第12話 文字から伝わる
ウィンがもふもふ軍団に襲われていたちょうどその頃。
木の上に登ったレグルスは、採取したものを見て子どものような満面の笑みを浮かべた。
「やっぱり! アグルの巣だ。ラッキー!」
アグルの巣とは、アグル鳥が子育てのために使用した巣の残骸だ。
大概は巣立ちの後に鳥が壊してしまうのだが、まれにこうして残っていることがある。そしてそれは、貴重な錬金術の素材となるのだ。
「ウィリーちゃん、見てください! これ、すごい珍しいアグルの……、あれ?」
レグルスは木の幹をつたってするすると地面に降りた。戦利品を高々とかかげたところで、動きを止めた。
一緒にいたはずのウィンの姿がどこにもないのだ。
「ウィリーちゃん? ウィリーちゃん!」
大声を上げて彼女を呼ぶが、返答はない。
近くで茂みが揺れる音がした。ウィンかと思って振り向いたが、現れたのは別の人物だ。
「レグルス、どうしたんですか?」
「兄弟子? 家にいたはずじゃ……」
「こっちの準備はできたんで、様子を見に来たんですよ」
現れたリオは眠たげな眼であたりを見回した。
「ウィリーさんは?」
「それが大変なんす兄弟子! ウィリーちゃんが消えちゃって」
身ぶり手ぶりでピンチを表現するレグ。リオは呆れ顔を弟弟子に向ける。
「はあ? 何してんですか、あほう。森の中で、素人から目を離すやつがありますか」
「ぐっ。その通りっす……。で、でも大丈夫っす。ウィリーちゃんには、遠吠えの笛を持たせてありますから」
「笛?」
「はい、遠吠えの笛。ウィリーちゃんがあれを吹けば一発で分かるっすよ!」
びし! と親指をサムズアップする弟弟子を見て、兄弟子のリオは首を傾げた。
「ハト頭なのに、人間用の笛吹けるんですか?」
「…………」
ひゅううう、と冷たい風が吹いた。
リオの問いに答えるものは、誰もいなかった。
□■□■□■
「ぽう……(迷った……)」
ウィンは山の中で遭難していた。
雪わたげに追われ、けもの道を全力疾走。ときにすっ転び、ときに茂みに激突しながら、やっとこさ逃げ出した。
完全に迷ってしまった。しかし大丈夫。
こんなこともあろうかと、ウィンには持たされた遠吠えの笛がある。
ウィンは気合を入れて笛をくちばしに突っ込み、激しく吹いた。
「ぽふー!」と間の抜けた音がした。
あきらかに森中に響き渡る音ではなかった。
「…………」
ウィンはもう1回気合を入れて吹いた。「ぽふー!」と空気が抜ける。
(――終わった)
ウィンは遠い目で青空を見上げる。
リオの予想通り、ハトのクチバシでは笛は吹けなかった。
いつもならなんとかなるさ、と気楽に考えるウィンだったが、先ほど雪わたげに襲われた恐怖から、若干ネガティブになっていた。
このまま誰にも見つけられず、ここで死んでしまうのだろうか。
その場合、遺体の頭蓋骨はハトの骨。
「ぽう……(誰かあ……)」
まん丸の目からぽろりと涙をこぼして、虚しく泣いたときだった。
ざくざくざく、と激しく草を踏み分ける音がした。
ウィンは飛び上がった。雪わたげとは違う足音だ。新手のモンスターだろうか。
それは真っすぐにウィンのもとへ向かって近づいてくる。
ざくざく、がさがさ。
ウィンは慌てて逃げようとして転ぶ。音はもうそこまで迫っていた。
揺れる茂みから飛び出してくるのは、魔物か、熊か。
「ぽ、ぽー!」
ウィンが断末魔を上げたそのとき。
「──っ、いた」
現れたのは、魔物ではなく兄弟子のリオだった。
家にいたはずのリオがどうしてここに、と疑問が浮かんだが、ウィンは腰が抜けて地面に転がっていたので、文字に起こすことはできなかった。
リオはよほど急いできたのか、肩で息をしながら汗を乱暴に拭う。
「怪我は」
「ぽ、ぽー」
ウィンは首を横に振った。
ほっと息をついたリオは、しゃがんでウィンに目線を合わせるとじろりと睨む。
「なんでレグルスと離れたんですか」
ウィンは体を起こし、画板に理由を書き出す。
『白いふかふかした魔物に襲われて、転がり落ちました』
「白いふかふか……、ああ、雪わたげか。あんな臆病な魔物がなんで襲って……、ああ、うん」
リオはウィンの顔をまじまじと見て勝手に納得した。
『どうやって私を見つけたんですか』
「そりゃ、困ったときの錬金術ですよ」
リオは一本の木の棒を見せた。
なんの変哲もない1本の木の棒。
上部に麻紐がついており、そこにくくりつけられているのは大きな見覚えのある羽根。
ウィンの頭から時々抜け落ちている羽根だ。
「道しるべの棒って言ってね。迷子探しに役立つんです。相手の髪の毛や持ち物をくくって倒すと、探している人のいる方向を指し示すんですよ。森の中に、あんたの羽が落ちてて良かったです」
ウィンは目を丸くした。まさか10円ハゲの心配をしていた抜け毛ならぬ抜け羽根が、こんな形で役に立つとは思わなかった。
「さ、じゃあ帰りますよ。……あれ、なんかあんたの背負ってる籠、やたらいろいろと入っていませんか?」
ウィンは背中に背負っていた籠を下ろして中身を見せた。
『襲われて逃げる途中、色々拾っていたんです』
ウィンもただでは転ばない。雪わたげから逃げる途中、珍しそうな草を引っこ抜き、きらきらと輝く石があればひっつかんだ。
せめて何か珍しい素材を手に入れよう、という根性の表れである。
リオはあっけにとられて籠の中を覗き込んでいたが、しばらくして噴き出した。
「あ、あんた、雪わたげから逃げながら、素材採ってたんですか!? 図太ぇー!」
けたけたと腹を抑えて笑うリオ。そこには打算も意地の悪さも感じられない。初めて見る年相応なリオの笑顔だった。
「はー。笑った、笑った。じゃあ、明日は予定通り指輪を作るとして。帰りましょうか、ウィリーさん」
「ぽ」
立ち上がろうとしたそのとき、ウィンが首からぶら下げていた画板の紐がぽろりと千切れた。
雪わたげ達から逃げる途中で、紐をどこかに引っ掛けて傷つけていたのだろう。画板が地面に落ち、留めていた紙が宙を舞う。
ウィンとリオはそれらを拾い集めていく。拾った紙をトントンと並べてまとめ、とりあえず画板ごとカゴに入れた。
そしてふと、ウィンは一緒に拾い集めていたリオの様子がおかしいことに気が付いた。
彼は何故か、集めた紙の1枚を凝視して固まっているのだ。
そんなに変なことを書いていただろうかと、ウィンは彼の手元をのぞきこんだ。
彼が見ていた髪は、レグルスに錬金術師になりたいと思ったきっかけを説明した紙だ。
市場で少年に錬金術を見せてもらったというエピソードが、そんなに珍しかったのだろうか。
ウィンは『どうかしましたか?』と新たな紙に書きつけて、リオに見せる。
ようやく顔を上げたリオは、何も言わずにウィンをじっと見つめた。
ウィンは首を傾げてくるる、と鳴いた。
「いや。これのせいでそんな面妖な姿になっちゃったんだなあ、と思って」
「ぽおう……」
美しい子どもの頃の思い出が犯行動機みたいな扱いを受けていることに、ウィンはちょっと物悲しくなったのだった。
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