妖鳥 一
加納の家は町を通る国道から逸れた道をずっと進んで、隣町に向かう途中にある。周辺には疎らに人家があり、田圃の間に曲がりくねった道が続いている。一つの集落ではあるが、この集落の家はいずれも通りから坂道一つ高い所にある。
どんな家にいくにも、坂道を通らないという事はない。加納の家の前には小さな水路があり、その上に橋をかけて坂道がある、その辺りでも少し変わった造りだった。それは加納の親父が数年前に、古くなった元の家を他人に売り払い、兼ねてより懇意にしていた同じ集落の親爺から土地を買って無理に山を削ってこの家を建てた弊害だった。
坂道の上り道の右手には田圃が一つあり、左手には畑がある。米と野菜を少し作るだけの土地は、この辺りのどの家にもあった。ここで作られる農作物は専ら、作り主の家とその親戚の為の物で、売り物として売っている家は滅多にない。
山間部の狭い土地の合間にあるその集落に若い人間は少なく、その中で加納は珍しい中学生だった。今年、加納は中学二年生になった。行政の区分上、この集落があるのは一つの市だ。東端の田舎の中学校は二十年も前に隣接する別の学校に統合され、加納は毎日、市が出しているスクールバスで学校に通っている。
国道まで出れば少しは変わるが、加納の家がある辺りはとかく寒い土地だった。その中でもめげずに咲く花を愛おしみ、家で取れる野菜が必ず出る食卓を囲むのは、加納にとってとてもあり触れた、つまり離れがたい幸せだった。
幸せはいつも薄い氷の上にある。
加納には四つ上の姉がいる。姉は高校に上がるのを機に遠くへいってしまっていて、今では春、夏、冬の休みにしか帰ってこない。
「田舎は嫌だ」姉は帰ってくるとそればかり言う。両親も祖母もそれを真に受けて、加納が高校に上がるならば都会に送ろうなどと囃し立てる。加納は寧ろそれが嫌だった。祖父だけは反対らしく、「加納はずっとここにいればいい」と言ってくれる。
この集落から車を三十分走らせると市街地に出る。加納のいる中学では、その市街の高校にいく者が最も多い。加納は不揃いに古びたその街並みに溶けていく事が出来そうになくて、進路を決めあぐねている。
住むならば家族のいるここがよかった。こことさして変わらない中学校のある所ですら、加納にすれば賑やかに過ぎた。中学校の中ではもっと苦しさを味わう。
子どもが少ない土地なので、一学年一クラスの教室は昔から知っている顔も多い。その中で加納のようにずっとここに住みたいと思っている者はいない。皆、不便だ不便だと言って都会にいきたがる。中には加納を話に巻き込む者もいて、加納はその度に「私はどうだろう」と当たり障りのない答えを返して、ぽつんと一人になる。
加納はとにかく静寂と、自然に聞こえる音を好む性分だった。クラスの中が五月蠅くなるとそっと抜け出して図書室を独り占めする。家に帰れば年を通して網戸にした窓から聞こえる音を頼りに勉強するか、本を読むか、あるいは窓を閉じて外に出て、生まれ育った景色をスケッチブックに描く事を楽しみにしていた。
目の前の物をきちんと愛する事に忙しくて、未来のどこかで喧騒に慣れている自分が上手に想像できずにいる。
中学校の教師はそれほど教育熱心ではなく、進路はゆっくり決めればいいと言う。しかし、加納にとってはどの選択肢にも魅力がない。周りのどこの高校を見ても、この田舎に比べれば都会と言える所にいかなければならない。
無遠慮に過ぎる車の群れ、馴染みがない代わりに嫌な噂は耳にする踏切、緑を殺して生まれた街並み、どこか忙しない人達、のどかな気持ちは少しも起こらない。そんな所にいくのは極々稀に、ちょっと本屋で文庫本を買って、文房具店でスケッチブックを買うくらいで足りてしまう。
