第15話 罪悪感と夜と想い出


 その日の夜。


「ぽお……」


 ウィンは来客用の木のベッドの上で小さく鳴いた。せっかく寝床を用意してもらったが、まったく眠れない。

 錬金術を体験した興奮と、リオ達をだましている罪悪感がごちゃ混ぜになっているのだ。


 夜空でも見て気を紛らわせようと、ウィンは身を起こした。

 コミュニケーション用の画板を持っていくか一瞬迷ったが、念のため持っていこうと首からかける。

 羽根の生えた腕を縮めて、扉にぶつからないよう気を付けて外に出る。

 森の中の一軒家では、街灯のある街の風景とは違い星がよく見えた。

 ウィンは星空の美しさに、ほうとため息をついて上を見上げる。

 そんな彼女に、誰かが後ろから声をかけた。


「明日もあるんですから、さっさと寝た方がいいですよ。寝不足でも、しっかり働いてもらいますからね」


 マグカップを2つ持ったリオがウィンの隣に腰かけた。

 画板を持ってきておいて良かったと、ウィンは筆談をする。


『ごめんなさい。起こしてしまいましたか』

「別に。指輪の状態を見ようと思って起きたら、ちょうどアンタがうろついてたってだけです」


 リオは手に持っていたマグカップを差し出してきた。ウィンはそれを受け取って大人しく飲んだ。味はしないが、温かい。


「なんかありました?」



 ウィンはぎくりとした。やる気のなさそうなヘーゼル色の瞳は、ウィンの隠し事を暴こうと、じっと見つめてくる。

 貴族だということはバレてはならない。ウィンは手汗を滲ませながら、ペンをとった。

 適当なことを言ってごまかそうと考えるが、果たして何を言ったものか。

 ややあって、昼間に彼らに見せた画板の内容を思い出す。


『久しぶりに錬金術をしたので、昔のことを思い出していたんですよ』

「昔のこと」

『ええ。昔出会った錬金術師の少年はどうしてるかなーって』


 そう伝えると、リオは何故か気まずそうに口を閉じた。

 話を逸らすのに必死なウィンはそれに気づかず、どんどん文章を書き足していく。


『小さいのに、本当にすごい腕前だったんですよ。もしかしたら今頃、宮廷錬金術師になっているかもしれません』

「……そんなに期待しない方がいいと思いますけどねえ」


 リオは苦虫を噛み潰したような表情で喋る。


「子どもの頃の記憶なんて美化されるでしょう。その少年だってきっと全然大したことないやつで、今は細々と生活してるかもしれないですよ」


 リオはウィンの夢物語をばっさりと一刀両断する。 

 現実的な人だなあと、ウィンはまん丸い目を細めた。


『大したことはありますよ。だって彼との出会いがあったから、私は錬金術に憧れたんだもの』


 あの日の感動は、きっと自分の中で一生残るだろう。それくらい大切な宝物だ。


「……ま、1人の女の子をハト人間にしたんだから、影響力はありますね」

『そう言われると台無しなんですが……』


 頬杖をついたリオは、星を見上げたまま言葉を続けた。


「じゃあもしその少年にばったり会って、全然大したことない錬金術師だったらどうするんですか」


 淡泊そうなリオが食い下がって質問をしてくることを意外に思いながら、ウィンは冗談交じりに返事を書く。


『憧れの出会いからの再会なんて、もう運命ですね。結婚を申し込むかもしれません』

「げっほっ」


 何故かリオが思いきりむせた。ウィンは慌ててその背中をさする。

 さすがに年頃の少女のプロポーズネタは、冗談にしても度が過ぎていただろうか。


 リオは口元を拭いながらジト目で睨む。


「分かっててやってないですよね」

「ぽお?」


 なんのことかとウィンが首を傾げると、リオはため息をついてウィンから空のマグカップを回収した。


「なんでもございません。じゃあ、もうそろそろ寝ますよ」


 温かい飲み物のおかげで体も温まったウィンは、素直に頷いてその後ろをついていった。


(……もとに戻ったら、できる限り恩返しをしよう)


 淡くまたたく星空を見上げて、ウィンは感謝の気持ちとともにそう心に決めたのだった。



 □■□■□■



 そして翌日。ついに指輪完成の日だ。

 ウィンはレグルスと向かい合ってテーブルに座り、せっせと木の実の殻を向いていた。

 リオは昨日の工房にこもって、石膏を砕く作業をしている。

 ウィンは窓の外を見た。太陽はすっかり昇って、柔らかな日差しが降り注いでいる。

 ウィンが起きた時には、リオはすでに工房にこもっていた。もう5時間近くこもっていることになる。


『リオ、朝から出てこないね』

「指輪の研磨して刻印を彫る作業があるっすからねえ。もうすぐじゃないですか」


 ぺきぺき、と木の実の外側の皮を砕いて、レグルスが返答する。


『刻印?』


 昨日は聞かなかった単語に、ウィンは首を傾げた。


「ああ、言ってませんでしたっけね。指輪に名前を彫るんですよ。そうすることで、指輪がその人の専用って認識されて、効力が上がるんです。不思議ですよね」

「ポェ」


 ウィンは奇妙な声を上げて固まった。

 ややあって、おそるおそる尋ねる。画板に書いた文字は震えていた。


『ちなみに、はどうなるのでしょう』

「んー、だいたい効果がなくなっちまいますね。ただの指輪になる。だから刻印を打つのは盗難防止にも……、ってウィリーちゃん? なんか汗かいてるっすよ?」

(た、た、たいへんだ)


 ウィンは焦りに焦った。

 ウィリーは偽名だ。つまり、ウィリーで刻印を彫られると、せっかくの鏡石の指輪の効力は打ち消されてしまう。そうなればウィンはハト人間のままだ。

 だからと言って、今から事情を打ち明けて刻印を変えてもらえるわけがない。

 ただでさえ彼らは貴族が嫌いだと言われているのに、嘘をついてまで指輪を手に入れようとしたウィンを助けてくれるはずがないのだ。


(どうしよう、どうしよう)


 頭の中がぐるぐると混乱する。

 ウィンが大混乱している最中、リオが帰ってきた。


「おーい、指輪。できましたよ」

「あ、兄弟子、お帰りなさい」

「ぽーう!」


 終わりだ。ウィンは思わず悲鳴を上げた。

 指輪の完成、つまり、ウィリーの刻印が彫られたことを意味する。


(……ああ、優しい人をだまそうとしたから、罰が下ったのね……)


 後悔と絶望でがっくりとうなだれるウィン。

 そんな彼女を、リオはじっと見つめて口を開いた。


「あんた――」


 そのときだ。


 どんどんどんどん! と激しいノックの音がした。

 レグルスとウィンは飛び上がって驚いた。


「なになに、なんすか!?」

「ウィン! ウィン・キャンベル! いるんだろう!?」


 ウィンは体を強張らせた。この声は。


「私だ! ジェオジュオハーレーだ!! 話がしたい!!」

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