第107話 夜明け
本体へ突き刺さった剣に、大量の魔力を流し込む。
儀式場から十メートル以上伸びたそれは――二人の魔力により破裂した。
マリアが儀式場に近づくと、地に這う肉塊が中に入り込む。すぐにその後を追った。
外からは肉塊が見えなくなり、聖女は結界を解除する。
東の果て――色が変わり始めた。
もうすぐ、夜が明ける。
人の情勢に関わらず、日は変わらず昇り、また沈む。
それは神に人が与えられた平等。
それを壊すのはいつだって人間自身だ。
儀式場の奥に――まるで心臓の形をした肉塊がそこにいた。それは、激しく脈動している。膨れ上がるたび、表面に人型が現れる。
天井に空いた穴から、ソフィーの姿。
彼女はマリアの隣に降り立つと、剣を仕舞う。
マリアは震えながら、その肉塊を眺めている。
ソフィーがマリアの手を握ると、震えがおさまっていく。
「私は――自分が背負うべきものを人に押し付けて、私は幸せになろうとしています。そんな私を――ソフィーは好きでいてくれるんですか?」
卑怯だと思う。
答え何て――聞くまでもない。
「私は永遠にマリアを愛します。それと、マリアはひとつだけ勘違いしています」
「……それは、何です?」
「一人じゃない、二人の幸せです。マリアの幸せは――私の幸せでもあります。だから、あなたは自分の幸せを願っていいのです。なぜなら、あなたの幸せの中にしか、私の幸せはありえませんから」
マリアは小さく笑う。
「では、私の罪は――」
「私の罪でもあります。マリア――きっと、背負うものが大きければ大きいほど、きっと愛も大きくなります。そんな気が、私はするのです」
マリアは大きく笑う。
それで、吹っ切れる訳ではない。
それでも、やっぱり私は――ソフィーが好きだ。だから、私は大きな罪を背負うとも――私は笑う。私は幸せになる。ソフィーと一緒に。
二人は肉塊に近づき、手で触れる。
お互いに魔力を流し込む。
その瞬間、二人は白い何もない空間の中に自分たちがいることに気付く。地面はなく、ここが上なのか下なのかも分からない。
しかし、すぐに理解する。ここは器の中だ。
意識だけの世界。
目の前に黒い人影。
それがオーランドだと理解する。
「まさか、今までの努力全てが水の泡になるとは思いませんでしたよ」
目の前の、黒い影が話しかけてくる。
「何故、マリアさんは僕の滑稽で――無様な姿を見て、喜ばないんですか?」
マリアは唇を噛む。
「喜べるはずないですよ」
黒い影は、目の前の少女を理解できない。
「何故、僕を恨まないんですか?」
……
「オーランドさんがどれだけの罪を犯したか――私には分かりません。きっと背負いきれるものでもないと思います。それでも、それは――私の罪です。だから、オーランドさんは私を恨んでいいんです。君の――あなたの怒りも、悲しみも――私にぶつけてくれていいんです」
オーランドは笑う。
理解できない。理解できないのに理解できてしまう。
「本当に、貴方はおろかであり、とんでもない馬鹿ですね。だけど、僕の罪は僕のものだ。貴方に背負ってもらうつもりなんてないですよ。だから、貴方は勝手に幸せになればいい」
その言葉は、マリアには意外だった。
「似ていない――まったく似ていないのに、どこか姉さんを思いだしてしまう」
オーランドは独り言のように呟いた後、苦笑する。
「ソフィーをよろしくお願いしますね。僕にとっては、憎くもありながら――半分以上、それ以上に――愛しているのですから」
その言葉を最後に、黒い体は白い霧を発しながら消えていく。
気づいた時には、天井の穴から朝日が差し込み、儀式場には何もなかった。
隣には手をつなぐ愛する人。
マリアは涙を流す。
ソフィーは人差し指で彼女の涙を拭い、キスをした。
すぐに唇を離す。
二人はしばらく見つめ合う。
「……ソフィー、足りないです――全然」
「私もですよ、マリア」
二人の距離が縮まる。
「お熱いわねー」
聖女の言葉に、マリアは正気に戻った。
すぐに、近づくソフィーの顔を片手で押し戻す。
「マリア、何をするのですか?」
「すみません。正気に戻りました。私がどうかしていたみたいです。だから、どうか許してください」
マリアの手はソフィーの馬鹿力で簡単に退けられる。
「マリア、先に挑発したのはそちらですよ。もう、おさまる気がしません」
「そこを何とか!」
叫ぶマリアの口をソフィーは塞ぐ。
聖女は肩を竦めると、外に出た。そして、誰も入ってこれないよう扉を閉めた。
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