第6話 モテ期到来

 変身してから2日目の夜。


「戻らないですね」

『戻らないねえ』


 渋い顔のアリエラにウィンは筆談で返した。

 ハト頭のウィンの首元には、ほどよいサイズの画板がぶら下がっている。

 筆談しやすいようにとアリエラが用意したものだ。

 最初の頃は羽根のついた腕が邪魔で、なかなか筆談にも苦労した。しかし、ウィンもすっかり慣れて、今では人間の腕と変わらない速度で文字を書けるようになっていた。


「時にお嬢さま、どうして自分から抜け落ちた羽を集めてるんですか?」


 鳥人間になったウィンからは、ちょこちょこ白い羽根が抜け落ちるようになった。ウィンはそれを拾っては、捨てずに麻袋に集めているのだ。


『ああ。錬金術で、鳥の羽ってよく使うんだよ。今後役に立つかもしれないと思って集めてるの』

「ええっ、まだ錬金術を続けるおつもりですか」

「くるっぽう(うん)」


 うら若き淑女しゅくじょがハトになって早1日。

 人によっては絶望のあまり身投げしてもおかしくないこの状況。しかしこの少女は絶望するどころか、これからも錬金術を探求する満々だ。

「この人図太いなあ」とアリエラは思っていると、ふとウィンが目を伏せた。


『でも、ちょっと心配なこともあるんだ』


 ウィンは暗い顔で、画板に弱々しい字を書く。

 アリエラははっとした。ウィンは本当はつらいのに、その気持ちを押し隠しているのかもしれないと思ったのだ。


(私に心配をかけまいと、無理して明るく振舞っているのかもしれませんね)


 図太いという言葉を心の中で撤回して、アリエラは優しく尋ねた。


「どうしたんですか?」

『この羽、私の体のどこかが変化したものだったら、どうしよう。もし髪の毛だとすると、このペースで抜けていったら元に戻った時私の頭に10円ハゲが』

「寝ましょうか、明日も早いですし」


 やはりこの人は図太い。

 優しくして損した気分になったアリエラだった。

 


 □■□■□■



 変身してから3日目の昼。


「大変です! お嬢さまがハトになったことが街に広まっています」

「ぽぽう(なんだってー!)」

「どうやらあの日訪問していたお客さまたちが喋ったようですね。まったく」


 アリエラが鼻を鳴らした。淑女しゅくじょの秘密をぺらぺらと喋るとは、失礼な客人だ。

 だが人の口に戸は立てられない。こんなおもしろいゴシップならなおさらだ。

 加えて、ウィンは今街でうわさの悪役令嬢。広まらないほうがおかしい。


「お嬢さまは婚約破棄のショックで、錬金術を使いハトになったと言われています。ですが、いいこともありましたよ」

「いいこと?」

「実は……」


 アリエラが語った「いいこと」は、だった。

 つい先日まで街に広まっていた「ジェオジュオハーレーに婚約破棄された極悪令嬢ウィン・キャンベル」のうわさ。

 しかし、ウィンが婚約破棄になったショックでハトになったことが広まり、ウィンに同情の声が集まり始めたのだ。


「若い身でハトになるなんて、かわいそうに」

「そんなに思い詰めていたなんて……。彼女は本当に悪い令嬢なのか?」

「実はジェオジュオハーレーのほうに非があったんじゃないか」


 当人たちと関係ない第三者が流すうわさなど、状況次第で簡単にひっくり返る。今では逆にジェオジュオハーレーを非難する声が高まっているらしい。


「……というわけです。今やジェオジュオハーレーは、好きな女性と結婚するためにお嬢様をないがしろにした悪役令息。お嬢さまはハトになった愉快なおもしろ令嬢として認知されています。大逆転勝利です」

