第7話  最終手段を行使せよ

 変身してから5日目、昼。


『今日も男爵たちは来ているの? なんだか申し訳ないな』

「気にすることはありません。あの3人、ウィン様を口説いた帰りに女の子たちと遊んでいたんですよ。『もうすぐ大金が手に入るからな』なんて言って」

『アリエラ、そういう情報はどこから仕入れてるの?』


 ウィンは怒りよりも先にそちらが気になった。


「秘密ですわ、おほほ」


 笑って誤魔化された。歴戦のメイド長の情報網は謎が多い。


「それはともかく。本日の午後は、錬金術師がいらっしゃいますよ」

『えっ、錬金術師?』

「ええ、ウィン様を元の姿に戻すため、ご主人様達がお呼びしたんです。なんでも、法外な値段をふっかける代わりに、どんな薬でも作る凄腕の錬金術師だとか」

「ぽう……」

「凄腕の錬金術師は、ハトのリリーにあらゆる妙薬を試すんでしょうね」

「ぽぽう……」


 ウィンはめちゃくちゃ申し訳ない気持ちになった。

 両親は娘を人の姿に戻す解毒剤を作るため、 わらにもすがる思いでそんな法外な錬金術師に頼ったのだろう。

 だが、いかな錬金術師とて治療は不可能なのだ。だって相手はハトだもの。


『アリエラ、フォローよろしくね。もし私を戻せないせいで揉めたりしたら、私が姿を見せて本当のことを話すから』

「お嬢さまがその姿で登場するほうが揉めると思いますが……」



 □■□■□■



 そんなこんなで、6日目の朝。


「錬金術師の方は帰られました。ありとあらゆる手段をリリーに行使して失敗。己の未熟さを痛感し、腕を磨くために山ごもりするそうです」

「ぽおう……(なんてこった)」


 ウィン(もとい白ハトのリリー)を元に戻せなかったことが、凄腕錬金術師のプライドをズタズタにしたらしい。

 正真正銘のハトだから、戻せなかったのは当たり前なのだが。


『ああ、私はなんて悪いことを』


 ただ、軽い気持ちでハトになって遊んでみたかっただけなのに、1人の有能な錬金術師を山ごもりさせてしまった。

 翼をばさばささせながら頭を抱えるウィンに対し、アリエラはけろっとしている。


「あの錬金術師は、自分の才能を鼻にかけて最近やりたい放題だったみたいですよ。お嬢さまは見ていないでしょうが、昨日キャンベル家に来たときも、まあ態度の悪かったこと。これを機に、少しは料金体制を見直せばいいんですよ。そんなことよりお嬢さま。もう6日目ですけど、まだ戻る気配はないですか」


ウィンは丸い頭を横に振った。


『まったくないねえ。でも大丈夫。クチバシを使っての食事にもすっかり慣れたよ』

「適応されても困るんですけどねえ」


 ぐっと親指を立ててどや顔をするハト頭に、アリエラはため息をつく。

 いくら錬金術の薬の効き目に個人差があるとはいえ、さすがに6日は長すぎる。

 そろそろ別の対策を考えなければならない、とアリエラは思った。



 □■□■□■



 ついに変身してから7日目になってしまった。


「戻らないですね……」

『そうだねえ……』


 さすがにウィンも「これはヤバい」と少し焦り始めた。

 変身薬の作用には個人差はあるが、それにしたって限度がある。

 アリエラは考えていた「別の対策」を提案した。


「お嬢さま、錬金術師に解毒薬を作ってもらいましょう」

『昨日山ごもりした人に会いに行くの?』


 アリエラは首を横に振った。


「今さら事情を話したら『よくも騙したな!』 と大事件になりますよ。他の錬金術師を頼りましょう。とはいえハト人間が突然訪ねたりしたら、またうわさされてしまいます。街の錬金術師はだめです。うわさにならなそうな遠方の人で、かつ腕の良い錬金術師がいいですね」


 そんな都合の良い錬金術師がいるのだろうか。

 アリエラは首を振った。今度は縦に。


「はい、キャスパー家の森の奥に」


 アリエラはキャンベル領の周辺地図を持ってきた。キャンベル領の南側に、キャスパー家が治める領地がある。そのキャスパー領の西にある森を指さしながら、とっておきの情報を繰り出した。


「なんでも、この森に凄腕の錬金術師が住んでるそうですよ」

『どうしてこんなへんぴなところに?」

「昔貴族の不興を買って街を追い出されたとか。そのせいで、貴族が大嫌いらしいですが」

『えっ、じゃあ、私が行っても門前払いじゃない?』


 ウィンはこんな見た目だが、由緒ある貴族だ。

 こんな見た目だが。


「そうですね。なので、ここは偽装します。お嬢さまは貴族ではなく、ちょっとアホな街娘です」

『ちょっとアホはいる?』

「名前も偽装しましょう。ウィリーとかどうですか?」


 ウィンのツッコミは華麗にスルーされた。


「森の中に住む、貴族嫌いの錬金術師。一筋縄ではいかない人かもしれませんが、こっそりと治してもらえるなら、お嬢さまにとってこれ以上はないでしょう」

「……ぽう(確かに)」


 どのみち、このままではハト人間の日々が更新されていくだけ。家族たちも心配をかけ続けてしまう。自分に選択肢はないのだ。

 ウィンはぐっと握りこぶしを作って画板に決意表明を書いた。


『私、やるよ。普通の街娘を演じ切って、元の姿に戻ってみせる』


 張り切って画板をかかげるウィン。

「そもそも普通の娘はハト人間にならないんですよねえ」とアリエラは思ったが、そっと胸にしまっておいた。


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