第22話 いざゆかん、犯人の元へ


「ジェオジュオハーレー様、起きてください」

「……はっ!」


 ジェオジュオハーレーは目をかっ開いて飛び起きた。

 ばねのように上半身を起こすと、視界に自分を見下ろす人たちの姿が入ってくる。


 冷たい目で自分を見るサン・キャンベルとメイド。

 先ほど森の中であった男たち。

 そして、ウィン・キャンベル。


「──はうっ」


 ジェオジュオハーレーはウィンと目が合った瞬間、先ほどのトラウマが呼び起こされ再び気絶した。


「ちょっとお!? なんで気絶するのよ、今はかわいい女の子でしょー!?」


 憤慨ふんがいするウィンを手で制し、アリエラが一歩前に出た。やおら腕を振り上げると、ひじ鉄を気絶した彼の腹に叩き込む。


「ぐえぶっ」

「失礼します、ジェオジュオハーレーさま。

 ですが、今はあなたの二度寝に付き合っている場合ではないのです」

「な、なんだ……?」


 強制的に起こされたジェオジュオハーレーが、よろよろと身を起こす。


「君の婚約者ミレイユが、うちの娘を誘拐しようとしたんだ」

「!?」


 婚約者の名前が出た途端、ジェオジュオハーレーの目の色が変わった。


「どういうことですか」

「言葉通りだよ。運がいいことに、手違いでウィンはここにいる。だが、もし彼女の計画が成功していたなら……、ハイル家きみのいえも無事ではすまなかったことは、分かるね」


 サン・キャンベルの圧に、ジェオジュオハーレーはわずかに後ずさる。

 だがその体は、ソファの背にぶつかって止まってしまう。


「僕たちはこれから彼女と話し合いにいく。その前に可能な限り情報は集めておきたい。ジェオジュオハーレー、君は何か知らないのか? 彼女がこんなことをした理由を」


 ジェオジュオハーレーは口を開き、何か言おうとして、結局何も言わずにうなだれた。

 サン・キャンベルはそんな彼の様子を見て目を眇めた。


「そうか、知らないのなら仕方ない。君は利用されただけなんだろうね」


 利用、という言葉にジェオジュオハーレーの肩が揺れた。


「ミレイユは君のことを利用するために近づいたんだろう。なら、彼女のことを何も知らないのも仕方がない」


 仕方がないと言いながら、確実に相手をえぐっていく。自分の娘を盛大に婚約破棄した男への容赦ない言葉だった。

 サン・キャンベルはジェオジュオハーレーから視線を外し、使用人たちに指示を飛ばしていく。


「指定された場所に向かおう。北東の転移魔法陣の管理者に連絡をとって、馬車の用意をしておくように伝えてくれ」


 主人の命を受け、速やかに使用人たちが動き出した。

 ウィンが一歩前に出る。


「お父さま、私も連れて行ってください。リリーのことは、私も責任があります」


 サン・キャンベルは首を横に振った。


「ウィン、お前はここにいなさい。相手の狙いはキャンベル家だ」

「でも」

「ミレイユはウィンを誘拐したと思い込んでいる。だがもし勘違いだと気づけば、お前を捕まえようとするだろう」

「……それなら、娘さんはここにいない方が安全じゃないでしょうか」


 サン・キャンベルとウィンの視線が発言者であるリオに向けられた。


「割り込んで申し訳ない。けど、ウィンさんじゃなくてハトを誘拐したことは、すぐにバレると思いますよ。変身を解くアイテムなんて簡単に手に入りますから」

「そ、そうなのかい?」

「ええ。そうしたら相手は、またウィンさんを狙ってくる。あなた方の話だと、後先考えないやり方でハトをさらっていったんでしょう? きっとそのミレイユって女ももうあとがないんです。だからなりふり構わなくなってきている。そして手段を選ばなくなった彼女が再び来るのは「

キャンベル家、ということか。……ならば確かに、ここよりも私の目の届くところに置いていた方がいいか」


 サン・キャンベルは少し沈黙し、結論を出した。


「分かった、ウィンは私が共に連れていく。アリエラ、お前も着いてきなさい」


 そうしていよいよサン・キャンベルが動き出そうとしたとき、声を上げた者がいた。


「ま、待ってくれ」


 サン・キャンベルに声をかけたのは、誰あろうジェオジュオハーレーだ。

 予想しなかった彼の発言に、皆の視線が一気に集まる。

 ジェオジュオハーレーは、ごくりと唾を飲み込み、口を開いた。


「わ、私も連れて行ってくれ……、ください」


 サン・キャンベルの眉がわずかに跳ねた。

 その願いは受け入れがたい。当然だ、何も知らなかったとはいえ、彼はミレイユ側の人間なのだから。

 ジェオジュオハーレー必死に言いつのる。


「あなた方の邪魔をするつもりはない。ただ知りたいのです。なぜ彼女がこんなことをしているのか」


 誰かを思い、懸命に頼み込む。感情の薄いジェオジュオハーレーのそんな姿を、ウィンは初めて見た。自分といる時には引き出されなかった彼の感情を目の当たりにして、少しだけ複雑な気持ちになる。


「お父さま、連れて行きましょう。ミレイユもジェオジュオハーレーがいたら、何か話してくれるかもしれない」


 ウィンの申し出に、サン・キャンベルとアリエラは腕を組んで考えた。


「それは無理だろう。ミレイユはなんとも思っていなさそうだ」

「ぐふっ」

「けれど、連れて行けば盾くらいにはなるかもしれません」

「ううっ」

「そうだね。情は利用できなくとも、ハイル家の三男という立場は使えるかもしれない。連れて行こう」

「ぐうっ」

(うわあ、一言ごとにジェオジュオハーレーのうめき声が聞こえる……)


 言葉のナイフがジェオジュオハーレーに次々と傷を負わせ、彼は瀕死寸前だった。


「ええと、最後に君たち」


 サン・キャンベルはこの場でキャンベル家にもっとも無関係な二人組、リオとレグルスに声をかけた。


「巻き込んでしまってすまない。そのー、私たちが帰ってくるまでお茶でもして待っていてくれるかい?」

「この状況で!?」

「分かりました。焼き菓子もらっていいですか」

「すごいな兄弟子、この状況でそんな優雅なひとときすごせる!?」


 領主の家で誘拐事件が起きている最中にのんびり紅茶をすすれるほど、レグルスの神経は太くはなかった。


「俺たちも連れていってくださいよ。ここまできたら、乗りかかった船だ。錬金術のアイテムも色々持ってきてるし、頼りになるっすよ。ねえ、兄弟子」

「俺はここで茶を飲んでゆっくりしててもいいですけど……」


 リオはそこで言葉を区切って、少しだけウィンを見た。


「……まあ、一応行きますか」


 心配だし、と小さく呟いた声はそっと消える。

 サン・キャンベルは難しい顔をしていたが、やがて意を決したように頷いた。


「分かった。ならよろしく頼む」


 こうして皆は、白ハトリリーを取り戻すため、ミレイユの元へと出発したのだった。


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