『どっちも敗けてない?』


 少なくとも「愉快なおもしろ」という肩書きは、勝者に与えられるものではないとウィンは思う。

 とにかくジェオジュオハーレー達に味方していた世間の風が、ウィンに同情的な流れになってきたということだ。それ自体はいいことだと素直に受け止めることにした。


『とりあえず助かったかも。いつまでもあんなうわさが尾を引くと、キャンベル家に迷惑をかけてしまうしね』

「もともとキャンベル家と懇意こんいにしていた家や農民たちは、ウィン様の悪評など信じていなかったですけどね」

『そうだね、こういうとき信頼関係って大事だと思ったよ』


 悪いうわさも消すことができたし、近しい領民との信頼関係も再確認できた。

 ハト人間になったことも悪いことばかりではなかったと、ウィンの気持ちは少し前向きになる。

 ――もっとも、翌日にはまたハト人間になったことを、後悔することになるのだが。



 □■□■□■



 変身してから4日目の昼。

 アリエラが息せき切って自室に飛び込んできた。


「お嬢さま、大変です!」

『どうしたの』


 この慌てよう。まさか自分がハト人間になったことが、家族にバレてしまったのだろうか。

 ウィンはドキドキしながらアリエラを見つめる。

 アリエラは呼吸を整えながら、とても真剣な眼差しで一言。


「お嬢さまにモテ期がきました」

『なんて?』



 □■□■□■



 ──1時間前。

 キャンベル家、1階の広間において、世にも珍妙な光景が繰り広げられていた。


「ウィン、あなたの心の美しさは鳩になっても変わらない」

「ああウィン、あなたのつぶらな瞳はあの頃のままだ」

「愛しき君、たとえハトになっても、私はあなたをことを想っているよ」


 3人の着飾った男たちが、円になって愛を囁いている。

 そしてその中心にいるのは、1匹の白いハト。


 使用人たちは通りすがるたびにその光景を二度見し「え? 自分の目がおかしくなったんじゃないよね?」と他の使用人に確認している。


「……旦那さま。あの人たちはハト愛好家の方ですか?」


 アリエラは自分の雇い主であるサン・キャンベルに尋ねた。

 とはいっても、大方の予想はついているが。

 アリエラの予想通り、サン・キャンベルは首を横に振った。そしてため息まじりにこう答えた。


「違う。全員爵位とお金目当ての男爵たち」

「でしょうねえ」


 貴族の結婚は一般的に同じ爵位の者同士で行われる。

 伯爵であるジェオジュオハーレーと、ただの街娘のミレイユのような身分の違う者同士の大恋愛はそうそう起こらないのだ。


 だが例外もある。

 たとえば、婚約破棄したばかりで傷心の身の伯爵令嬢。

 なんと彼女はハトになってしまい、普通の結婚は絶望的。そんな憐れなハト、もとい女性であれば、結婚する相手に糸目はつけないだろう。  

 むしろ嫁にもらってくれるというだけで、伯爵家は両手を上げて喜ぶはずだ。

 伯爵家に大きな恩を売れて大金持ち。領地に爵位までゲット。

 さらに結婚した後も、他の人と自由に遊べるオプション付きだ。なにせ相手はハトなのだから。

 ここまで言えばお分かりだろう。

 ハトになった伯爵令嬢ウィンは、まさに買えば当たる宝くじなのだ。


 そんなわけで欲に目がくらんだ男たちが、うわさを聞きつけてぞくぞくと集まってきたのである。

 まあそんな彼らが求婚しているのは本物のハトなのだが。



 □■□■□■



「そんなわけで、3人の成人男性が1羽のハトを取り囲んで愛をささやいています。白ハトリリーが一声鳴くたびに『今のは私の求愛に応えた証だ』『いや俺だ!』『私だ!』とおもしろい争いが起きています」

「ぽお(なんてこったい)」


 アリエラの身振り手振りを交えた力の入った解説。それをもとに一生に一度あるかないかの光景を想像して、ウィンはとりあえず鳴いた。他にリアクションの仕様がなかった。

 とても見に行きたいが、この格好で外に出るわけにはいかない。

 

「何も知らない彼らが気の毒で……。私、お腹がよじれるところでした」

「ぽお……(爆笑してるじゃん……)」


 生まれて初めて、美人の妹を差し置いて到来したモテ期。

 ただし求愛されているのは別のハト。


(こんな虚しいモテ期ある?)


 ウィンはとても物悲しい気持ちで、とりあえず人間の男に求愛されまくる白ハトのリリーに、心の中で詫びたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る