人魚の衣
由多は今年で十になる。彼女は海を見た事がない。
山間部の限界集落に生まれた由多は両親が経営する小さな商店の店番をしながら一人の時間を過ごす。同級生はいない。複式学級の小学校には男子ばかりで、一人だけいる年上の女子はいつも由多を馬鹿にしてくるので好きではない。男子に混じって遊ぶのはなんだか面倒だった。
彼女の家は食品や少しの雑貨を扱う商店と、ガソリンスタンドが併設された店だった。収入はほとんどがガソリンスタンドの物で、店の方の売れ残りは大概由多の小さな胃袋に収まる。由多は食べる物に事欠かなかったが、似たようなものばかり食べなければならないという悩みを抱えている。
由多の家から裏手に一本の道がある。小さな道で、車は通れない。木々に囲まれたその道を進んでいくと、大きな滝壺がある。地元では昔、ここが珍しい観光名所だった。今は人が減りすぎてその頃に立てた看板も色褪せて放置されている。由多の家とは違う方向から車が通れられる道がある。
滝壺は由多にとって一つの聖域だった。
年中、滝は休む事なく落下し、飛沫を飛ばしている。その飛沫の一粒一粒は由多に捕まえられないが、もしもつかんだならばそこに一つの生命が存在するように思えた。
飛沫一つが一つの命ならば、随分儚い一生だ。けれど飛沫にとってはそれが当然の事なのだから、由多はなんとはなしに蝉の話を思い出す。
蝉の命は儚いと言われるが、蝉の一生の大半は地中にある。蝉にとってはそれが当たり前で、地上を飛ぶ姿を儚いものと言われる筋合いなどないのだと、今は転勤した先生が言っていた。
水には水の命があって、形を変えて一つの円環を描いていく。水が川の形で流れている間、水は多くの時間を過ごす。それが滝となって落ち、飛沫となった瞬間が、蝉で言う成虫の時期だ。時期が終われば水の飛沫はまた一つの水に転生して、海へと流れていく。由多は疑わない。
この滝壺には人が飛び込まないようにロープが張ってあった。昔から由多は飛び込むなと言われている。飛び込んだらどうなるのだろうという疑問は、七つの時に解けた。
夏休みの時期だった。由多が一人で滝壺を眺めていると、何人かの大学生がきて、はしゃいでいた。由多はうるさいなあと思いながらそれを見ていた。いつもならば人などこないのだが、この大学生の群れは酒など飲みながらバーベキューを始めた。由多は木陰に隠れてそれを見ていた。肉は美味そうだったが、大きな男の体は恐怖を喚起した。
その内、一人が大声で叫びながら周りに持て囃されて滝壺の方に向かった。何やら騒いでいる。その男は水泳のように飛び込んで、浮かんでこなかった。
由多がどうなったのだろうと思っていると、大学生達は大慌てで人を呼び始めた。由多も見つかり、誰か人を呼んでくるように頼まれた。家まで走って父親にその事を告げると、父は母親に電話を頼んで滝壺に向かった。
由多は家にいろと言われたので黙って店番の真似事をしていた。父は一度帰ってきたが「ありゃあ、ダメだ」などと母に言ってまた出ていった。夕食の時間になっても帰らなかった。由多はあまりニュースが好きではないが、翌日、家族でテーブルを囲んでいる時に大学生の死亡が報じられて、親に戒められた。
もしも飛び込んだりしたら、死ぬんだぞ。
死ぬなら無理だな、それは嫌だから見るだけにしておこう。由多はそれだけ考えて、また何事もなく気分がきたならば滝壺を見にいった。父も母も特に咎めはしなかった。
*
それから二年経って、由多が九つになる年の夏だった。
由多が一人遊びに飽きて滝壺にいくと、滝飛沫が上がっている所から少し離れた、流れが穏やかになる所で人魚が泳いでいた。
エメラルドがくすんだような髪の毛と白い肌を持って自在に水面から出たり入ったりするその姿は紛れもなく人魚だった。由多は学校で習う泳ぎ方しか知らなかったので、彼女の泳ぎの上手さは咄嗟に現実のものと認められなかった。
