第19話 ただいまキャンベル領
一方その頃。キャスパー領の錬金術師の家では。
「騙してすいませんでしたー!!」
ハト人間から人間に戻ったウィンが、地面に頭を打ち付けて謝罪していた。
まだ混乱しているレグルスが、地面と同じ高さになったウィンを見下ろして目を白黒させている。
「え? え、は?」
「人間に戻してもらうために、身分を偽っていました! 私、貴族です。ほんとうにごめんなさい!!」
「え? え?」
「え」をひたすら発しながら、レグルスはウィンを指さした。
「だ、だましたの?」
「うん」
「き、貴族?」
「そう」
「ウィンちゃんが?」
「はい」
「えー……」
怒られることを想定して、ウィンはきゅっと目をつむった。
「あー、でも、うーん、あー、そうか。確かに……」
レグルスは1人でうなりながら頷いた。それに驚いたのは横にいたリオだ。
「え? お前、この人に貴族だって納得できる部分あったんですか?」
「失礼ね!」
「街娘にしては所作がきれいだとは思ったんすよねー。でもハトが人間の動作をしているからそう見えるんだとばかり思ってたっす」
ウィンの育ちの良さはハトの姿による視覚効果でごまかされていた。
「逆に兄弟子は、なんで貴族だって分かったんですか? 名前まで知ってるし」
リオの肩がぴくり、と動いた。ちょっと目を逸らしながら回答する。
「……キャンベルの街じゃ、うわさがもちきりでしたからね。婚約破棄されたご令嬢がハトになったって」
「あ」
ウィンは思わず声を上げた。そういえばそうだった。そのうわさがもとでウィン(ハト)にモテ期が来たり、悪評がかき消されたりしたのだ。
「あー、そういえば兄弟子、何日か前にキャンベルに錬金術の道具買いに行ってましたね」
いまキャンベルの街に足を踏み入れれば、最初に聞くニュースは間違いなく「ご令嬢、失意のあまりハトになる」だったろう。
それを聞いた直後、ハトの頭をした女の子が尋ねてくれば、うわさのキャンベル家のご令嬢だとぴんとくる。
(じゃあ、最初から分かっていたんだ)
リオは貴族だと分かっていたのにウィンを助けてくれたのだ。
「ま。最初は追い返そうかとも思いましたけど、真珠蝶の見分けがつくっていうのは本当に便利な能力でしたから。それに、あんたはぜんぜん貴族っぽくなかったから」
リオの言葉に、レグルスも頷く。
「確かに。貴族ってみんなプライドが高くて大変そうな人ばかりだと思ってたけど……、そんなことないですね」
レグルスはウィンを優しい目で見て笑う。騙されていたのに、怒りのない穏やかな笑顔を浮かべていた。
「ウィンちゃんみたいな、プライドがない子もいるんですから」
「あるよ! 少しはあるよ!」
ハト人間になり、蝶を捕まえるため走り回り、野山で迷子になり、頭を下げまくっていたとしてもプライドは残っている。まだ、一応、ほんのちょっとは。
「ま。いいや。戻ってよかったっすよ。ウィンちゃん」
「おめでとーございます」
「あ、ありがとう」
ウィンの胸はじーんと震えた。だましていた人間をこんなにさらっと許せるとは。心の広い人たちだと感動する。
そのとき、後ろでもう1人の男のうめき声がした。気絶していたジェオジュオハーレーだ。
「こいつ、どうします?」
「あ、私が連れて帰ります」
ウィンが挙手した。このまま放っておいてはまたウィンのもとにやってくるだろう。彼とは一度きちんと話をしなくてはならない。
「台車でも借りて屋敷まで連れて帰ります。転移魔方陣があれば大丈夫」
ウィンの提案に、リオとレグルスはそろって渋い顔をした。
「だめですよウィンちゃん。さっきの彼の剣幕覚えてないんすか? 危ないです。連れて行っている途中で目が覚めて暴れたらどうするんですか」
「俺らもあんたの家まで一緒に行きます」
「え、でも、いいの?」
貴族の家など、彼らは立ち入りたくもないだろう。
自分のためにこれ以上何かしてもらうのは気が引ける。
「それこそ今更でしょう。ここで別れて、あんたがそいつに何かされるほうが寝覚めが悪い」
「こういう言い方っすけど、兄弟子も心配してるんですよ。ほら、遠慮せずに。さっさと準備しますよ」
そうしてウィン、リオ、レグルス、それに気絶したジェオジュオハーレーの4人で、キャンベル家に向かうことになったのだった。
□■□■□■
キャンベル領、転移魔法陣付近。
キャスパー領と接続された転移魔法陣が、紋様に沿って光を帯びる。
見張りの兵士が、魔方陣を注視する。ほどなくして魔法陣の上に、3名の男女が転送された。年頃の女性が1名、男が2名。男たちは布で目隠しをした荷台を引いている。