いつかは自分もそこにいく、いかなければどうにも生きていく術がないように思う。事実、集落の中の大人は市街地まで働きに向かう者が多い。少し距離を経た隣家の親爺は色々な田舎仕事をしながら食いつないでいるが、彼はこの辺でも有名な変わり者だ。きっと自分もそんな風に見られているのだろうと加納は思う。
机に肘をついてポカンとしていると、取り留めもなく不安が押し寄せてくる。少し気分を変えたくなってくる。
加納はスケッチブックと色鉛筆を取って、二階にある自室から一階に下りて、サンダルを履いて外に出た。
家族は加納が絵を描く趣味を持っている事をよく思っている。だから加納は外に出る時はスケッチブックを持つ。持っているだけで『絵を描く』という目的を家族が推測するので、口下手に説明する必要がない。たとい描かなくとも、持っているだけで会話を避けられる。
集落のどの家も少しの坂道の上にある。加納の家の前の坂には祖父が趣味で植えた桔梗が群れていて、季節がくると一斉に美しい青を見せる。だから近所の大人はこの坂道を桔梗坂と呼ぶ。加納は幼い頃から、あまり遠くにはいくなと言いつけられていた。それは簡単に言えば、不意に通る大きな車と、昼間でもおかまいなしに出てくる猪や猿、毒蛇から子どもを守る言いつけだった。
桔梗坂を降りると、用水路の上に何度車が通っても平気な短い橋があり、その先は公道になる。加納がスクールバスに乗るのはそこからだ。集落の中では他に乗る者がいないので、加納の家の目印である桔梗坂がそのままバス停に変更された。
橋の上に立つと、不意に数年前の記憶が襲ってきた。
まだ小学校だった頃だ。姉も一緒だったので、低学年の、冬だった。
小学校も統廃合の結果、加納の家からは大分離れた所にある。こちらもスクールバスで通うのだが、それを待っている間だった。
橋という言葉を使うのを躊躇うくらいに短い橋の上に姉と二人でいた時、加納は何かの弾みでその端に立って、水路を覗き込んだ。冬にはいつも霜が降りていて、酷く滑りやすい足場に捕らえられた加納は用水路に落ちた。
咄嗟に姉が助けようとしたが無理で、まだ家にいる母親を呼んできてくれた。服が汚れた加納は、着替えるのがバスに間に合わず、母の車に乗って学校にいって、酷く恥ずかしい思いをした。その時に冷えたのがいけなかったのだと思う。
その日、加納は放課後に熱を出して、病院に運ばれた。入院するような物ではなかったので家に帰り、食欲もないまま夕食を終えて、お風呂に入る気力もなく床に就いた。
熱の中で加納はとても心地いい体験を得た。
明確に明るい空間の中に存在する、光沢のある極彩色の羽、美しい顔容、心地いい香り、柔らかい手触り、熱っぽい体を癒す体温に包まれるそれは、加納にとってどこか懐かしい気持ちを呼び起こした。
今、記憶の蓋が開いてその時に見た物を思い返すと、人間と鳥を合わせたような見た目の鳥の人とでも言うべき物だったと思う。
ただ、はたと思い返せば、加納はそれ以前にも鳥の人に会っている。いつの事かと考えるともっと昔、小学校に上がるよりも前だ。その時も加納は酷い熱に浮かされて、寝込んでいた。そこに鳥の人が現れた。
一度だけ見た幻想ならば、それは脳が見せた錯覚で済むのかも知れない。
しかし、二度も同じ経験をしているのならば、何かの条件でまた鳥の人に会えるのかも知れない。
桔梗坂の左右に植えられたまだ咲かない桔梗の群れを見れば、蕾を結んでいる。開花はそれほど遠くはないだろう。
夏がきて、秋が過ぎればどうしても先の事を考える時期がくる。
加納はなんとしてもその前に、不意に訪れた記憶の中にいる鳥の人に会う術を探り出したかった。
駆け足で坂道を上ると、台所の窓から食欲をそそる匂いが届いて、加納の腹がぐうと鳴いた。
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