いつもならば滝の飛沫にうっとりするのに、この時の由多は人魚に夢中になっていた。
その人は水面から顔を上げてぱくぱくと口を開くと、水中に潜っていく。どれくらい潜っているのだろうと由多が数えると、一〇〇を超す。そして少し離れた所に顔を出してまた消える。不意に下流から顔を出して泳いでくる。かと思えば流れに身を任せて流されていく。そんな上下の往復の繰り返しを見ていると、彼女は由多に気づいてパチッと瞬きをした。
「ねえ」
どうして人魚は私なんかに声をかけるんだろう、由多は不思議だった。自分は王子様でも魔法使いでもなく、人魚の仲間でもない。ただの小さな人間だ。
「この辺りで飲み物を買える所を知らない?」
由多はそれでこの人魚が人間である事を悟った。人魚が人間の飲み物を欲するという考えが、彼女の中にはなかった。
「うちで買えます」
いつも店番する時の態度で、由多は見知らぬ女性に答えた。
「少し待って」
ざぶん、飛沫を立てて、彼女は川の反対側までいった。幾らかの飛沫が由多の顔と服にかかる。夏の熱気に少しの汗をかいていた彼女は、いっそあのお姉さんのように全身を水に濡らせたらどんなに素敵だろうなんて考えていた。
顔を拭うと、湿気った感覚が少し不快で、由多は眉根を寄せた。
彼女が見ている前で、人魚のような女性は川を泳いできて、ようやく由多のいる側の岸に上がった。
パレオという言葉を由多はその頃知ったばかりだったが、これがパレオという物なのだとぼんやり分かった。エメラルドグリーンのそれは水に濡れて女性の脚に纏わりつき、それが直立する人魚のように見えて、由多はあり得ない物を見ているようで少し不気味だった。
「ねえ、お店に男の人はいる?」
分からない事を尋ねられて、由多は困ってしまった。いつも店を切り盛りしているのは母だが、父が休憩しにくる事もある。あまり繁盛してはいないが、集落の人がくる事もあるし、その中には当然、男の人もいる。
「分からない?」
由多が答えられないでいると、女性は質問を重ねてきた。由多は小さく頷いた。
「じゃあ、これで買ってきてくれるかな。お礼にいいものをあげるから」
彼女は水滴に塗れた透明なビニールバッグの中から五百円玉を取り出して、由多の手に握らせた。濡れて暖かい温度は奇妙な誘惑を呼び、由多はその五百円玉を見つめた。
「何にしますか」
なんだか本当に店員になった気持ちがした。もっとも、母のように愛想よく八方美人にはなれないが。
「ラムネがあればラムネ。なかったらコーラ。あとあなたの好きな物一つ買ってきていいよ」
女性の言葉を記憶して、由多はたたたと駆け出した。
最初は人魚が川で泳いでいるというおかしな光景に夢現だったが、蓋を開けてみればいつかの大学生のように遊びにきた人らしい。この辺りでは見ない美人で、エメラルドを燻したような髪の毛がその時の由多には人間離れして見えた。
あの人はどうしてこんな所で泳いでいるんだろう、一人できたのかな、疑問がとめどなく溢れたが、ひとまずはラムネかコーラを調達しなければいけない。
由多は店に入って、母にことわってラムネとカルピスを買って、お釣りを返すように言われて頷いてまた滝壺の所に帰った。
人魚を思わせる女性はほとりに腰かけて脚を川に入れながら、髪の毛を手櫛ですいていた。
「買ってきました」
由多がラムネを差し出すと、女性は振り向いて「ありがとう」左手で受け取った。由多は日焼けしていないその手の白さが羨ましかった。
「これ、お釣りです」
少しの小銭を由多が差し出すと、彼女はラムネの封を開けた。
「あげるよ。親には内緒でね」