女が服の裾をつまんで兵士にうやうやしくおじぎをした。ふわりとした若草色の髪の女性。兵士はその人を知っていた。
「これはこれは、ウィン・キャンベル様」
この領を統治するサン・キャンベルの娘、ウィン・キャンベルだ。
なんでも最近、婚約者にひどいフラれ方をしたとか。
そのショックでハトになったなんて突拍子もないうわさも流れていたが、あれはデマだったのだろう。
目の前にいるのはまごうことなき人間の女の子だ。
「キャスパー領から来られたんですか?」
キャンベル家の通行証を確認しながら門番が記帳する。
「ええ、婚約破棄の気晴らしに旅行にね。錬金術を勉強しようと思って、いろいろ素材を買ってきたの」
兵士は布でおおわれた荷台にちらりと視線を向けた。
錬金術には詳しくないが、かえるやらヤモリ、その他不気味なアイテムをいろいろ使うということは知っている。
それなら人目につかないように布でおおっているのも納得がいく。
兵士は腰につけている鍵束から、一本の薄いのべ棒を取り出した。
のべ棒には、左側に不規則なでこぼこがある。そしてウィンに渡された銀の通行証は、右側に不規則なでこぼこがあった。
ウィンから預かった通行証の右側と、のべ棒の左側を合わせると、凹凸の部分がかちりとハマった。
(間違いない、本物だな)
本来なら荷物をあらためることだが、兵士はそこまでしなくていいだろうと判断した。
通行証は紛れもなく本物であるし、領主の娘の心証を悪くするのは避けたい。
荷台を確認することはせず、お気をつけて、と手を振って見送った。
□■□■□■
「…………ぶはー!」
転移魔法陣からしばらく離れたところで、レグルスが大きく息を吐いた。
「生きた心地がしなかったっすよお……」
レグルスが荷台をちらりと見て、大きく息を吐き出した。
布におおわれた荷台。その布の下には、気絶したジェオジュオハーレーが隠れている。
あのとき門番が布をめくれば、気絶した伯爵家の息子とご対面、大騒ぎになっていたわけだ。
「あんた、本当に領主の娘だったんですね」
「う、うん」
ウィンはちょっと緊張して答えた。
2人は貴族が嫌いだからと森に住んでいる錬金術師たちだ。ウィンが貴族だとあらためて実感することで、距離を置かれてしまうのではないかと心配しているのだ。
リオとレグルスは顔を見合わせて、ため息をついた。
「将来、ウィンちゃんが領地を継ぐのか……、キャンベル領大丈夫っすかね」
「不安になりますね」
「どういう意味?」
距離は置かれていないが、なぜか領地の今後が心配されている。
心配せずとも無事に繁栄させていく予定だ。
「だって確か、何年か前に一回領地拡大目指して没落しかけてなかったっすか?」
「この子にして親ありって感じですね」
「ふっ、一緒にしてもらっちゃ困るわね。私のお父さまは思慮深いわよ?」
「その言い分だと、あんたはなんにも考えてないことになるけどいいんですか?」
リオの言葉を無視し、ウィンはぴっと人差し指を立てる。
「ともかく、一回ピンチにおちいったのは事実だけど、ちゃんと持ち直したんだから。キャンベル領は、貿易の中間地点としての地位を獲得した場所なのよ。よくのみの市が開催されて、ちょっとした観光名物になっています」
「ああ、ちょくちょくやってますね」
「そういえば兄弟子、昔はよくのみの市に──」
レグルスがしゃべりかけたそのとき、ジェオジュオハーレーの乗った荷台が「がたり」と揺れた。
3人は飛び上がり、おそるおそる荷台の方を見る。
「……大丈夫です、まだ気絶してる」
「は、早くウィンちゃんの家に行きましょう」
「そ、そうね! この角を曲がれば──」
荷台をガラガラと鳴らしながら、3人は石畳みの道を行く。
そして角を曲がったところで、一目で領主の屋敷と分かる大きな家が視界に入った。
久しぶりに見る我が家にウィンの心が震えた。
色々なハプニングはあったものの、家族にバレることなく元に戻ることができて本当に良かった。
たっと足早に駆け寄り、外側の門に括り付けられた呼び鈴の紐を掴もうとしたときだ。
「あのハトは!! ウィンさまではないんです!!」
家の中からアリエラの絶叫が響き渡った。
「…………」
「バラされちゃいましたね」
「そうだね……」
感動の余韻に浸る間もなく、ウィンはどうやって親に謝罪をしようかと頭を巡らせるのだった。
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