第20話 □■大混乱のキャンベル家□■
娘をこっぴどく婚約破棄した男の恋人が訪ねてきた。
その事実に、サン・キャンベルは静かに怒気をみなぎらせる。
察しのいい使用人は心の内でだらだらと汗を流した。
サン・キャンベルは大きく息を吐き、落ち着くよう自分に言い聞かせる。
「1人でか?」
「ええ、1人のようです」
(……普通女性が1人で、婚約破棄をさせた相手の家を訪ねるだろうか?)
ミレイユの不可解な行動に眉をひそめながら「今降りる」と告げて立ち上がった。
サン・キャンベルは婚約破棄の手続きの際、いちどハイル家の人々を交えてミレイユと対面している。
絹のような金の髪、透き通る白い肌と、青い宝石のような瞳。
街娘というよりも貴族のほうがしっくりくる女性だった。
(なぜか昔会ったことがあるような気もしたが……、まあ、金髪と青眼はあちこちにいるからな)
対面したときは、終始泣くのをこらえている気弱な女性にしか見えなかったが、そんな彼女が1人でキャンベル家を訪ねてくるとは、一体なにがあったのか。
そんなことを考えながら、サン・キャンベルは2階の自室を出て廊下を歩く。
くるりと曲がった階段は、そのまま客間につながっている。サン・キャンベルと使用人たちは階段を降りようとして、1階が白い煙におおわれていることに気が付き足を止めた。
「な……!? 旦那さま!」
アリエラが口元をおさえ、サン・キャンベルを庇うように前に立つ。
(煙幕か!?)
「動けるものは窓を開けなさい!」
サン・キャンベルは声を張り上げ、自身も2階の窓を開けていく。煙に覆われた1階でも、視界の悪い中無理やり窓を開ける音が聞こえてきた。
巻き上がっていた白煙はやがて薄くなり、1階の様子が見えてくる。サン・キャンベルは階段の上から慎重に客間を見下ろした。
客間にいるのは、屋敷の使用人たちだけ。ミレイユの姿はない。
そして、もう1人。使用人たちと共に客間にいるべき人物が1人見当たらない。正確には1羽だ。
「ウィンはどうした!?」
「え!?」
客間にいるはずの白いハトが、鳥籠ごと見えなくなっている。
使用人たちが青い顔であたりを見回した。
アリエラとサン・キャンベルは急いで1階に降りていく。
「一体何があった!?」
「そ、それが……、領主さまをお呼びしに行った途端、ミレイユ……、様が床になにかを投げたのです」
変哲のない白い玉だった。突然投げられたそれを使用人たちが見つめた瞬間、玉が爆発したのだ。
あとは皆も知ってのとおり、煙幕が客間とその場にいた者たちの視界を支配した。
サン・キャンベルを呼びに行っていた使用人が、冷や汗を流しながら口を開く。
「ミレイユがウィン様を連れ去ったとみて間違いなさそうですね」
「…………」
皆の間に重たい沈黙が落ちる。
(自分たちのせいでウィンさまが……)
使用人たちは、自分たちの不手際で領主の娘が拐われたことに責任を感じ青ざめていた。
(……拐われたのハトなんですよね……)
アリエラも別の意味で青ざめていた。
サン・キャンベルがぐっと拳を握る。そしてふと、地面に落ちている手紙に気が付いた。
朱色の封筒に、丁寧に蝋が押してある。サン・キャンベルは無言でそれを拾い封を破り、中の手紙に目を滑らせる。
そこには短い文章でこう書かれていた。
────
サン・キャンベル
ウィン・キャンベルは預かった
返してほしければ明朝までに指定の場所に来い
────
「……なるほど、ミレイユの目当ては私というわけだ」
どうやら、ミレイユはウィンを人質に、サン・キャンベルを呼び出そうとしているらしい。
彼女の目的が何かは分からない。だが、白昼堂々と誘拐をしてまで、領主を呼び出そうとしているのだ。決して安全な場所ではないことは確かだ。
だが、サン・キャンベルとてその程度のことでは揺らがない。これまでも領主として、危険な賭けはたくさんしてきたのだ。
「いいだろう、待っていろ、ウィン」
「……旦那様」
サン・キャンベルはアリエラに呼びかけられ振り返った。なぜだかアリエラは、すごく気まずそうな顔をしていた。
「旦那様、どうか落ち着いて聞いてください」
「どうした、アリエラ。私はウィンを救うため、一刻も早く出立しなければ」
「いえ、その。そのですね。その、あのハトはウィンさまではなくてハトなんです」
(アリエラも混乱しているな、無理もない)
アリエラの言葉が伝わらなかったサン・キャンベルは、力強く頷いた。
「大丈夫、分かっているよアリエラ。ハトになったとて私の娘だ。取り返してみせるよ」
「違うんです。本物のハトなんです」
「ああ、たとえこの先あの子がもとに戻れず、本物のハトになったとしても。私は毎日愛情を持ってあの子に豆をあげよう」
「で す か ら」
アリエラは大きく息を吸った。こうなればもうやけくそだった。
「あのハトは! ウィンさまではないんです!!」
アリエラの絶叫は屋敷の外まで届いた。
そして、そんな彼女の声に応えるように。
「……あ、あのー」
客間の入口からひょこっと姿を現したのは。
「え」
「あ」
「へ?」
その姿を見て、使用人たちは目をひん剥き、サン・キャンベルは顎をぱかっと落とした。
「え」
「あ」
「た、ただいまー……」
そこにいたのは、なんとも気まずそうな顔をしたウィン(人間)だった。
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