第16話 招かれざる客


「私だ! ジェオジュオハーレーだ!! 話がしたい!!」


(ジェオジュオハーレー!?)


 ジェオジュオハーレー。元婚約者である彼が、一体どうしてこんなところに。

 彼は「話がしたい」と言って扉を殴るように叫ぶ。とても話ができる状態とは思えない。

 ウィンは思わず後ずさった。そんな自分を庇うように、レグルスとリオが前に出た。


「どこの誰か知らないっすけど、ウィンなんて子うちにはいないっすよ。家間違えてません!?」


 ウィンなんて名前の女はいない。レグルスは心からそう思って、自分を守っているのだ。

 ウィンの心がずきりと痛む。


「とぼけないでくれ! 君のメイド長がこの森に入っていくのを見た人がいるんだぞ!」


 扉が激しく叩かれ、かんぬきががたがたと揺れる。


「聞こえているのか、ウィン! 君は僕たちをおとしめるためにハトになったなんてうわさを流したんだろう。そして自分は安全な場所に逃げ込むなんて、貴族として恥ずかしくないのか!」

「だから人違い……っ、……ん。ハト、に、貴族?」


 ジェオジュオハーレーの放った単語に、レグルスがわずかに反応した。

 ウィンは氷水を浴びせられたように、全身の血の気が引いた。ウィンが偽名であること、そして貴族であることが、最悪の形でバレてしまう。 

 もうどうしようもないのかと、ウィンが立ち尽くしたときだった。

 リオがすたすたと玄関に近寄り、扉を蹴り飛ばした。


「うるさい男ですね」


 内側からの反撃を受けて、ジェオジュオハーレーの怒鳴り声が一旦止まる。


「兄弟子ぃ! 扉壊れる!」


 代わりにレグルスの悲鳴が響くが、リオはさらっと無視した。


「ノックの仕方も知らない人をお客さん扱いする気はないんで、帰っていただけます?」

「僕を誰だと思っている! 僕はハイル伯爵家の」

「肩書きはどーでもいーんですよ。あんたの事情もどうでもいい。うちに来ているお客さんに何かしようってんなら、追い返しますよ」


 リオはほんの少しだけウィンの方を振り返った。


「少なくとも今来ているお客さまは、ノックもできるし、ちゃんと助けてってお願いできる子なんで」

「――――!」


 その言葉に、ウィンは覚悟を決めた。

 自分のことを守ろうとしてくれる2人を、これ以上騙すことはできない。

 彼らは誠意を持って自分のためにアイテムを作ってくれた。ならば、自分もきちんと彼らと向き合わなければならない。

 たとえ今さらだろうとも。3年ハト人間で過ごすことになろうとも、だ。

 そのためにもまず、ジェオジュオハーレーをなんとかしなくては。

 ウィンも玄関に近づくと、リオに画板を見せた。


『リオさん、どいてください。私が話をします』

「ウィリーちゃん!?」

「……相手にする必要ないと思いますけど」


 ウィンはゆっくりと首を横に振った。

 自分のせいでこれ以上2人に迷惑をかけるわけにはいかない。彼との決着は自分がつけるべきなのだ。

 覚悟を決めたウィンの姿に、リオが小さくため息をついた。


「じゃあ、扉は俺が開けるんで。絶対俺の後ろから出ないでくださいよ」


 リオは扉の向こうのジェオジュオハーレーに声をかけた。


「外の人。とりあえず今から扉を開けますけど、……この子に何かしようとしたら、ぶっとばしますよ」


 リオのすごみのある声に、ジェオジュオハーレーが息を呑む音が聞こえた。

 来訪者が大人しくなった気配を感じて、リオはウィンを背中に庇ったまま、ゆっくりとかんぬきを外す。

 ゆっくりと、ゆっくりと扉が開いていった。


「ウィン! いい加減……に……」


 扉が開いた途端、まくしたてようとしたジェオジュオハーレーの言葉が途中で消えた。

 きいい、と音を立ててゆっくりと開いていく扉。

 ジェオジュオハーレーの目に映ったのは、こちらを睨みつける男と。

 ──爛々と光る目でこちらを見つめる、でっかいハトの頭。


 ひゅ、と息を飲むジェオジュオハーレー。

 ハトの頭部をした異形が、その丸い目にジェオジュオハーレーを映して、クチバシを開く。 


「……ポオゥ」


(あ、既視感デジャヴ


 その光景を後ろから見ていたレグルスは、数日前に自分が味わった恐怖体験を思い出した。


 そして。


「……アーッッ!!!!」


 ジェオジュオハーレーは絶叫しながらひっくり返り気絶した。

 画板に文字を書こうとしていたウィンは目を点にした。そして、ふと思い出す。


(……あ。そういえばジェオジュオハーレーは鳥が苦手なんだった)


 多分理由はそれではない。 



 □■□■□■



「やー、見事に気絶してますね」


 完全に気絶したジェオジュオハーレーを見下ろして、リオがぽつりとこぼした。

 ウィンと初めて対面したときのことを思い出したのか、レグルスがちょっと身震いした。


「俺、ちょっとこの男の気持ちが分かるっす……」


 問題が1つ去ったことにほっとしたウィンだが、すぐにきりりと背筋を伸ばした。本当に覚悟を決めなければならないのは、これからだ。


『あの、お2人に話さないといけないことがあります』


 おそるおそる画板を見せるウィン。

 続けて文字を書こうとするが、何から書くべきか迷い、手が止まってしまう。

 そんなウィンにリオが近づき、左手をとった。

 そして手を上げて、きらりと光る銀の指輪を見せる。


「とりあえず、指輪をはめてみましょうか」

(……ごめんなさい、はめてもらっても、何も起こらないの)


 ウィンは何も言えず、きゅっと目をつむった。

 そのとき、リオの後ろにいたレグルスが「あれ」と不思議そうに声を上げた。

 なぜかというと、指輪の裏側に彫られた刻印が見えたからだ。

 そして彼は、やや慌てたように兄弟子に向かってこう言った。


「ちょ、ちょっと兄弟子、んです?」


 と。


「──ポゥ?」


 その意味をウィンが理解するより早く、指輪がウィンの薬指にはめられた。

 そして。

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