朗らかに笑ってラムネを飲むその姿は何故か逆らい得ぬ者のように見えて、由多はその小銭をポケットにしまって、彼女の近くでカルピスのボトルを開けた。少し飲むと暑さが僅かにでも和らいだような錯覚を覚える。
「ねえ、この滝の上の方にはどうやっていくか分かる?」
げっぷを上手く飲み込んだ彼女は朗らかな顔で由多に尋ねてくる。その時に由多は自分の感情を上手く言語化できなかった。言ってしまえば『誘惑されているような気分』なのだが、からかわれる事はあっても誘惑を体験した事ない由多には分からない事だった。
「ここにくる道を通って、ずっとずっと北にいって……村の外まで出ないといけません」
由多はいつだか自分も気になって父に尋ねて、返ってきた答えを柔らかく返した。道は整備されていない山の中らしく、一度村外まで出なければこの滝の落ちる所は見られないのだと聞いた。
答えを聞いたら残念がるのかな……そんな事を思ったが、女性は特に気を落とすでもなく、ただラムネを少し飲んだ。
「じゃあここまでかな。いいもの、持ってくるね」
彼女は一度、ラムネの瓶を由多に渡して、対岸まで泳いでいった。由多は頭の中に得体の知れない感情を得た。本能的で衝動的なその感情に任せてラムネ瓶の飲み口を少し舐めると、甘さが舌先に乗った。
とんでもない罪悪感に見舞われた由多は対岸で何かしている女性を見て、気づかれていないか不安になった。何もいらないからここから逃して欲しかった。けれど、黙って逃げるわけにはいかない。この僅かな時間で、由多は小学校の誰かに感じるより強い親しみを彼女から感じていた。
由多がペットボトルとラムネ瓶を持って佇んでいると、人魚のような女性は何かを持って戻ってきた。
何か声をかけるべきなのかも知れない。けれど由多は酷い興奮と倒錯的な気持ちを抑えるのが精一杯で、下手に口を開けなかった。
由多の事をどう思っているのか、女性は一つの密閉できる袋に入れたもう一つの袋を取り、中身を確かめた。そしてそれを由多の方に両手で差し出してくる。由多は右手も左手も塞がっているので、困ってしまった。
「あ、ラムネとそれ、持つよ」
彼女が片手を差し出すので、由多は意外に大きな手にボトルと瓶を渡した。
彼女が差し出した物を受け取ると、中に入っているのは由多くらいの年齢と背丈の女子が着るような、サーモンピンクが鮮やかなパレオつきの水着だった。
「それを着て泳ぐと人魚になれるんだよ」
からかうような、けれど嫌味さは少しも感じさせない朗らかな顔で、彼女は言った。
「私が今着てるものの子供用。だけどまだ身長が足りないかな。来年辺り、海にいって着てみて。ここじゃなくてね。きっと素敵に泳げるから」
「お姉さんは、これを着てここまで泳いできたんですか?」
脊髄反射的に、由多はジョークのような話に冗談じみた言葉を返していた。
「そうだよ。滝を見つけるごとに登ってきたけれど、ここは無理そうだから帰る。あなたは小さいから、ちゃんと泳げる所で泳いでね」
由多は彼女が差し出すペットボトルを受け取り、両手で水着が入った袋を抱きしめた。
「ありがとうございます」
深々とお辞儀する。僅かな水滴が後頭部に垂れた。触れ合いを由多は期待したが、僅かに感じる手の気配は頭の上からすぐに消えた。
「じゃあ、今日はもうお帰り。あんまり帰らないとご両親が心配しちゃう」
由多は帰りたくなかった。この人とはきっと、二度と会えないんだと直感より深い所で理解できた。ただ、彼女の言葉に逆らえない己がいる事もおかしな理性が分かっていた。せめて抱き締めて欲しかったが、それも無理なのだろうと思った。
由多は重ねてお礼を言って滝壺から自分の家に帰る小道を歩いていった。
一歩歩くごとに頭の中で悲しさと後悔が押し寄せてきて、まだ両手の指で足りる程の数の別れに指一本足さねばならない事がつらくて、その内、大粒の涙がぽろぽろと溢れてきた。
