるのがうまかった。互いに傷を持つもの同士、なんとなく距離感が掴みやすいのだろう。

 中でも仲良くなったのは、錬金術師の老婆だった。彼女はミレイユに知識と技術を教え、錬金術を学ばせてくれた。

 火をつけるアイテムや植物栄養剤などの便利な日用品から、人間を変身させたり心を操る怪しい薬まで。

 知識が増えるのはありがたいが、こんな恐ろしいアイテムは、のどかな村では一生使うことはないだろうな、と思っていた。

 ……そう、思っていたのだ。


 2年ほど前、キャンベル領の商人がミレイユの村にやってきた。

 その男は村長の家で商談をしそのまま朝まで酒を飲んでいた。

 

 ミレイユがその日に村長の家の子どもと遊ばなければ。

 そしてその子どもの忘れ物を届けるために、夜遅くに村長の家を訪ねなければ。

 彼女は一生怪しい錬金術を使うことはなかっただろう。


 ミレイユが村長の家を訪ねたとき、酔っぱらった商人の男がこう口にしたのだ。


 ――サン・キャンベルも上手くやったよなあ。友人をそそのかして領地を広げたんだろう。


(――え?)


 サン・キャンベル。

 ミラージュ家の恩人の名だ。

 それを今、なんと言った?


 彼女はその場で商人を問い詰めた。酔った商人は、彼女がミラージュ家の人間だとは夢にも思わなかったのだろう。酒の肴程度に没落貴族の不幸を語った。

 サン・キャンベルが領地拡大を狙っていたこと。

 その標的として目をつけられたのがミラージュ領であったこと。

 サン・キャンベルはキヌ・ミラージュの芸術かぶれにつけこんで、芸術家のパトロンにして破産させたこと。

 ミラージュ家を踏み台に、サン・キャンベルは貴族として優雅に暮らしていること。


(……私たちが没落したのは、父のせいではなかった……?)


 ミレイユは茫然としていた。頭の中によぎるのは、この数年間の記憶。

 突然奪われた貴族の暮らし。発狂する母。覇気のなくなった父。

 悪くないと思い始めていたはずの田舎での生活が、とつぜん憎らしくてたまらなくなる。


(私たちを壊したのは)


「……サン・キャンベル」


 ミレイユの目に薄暗い復讐の炎が宿った。 



 □■□■□■



 そしてミレイユは、サン・キャンベルを領主の地位から失脚させるために動き始めた。

 街娘のフリをしてキャンベル領にもぐりこみ、情報を集めた。そこでミレイユが目を付けたのは、娘のウィンとジェオジュオハーレーの婚約だ。

 ミレイユはジェオジュオハーレーの人柄、人間関係、趣味嗜好を調べ上げ、彼にとっての理想の女性像を作り上げた。さらに錬金術師から習った惚れ薬も使用し、総力を尽くして恋人の座を手に入れた。  

 派手に婚約破棄をして、便乗してウィンの悪評を流し、キャンベル領の信用を失墜させる。意外にも作戦はうまく運んだ。


 だがそこまでだった。キャンベル領の悪いうわさは「ウィン令嬢がハトになった」というすっとんきょうなうわさで、いとも簡単にひっくり返されてしまう。

 そして根も葉もないうわさの出どころを探り、サン・キャンベルが動き始めた。このままではすぐに自分にたどり着いてしまうだろう。

 爵位を奪われた小娘1人が必死にあがいたところで、領主の力の前にはなんの影響もない。

  

(なら精々――、最後まで暴れまわってやるわ)


 ミレイユはそう決心して、ウィン誘拐事件を起こしたのだった。

 実際にはハト誘拐事件となったが。



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