第18話 ◻︎◼︎その頃、キャンベル家の領主は■□


 キャンベル領、領主の屋敷。

 メイド長アリエラは、やや緊張した面持ちで部屋に入る。

 扉をノックする必要はない。この部屋の主人に呼び出されたからだ。

 キャンベル領の領主、サン・キャンベルに。


 整頓された部屋の奥に、1人の男性が座っている。

 ウィンと同じ若草色の髪。ぱりっとした白いシャツに無地のウエストコートは、シンプルだがひと目で高級品と分かる。

 そして侯爵家のトップとして生活してきた彼には、その高級品に見合った気品と気高さがあった。

 彼こそがサン・キャンベル。ウィンの父親であり、この地の領主である。


「アリエラ。先日君に調べてもらった件はどうなっている?」


 アリエラはこの屋敷のメイド長だ。当然忙しい。

 ハト人間になったウィンの世話をしながらも、お屋敷の仕事はしっかりとこなしていた。その中には諜報ちょうほう活動も含まれる。

 ……これが一般的なメイドの仕事かと問われれば、やや疑問なところもあるが。


「お嬢さまの婚約破棄のうわさですが、1番早いところで翌日から広まっていたようです」


 アリエラがサン・キャンベルから命じられて調べていたこと。

 それは、ウィンがジェオジュオハーレーに婚約破棄されたあとのうわさのことだ。

 うわさには尾ひれはひれが付き、ウィンは悪役令嬢として散々に言われた。

 サン・キャンベルはこの件でずっと引っかかっていたことがある。


「……うん、やっぱり妙だね。 


 婚約破棄のあと、ウィンがハトになったという別のうわさが生まれた。それが広まったのは、目撃されてからおよそ3日後。

 人がハトになるという珍事件でさえ、広まるのには3日かかったのだ。

 貴族令嬢の婚約破棄など、それこそどこにでもある事件だ。取り立てて大騒ぎするほどのことでもない。

 にもかかわらず、何故ウィンが婚約破棄されたうわさのほうが圧倒的な速度で広まったのか?

 それも、悪意のある尾ひれをたっぷりとデコレーションして、だ。


「誰かが、意図的にうわさを流したということですか?」

「そうかもしれない」


(狙いはウィンか……、いや、キャンベル家か?)


 しかし、これだけでは判断材料が足りない。動機も不明だ。


「アリエラ、引き続きうわさの出所を探ってくれ」

「かしこまりました」

「ウィンはどうしている?」


 アリエラは表情を変えないように意識する。

 間違えてはならない、ここで尋ねられている「ウィン」とは、白いハト「リリー」のことだ。ハト人間の方ではない。


「客間で休んでいらっしゃいます。午前中に男爵たちの求婚を受け、お疲れになられたのでしょう」

「そうか。男爵たちもなかなか引き下がらないね。困ったものだ」


 サン・キャンベルはわずかに目を伏せた。


「金目当ての男たちの相手をして気疲れしているだろうに、私が近づくとウィンは『ぽぽう』と健気に鳴いて近寄ってくるんだ」


 アリエラは「それは旦那さまがよくおやつをくれるからです」という言葉を胸にしまった。


「私に心配をかけまいと、かわいく首を揺らして近づいてきてね。……いつか本物のハトになってしまわないか、心配なくらいだ」


 「もうすでにハトです」という言葉をアリエラは以下略。


(ああ、お嬢さま……。早く帰ってきてください、私の心の平穏のために)


 そのとき、扉の外で控えめなノック音が響いた。

 サン・キャンベルの許可を得て、使用人が姿を現す。


「お話中に申し訳ございません。お客さまが来られております。その、お待ちいただくようお伝えしたのですが、少々取り乱しておられるようで……」

「一体誰だい?」


 使用人は少し言いよどみながら答えた。


「それが、その……、ミレイユ、と名乗る女性で」


 それを聞いた途端、サン・キャンベルとアリエラの目がすっと険しくなった。

 それもそのはずだ。

 ミレイユとは、ウィンを袖にしたジェオジュオハーレーの今の恋人の名前なのだから。

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