第23話 ギスギス馬車道
ミレイユが指定した場所。そこはキャンベル領の東側にある森の中だった。
その森は、かつて没落した8年前キャンベル家が所持することになった土地の一部だ。そのため、完全には管理が行き届いていない場所でもある。
サン・キャンベル一行は家の転移魔法陣を使い、領地の東側に移動した。
メンバーはサン・キャンベル、ウィン、アリエラ、リオとレグルス、それにジェオジュオハーレーの6名だ。
6人は2台の馬車に乗り込み、森に向かって移動を開始した。
馬車1台目はサン・キャンベルとウィン、そしてアリエラが御者台に乗ったキャンベル家チーム。
もう一台はレグルスを御者台に乗せ、リオとジェオジュオハーレーが乗った気まずいチームとなった。
キャンベルチームの馬車の中。
ウィンはひたすらに外の景色を眺めていた。けれど全然視界に入ってこない。ハトの件についていつ父親から叱られるか、気が気ではないのである。
ウィンはそっと横目で父親を見る。けれど、父親もまた外の風景をぼうっと眺めている。ウィンと同じように、別のことを考えているように見える。
「……あの、お父さま。何かありました?」
娘の呼びかけにサン・キャンベルははっと我に返った。
「ああ、いや。……指定された場所がちょっと気になってね」
(ミレイユが指定した場所?)
ウィンは首を傾げた。サン・キャンベルは首を振る。
「気にしないでくれ。それよりウィン、ハトになっていた件のことだが」
(ああっ、しまった、自分から話を向けてしまった!)
あのまま「心ここに在らず」状態にしておけばよかったと、めちゃくちゃ悔やむ。
ぎゅっと目をつむって、自分に雷が落ちるのを覚悟する。
しかしそんなウィンの耳に聞こえてきたのは、小さな笑い声だった。
「そうだね。色々とお説教するところはあるが……、その、私は少し安心したよ」
「えっ」
「ウィンには8年前から、ずいぶんと苦労をかけてしまったからね」
サン・キャンベルは目を伏せた。
「君が家のために勉強する姿を見て、僕も頑張れたんだ。おかげで領地経営も立て直すことができた。だけど、代わりにのみの市や野山を駆け回る君はいなくなってしまった。僕は、君の幼い心を奪ってしまったことをずっと後悔していたんだ」
サン・キャンベルはウィンを見つめて微笑んだ。
領主としてではなく、父親の顔で。
「その場の勢いでハトになって大騒動を引き起こす。そんな君本来の姿を久しぶりに見ることができて、僕は嬉しかったんだよ」
「私はあんまり嬉しくないなア……」
アリエラといい、父親といい、自分のことをなんだと思っているのだろうか。ウィンはとても複雑な心境になる。
「はっはっは。いいじゃないか。ウィンはそのままがいいよ。ありのままのお前を好きになる人が、この先きっと現れる」
無責任に笑う父親を、ウィンは半眼で睨んだのだった。
□■□■□■
キャンベルチームの馬車が和やかに談笑していたその頃。
リオ達の乗った馬車は、とても気まずい空気に包まれていた。
レグルスは御者台で馬の手綱を引きながら、御者係で本当によかった、と心の底から思っていた。
レグルスの想像通り、馬車の中ではとても重たい沈黙が落ちていた。
「……お前はいったいなんなんだ?」
重たい沈黙を先に破ったのはジェオジュオハーレーだった。
ジェオジュオハーレーは恐ろしいハト人間を見て気絶し、叩き起こされたと思ったらなぜかキャンベル家にいた。さらに、ウィンの家のハトを
大混乱の中、彼がまず一番に思ったのは「ミレイユに話を聞きたい」だった。
そう思ってサン・キャンベルたちについてきたのだが、なぜか見知らぬ男が2人ついてきていて、そのうちの1人と同じ馬車に同乗させられている。
ジェオジュオハーレーの疑問は、至極もっともなものではあった。
リオはふんと鼻を鳴らした。
ジェオジュオハーレーの無遠慮な視線。身なりや態度から自分たちの身分をはかって下に見るこの感じ。
まさにリオの嫌いな貴族の視線だ。
「あいさつもできない人に名乗る筋合いはないですね。最近の貴族サマは、ノックもあいさつもできないんですねえ」
「ノック……? あ! お前まさか、あの森の家でドアを蹴ったやつか!?」
馬車の中から怒鳴り声が聞こえてきた。レグルスは「さっそく何か揉めてるなあ」と思いながら聞こえないふりをした。
「あのときはよくもやってくれたな!」
「あんたが勝手に気絶しただけでしょ。お貴族さまがそんな情けない姿を庶民に見せて、家名に関わるんじゃないですか」
「あんなもの見たら誰だって気絶する!」
当時のウィンの姿を思い出したのか、ジェオジュオハーレーは額を押さえて深く椅子に座り込んだ。
馬車ががたがたと揺れる。無理やり森の中を走っているせいだ。
高級な馬車の外装は、傷だらけになっていることだろう。時間短縮のため獣道を迷わず馬車で突っ切ろうとするあたり、サン・キャンベルは中々豪胆だ。
「まったく……、ウィンは一体なにを考えてあんな姿になったんだ」
「鳥になって空を飛べたら気持ちよさそう、とでも考えたんじゃないんですか」
「そんな短絡的な」
「そういう子でしょ。元婚約者なのに知らないんですか?」
好奇心で失敗し、身一つで見知らぬ錬金術師の元に突撃して、森の中を駆け回る女の子。
考えなしで勢い任せで、くじけない女の子。
それがリオの知っているウィンの姿だ。
「あんた、街でうわさになってたあの子の婚約者なんですよね。なんにも知らずにウィンさんを捨てて、今度は新しい婚約者の女に騙されてたってわけだ」
リオははっと笑った。
「あんたの目はずいぶんと節穴ですねえ」
「なっ……、……私は……」
そのとき、馬車の揺れが止まった。御者台から馬車の中に呼びかける声が聞こえてくる。
「ギスギスしてるところ申し訳ないっすけど、到着しましたよ」
ジェオジュオハーレーは拳を握りしめたまま、窓の外に視線を向ける。薄暗い森の中に、小さな洋館がひっそりと立っているのが見えた。
あそこに自分の想い人がいる。
あんな薄暗いところで、彼女は一体どうしているのだろう。
ジェオジュオハーレーにはそれがまったく分からず、胸が軋んだ。
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