由多は勝手口から家に入って、ほんの一時恋した彼女に貰った水着を部屋の中に隠した。
その日の夜は家の大人も、近くにいる大人も慌ただしいやり取りをしていて、由多はぼんやり分かる現実と明確になってきた幻想の狭間で眠りについた。
翌日、由多は両親からしばらく滝壺にいくなと強く言われた。言う通りにしていれば両親はその内忘れるので、由多は朝食を食べた後、部屋に戻って昨日貰った水着を出した。由多の細く小さな体ではまだ少しの隙間ができてしまうので、彼女は自分の身長が伸びるようにその日から休みでも牛乳を飲む事を決めた。
滝壺近くで見つかった県外ナンバーの車の持ち主は、遂に見つからなかった。
*
くすんだエメラルドの人魚と出逢って一年経つ頃、由多は十になったお祝いに海に連れていって貰える事になった。由多は今まで映像の中の海しか見た事がなかったので、このプレゼントは嬉しかった。ただそれだけではない。一年前に貰った人魚の水着を着られるのだという事も喜びの種だった。寧ろ後者の方が、喜びとしては大きい。
誕生日に弾んだ足取りで由多が自室から件の水着を持ってくると、両親は不思議そうな顔をした。
「その水着、どうしたの?」
母が尋ねてきた。
「去年貰った」
「誰から」
「知らないお姉さん」
由多の答えを聞いた母は不可解そうな顔をした。もっと不愉快そうな顔をしたのは父だ。
「なんで黙ってたんだ。どこの人から貰った?」
何故、怒られているのか、由多には分からなかった。ただ、何か嫌な予感がひしひしと全身を圧し潰そうとしているのが分かって、今すぐここから逃げ出したいと感じていた。
「秘密だから……去年、近くで会った人。どこの人か知らない」
由多はただ、正直に答えられる事を答えた。
「ひょっとして、去年の今頃、由多が買い物を頼まれた人?」
母は鋭く覚えていた。
「うん……」
消え入りそうな声で、由多は答えた。
父が双眸に怒りを浮かべて由多の方にくる。由多は一歩後ろに引いた。逃げたかったが、父の大きな体は由多の小ささを威圧して動く事を許さなかった。
「この、莫迦垂れ」
パン! 由多の頬が大きな音を立てて打たれた。
由多は一瞬、頭の中が真っ白になった。次に、頬にひりひりとした痛みを感じて、視界が歪むのを感じた。
「知らない人から物を貰うなっていつも言ってるだろ。今日は家にいろ!」
父はそれだけ言って、由多に蔑む目を向けた。
「海は……」
初めて振るわれた暴力に、由多は上手く言葉が出てこなかった。
「なしだなしだ。お前みたいな奴は危なくて連れていけない」
父はひらひらと手を振った。由多はぶたれるのではないかと怯えたが、母がとりなしてくれて、ひとまず父の怒りは収まった。だが、海にいく話は結局なかった事になってしまった。
水着を持って部屋に戻った由多は悲しくてしばらく泣いた。潮騒という物を聞いてみたかった、海風という物を浴びてみたかった、けれど無理なのだ。
本当なら海に出発する時間になっても、誰も呼びにこない。由多は水着だけ持って、こっそり居間とキッチンを見てみた。誰もいない。そっと勝手口から外に出てみる。家の前で両親が誰か、近くの人と話しているのが分かった。
今しかない、そんな直感に任せて、由多は家の裏にある小さな道を駆け出した。水着を入れた袋を抱えて、その後の事は何も考えずに、ただ後ろから未練が両親の顔をして追いかけてくるのから必死になって逃げながら。
*
いつもくる滝壺にくると、折よく誰もいなかった。由多はいつも小便をしたくなると入る木陰に入って、着ている物を次々に脱いでいった。日に焼けた肌が徐々に露出していき、あっという間に裸になった。その上から人魚の水着を着ていく。由多は学校指定の物でない水着を持っていなかったので、少し着るのにもたついた。パレオなどは初めてつける。けれどそれは由多の小さな体を隠し、鏡で確かめられないなりにしっかりと由多を一人の女性に変えていた。
