第106話 君が願うのなら
儀式場から、人が出て来る。
ソフィーはマリアを抱え、その後を聖女が続く。
外にはたいまつを持つ兵士達。
「距離を取りなさい! 敵が出て来るわよ!」
聖女はただの人に向かって、声を上げた。
爆発音。
儀式場の屋根から煙が上がり、飛び出し膨れ上がるそれは――肉の塊。むき出しになった肉と血管が蠢きながら赤黒い肉塊は空へと飛び出す。急速に増殖し、膨張するそれは――ところどころ血管が切れ、赤い液体と黒い霧が溢れだす。
空へと長く伸びる様は、どこか竜の姿を思い起こさせる。
高く上った後、先端が曲がり、顔のない肉が人間を見下ろした。
その瞬間、扉からも肉塊が大量にあふれ出る。濃厚な魔力を帯びているが――それは呪いと呼んだ方が正しい。触れただけで人を溶解する魔の呪い。
人々は吐き気を催した。それは気味の悪い姿のせいか、それとも鼻がもげるような腐臭のせいか――震える頭では思考できない。
腐肉が人間たちの方へとなだれ込んでくるため、聖女は壁状の結界を張った。
肉の塊が結界に衝突する。
肉片がこびりつくが、ひびが入る気配はない。
遠くから、鐘の音が鳴り響く。
これは、緊急事態に鳴らす音。
国民の眠りを覚ます音でもある。
ソフィーに抱えられたマリアも、目を覚ました。
――あの、おぞましい光景に言葉がでてこないのか、彼女は"アレ"をじっと眺める。
「マリア、心配しないでください。何があろうと、貴方だけは指一本だろうと触れさせません」
「……ソフィー。下ろして貰っていいですか?」
ソフィーは躊躇する。正直、こんな状態で彼女を手放したくはない。
「ソフィー」
マリアの呼びかけに、ソフィーは唇を噛む。抵抗はある――しかし、彼女を地面に下ろした。
「ありがとうございます。ソフィー」
マリアはこのような状況の中、落ち着いていた。ソフィーが無事なことにも、特に驚いた気配はない。
誰もが尻もちをつく中、マリアはこの世の悪に向かって、静かに立ったまま眺める。
「気を失った瞬間、記憶が頭の中に流れ込んできたんです。おそらくそれは――依り代となった人の記憶」
マリアは力なく笑う。
「器との繋がりが消えたとき、私は霊体として私自身を見下ろしていたんです。だから知っています。あれは、私の背負うべきもの――」
ソフィーは焦燥感に苛まれる。
「私はあなたと幸せになりたい。あなたを幸せにしたい。それで誰かが苦しもうとも、私は私の幸せを守ります。必ず!」
マリアは答えず、自分だったものを眺める。
「マリア、あなたに罪はない。その罪は私のものです。だから、あなたは何も悪くない。全ては私の背負うべきものです。だから――あなたは、どうか幸せになってください」
マリアは地面に視線を落とす。
「……ソフィーは、私の幸せを願ってくれるんですか?」
そんな当たり前のこと――口にするまでもない。
「当然です。あなたを幸せにするためなら――人間全てを生贄にしたって構わない。それぐらい、私は――あなたを愛しているのです。マリア」
マリアは静かに息を吐く。
「君が願うのなら――私は、悪でいい」
正しくあれと、昔――あの人が言った。
大好きだった人たちとの約束を――私は破る。
それも、自分の幸せのために。
マリアは体中に魔力を流し込むと、大量の魔力は外に漏れ、それは淡く光り輝く。
その瞬間、肉塊は激しく蠢く。
膨張し、増殖し続けていたものが――止まった。
高く登った肉塊の先端が蠢き、人の形を形成する。それは、マリアを見定める。しかし、警戒しているのか、動く気配はない。
尻もちをついていた人間たちが起き上がった。先程まで感じていた圧が和らいでいる。
マリアはソフィーのほうに振り向くと、近づき、キスをした。
口内に魔力を流し、ソフィーの傷を癒やす。
「大丈夫です?」
「誰に言っているのですか? 大丈夫に決まっています」
マリアはソフィーを眺める。
「ソフィー、私も一緒に戦います」
ソフィーはマリアを眺める。
「……無理はしないでください。私が危険だと感じれば、あなたを連れて直ぐにここから離れますので」
マリアはソフィーの言葉に頷いた。
それを確認し、ソフィーは体を浮かす。
「おそらく、上に見える――人の形をしたものが本体なのでしょう」
ソフィーの見解と同じ認識を、マリアは感じている。
あれは、ずっとマリアの中にいた。だから、誰よりも理解している。ずっと気づかない振りをしていたが、あれはもう、自分の一部だったものだ。
今まで、無意識に抑え込んでいた力を――マリアは開放した。
マリアは自分の体に、円上の結界を張る。――それは、黄金色に光り輝く。
信心用具を握り、それを長い杖に変換する。
マリアは肉塊に向かって歩く。
地面に這っていた肉塊は、マリアが近づくと儀式場の方へと歩いた分だけ引き下がる。
杖を、本体――人の形をした塊に向け、先端に魔力を込める。
本体は体を震わせ、マリアに向かって急降下してきた。
「マリア!」
「大丈夫ですから!」
杖の先端――急速に魔力をため、本体に向かって解き放つ。
爆発音とともに、本体は衝撃で押し戻し、動きを止めることはできた。
しかし、思った以上のダメージは与えられた気がしない。
敵の先端が激しく蠢き、怒っているように見える。
「マリア、十分です」
ソフィーは空を駆け上り、手に剣を構える。
マリアはソフィーの剣に魔力を流し込むと、それは黄金色に光り輝く。
そして、そのまま本体に剣を突き刺した。その瞬間、人型らしきものが中に入り込んだ。
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