滝壺の方を見ると、やはり誰もいない。けれど由多はそこにいつか見た大学生の幻影を見た。あの男の人は亡骸で見つかったから、きっと魂だけを残していったんだ。そんな事を考えた。
もう一人思い出すのは、やはりくすんだエメラルドの人魚だった。自分にこの水着をくれたあの人が今どうしているのか、由多は知らない。ただ、滝壺を探せばひょっこり顔を見せそうな気がしていた。
由多は大地を裸足で踏みしめ、滝壺に向かって歩き出した。少し湿った土が由多の綺麗な足を汚していく。日に当たった土は由多の足を温めた。
きっと川の方に入っては流されてしまうな、なら滝壺に飛び込むのがいいのかな、半ば幻影に取り憑かれた状態で由多は滝壺のすぐ傍にある幾つかの岩が重なった所を上った。岩は太陽光を吸収していて、地肌で触れると少し熱いくらいだった。
サーモンピンクの水着を着た幼い肢体が熱い岩の上から不格好に落ちる。滝壺近くの岩は水分にぬめっていて、それで由多の足を取った。
落ちた由多は、全身に大きな負荷を感じた。体がひしゃげるかと思うような、凄まじい重圧が全身にかかる。
間違えた、死ぬような入り方をしてしまった――思ったのも束の間、由多はすい、すいと水の中を泳いで、まだ見た事のない滝壺の下の水底を見た。
存外にはっきり見える。息も苦しくない。自分は本当に死んでしまったのだろうか。それともあの人のような人魚になれたのだろうか、思って下肢を見ると、パレオは美しい朱色の鱗に変わっていた。
ああ、きっとこれは人魚の衣だったんだな。
由多はそんな事を思って、水中を自在に泳いだ。
水の中には幾らか魚がいるのだと、由多はその時になって初めて知った。その魚達は由多を恐れる事なく、一緒になってくるくると踊る。美しさは由多が一番だった。
夢中になって遊んでいると、不意に誰かの声が聞こえた。
「由多ーッ! 由多ーッ!」
必死になって自分を呼ぶ声は、母の物だと水の中でも分かった。
見つかったなら、どうなるだろう。
由多は悪戯心が湧いてきて、水面近くに上って小さく手を出した。
「由多!」
「よせ!」
母の声を止めたのは、父の声だった。
由多はまた水の中に潜って、本来の自分ならば足がつかないような深い所まで下りた。そして両手で口元を覆って、くすくす笑った。両親はきっと心配して見にきたのだろう。恐らく、もう由多が脱ぎ捨てた人間の衣も見つかっている。
けれど、そんな事を心配する心が由多には分からなかった。自分はこれから人魚としてここに住むのだから、もう人間だった頃の両親に未練はなかった。
するりと滝の勢いに任せて、滝壺の一番深い所まで下りる。そこにはあの人がいる気がした。由多の目に自分を抱き寄せようとする白い腕が見えたのは、この不思議な現実か、それとも由多の脳が見せる幻影なのか。
由多はその両腕に吞まれるように抱き着いた。同時に水中にあって確かな体温が由多に触れる。
僅かに顔を上げて見えたものはくすんだエメラルドの髪の毛と、美しい、けれど悲し気な表情を浮かばせた顔立ちだった。
ふわりと体が浮かぶような感覚を由多は味わった。
いつか見たエメラルドの人魚に連れられて、由多は滝壺の中を泳ぎ回った。
きっとここで、果てるまでダンスを踊る。
そんな事を考えて、二人、疲れるまで泳いで、身を休めたくなると流れが緩やかになる所まで泳いで、静かに浮いて日光を浴びた。
その姿は、親と子の鯉魚だった。
由多の捜索は懸命に行なわれたが、結局遺体は発見されなかった。
彼女は今も水底でダンスを踊っているだろう、自由のダンスを牢獄で。
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