第104話 神話
世界には光と闇がある。
神は光であり、魔は闇である。
神は闇を容認できず、魔は光を許容できない。
人は昔、神の国――楽園で、精霊とともに生を謳歌した。
そこには死の概念などなく、罪のない世界だった。
神は人を愛された。
人はそんな神を愛した。
しかし、魔が人の心に入り込み、罪が広がった。
その時、人に死の概念が生まれた。
神は心を痛めながらも、人を楽園から追放された。
光が闇に染まる訳にはいかなかったからだ。
人は魔に落ち、苦しみ喘いだ。
それを哀れに思った神は、ひとつの世界を創造し、人をそこに住まわせた。
神と魔に挟まれた世界で、人は光と闇に引っ張られながら生きることとなる。
その中で、人は光と闇の中で生を全うする。
光が強ければ世界は潤い、魔が強くなれば世界は崩壊する。
そのため神は人にたくさんの道具を与え、人は神を讃えた。
人を大きく分けるならば、ヒューマン、エルフ、ドワーフとなる。
ヒューマンは魔に染まりやすく、それにエルフは怒り、ドワーフは無関心だった。
わだかまりは憎しみを産み、争いが生まれた。
世界が闇に染まりかけたとき、神はそれぞれの世界を用意させた。
神はそれで、よしとされた。
しかし、ヒューマンはあまりにも闇に染まりやすい。
そのため、神はヒューマンのために魔を溜める器と依り代を彼らに与えた。
器が溢れるとき、依り代はその身に魔を宿す。
そして神は、ヒューマンに精霊の子を与えた。
精霊の子が魔を討ち滅ぼすとき、世界は安寧となる。
***
「マリアさん、魔物とは何だと思いますか?」
そんなこと、今は正直どうでもいい。
「世界が容認できない罪、それが膿として現れた状態です。奴らを倒せば、黒い霧が発生し、この世界にある器へと魔の力がたまっていきます。では、魔物は倒すべきでないのか? いいえ、そんなことはありません。奴らを野放しにするだけで魔は溜まり続けます。では、器とはどこにあるのか。それはこの世界そのものです。つまり、実体としてそれはありながら、実体として存在しないものです。誰にも触れることのできない、そんな器。ソフィー様とて触れることはできませんし、壊すことなど以ての外です。器とソフィー様、どちらもこの世界そのものでありながら、両極端の存在です。ソフィー様が光であるのなら、器はその陰となります。世界は世界を壊すことはできない。そのため、神は依り代を与えた。依り代は器と繋り、この世に形を成す。そうすれば、精霊の子は魔を討ち滅ぼすことが出来ます」
あれだけぺらぺらと喋っているくせに、まったく隙が無い。
信心用具を握る手が強くなる。
「依り代とは誰だと思いますか?」
そんなの、知ったことではない。
「それは、貴方ですよ――マリアさん」
オーランドはにこやかに笑う。
「思い当たる節――あるんじゃないんですか? だって貴方は一度、魔に呑まれているんですから」
そんなわけ――
「貴方の民は少数民族でした。何百年も前から俗世を離れ、森深くで暮らし、闇を恐れ、清く正しく生きていました。自分よりも人に尽くし、他者を守る。欲を捨て、日々の小さな恵みに感謝し、神を祝福する。実に素晴らしい。まさに人の鑑。皆が彼らを見習うべきだと思いますよ。そうすれば、世界はいつまでも人を守ることでしょう」
――
「しかし、貴方はその生活に満足できなかった。貴方は誰よりも優れていたから。貴方の魔力は人の域を超えている。そして独学で魔法を使いこなし、独自の魔術体系を生み出す天才でもある。そんな貴方に、あの里はあまりにも小さ過ぎた。しかし、それは仕方がありません。依り代として生まれる人間は、特別なのですから」
――――
「貴方は隠れて、何度も里を飛び出した。ご先祖様が遺した結界の外へ飛び出すことは、強く禁じられていたのに、貴方には我慢ができなかった。そして外で、貴方は聖女様に出会った。彼女を師と仰ぎ、貴方はますます外の世界に憧れた」
――――――
「そして貴方は、もう一人の人間と出会った。貴方はあまりにも人を疑うことを知らない。だから、貴方は簡単に騙された」
――――――――
「良かれと思ったんですよね? だから、貴方はその人間に言われるまま――結界を解除した。そして、たくさんの人間が死にました」
あぁ――――――――
「貴方はあのとき――負の感情により、一時的とはいえ器と繋がった。そして貴方は自分を制御できずに人を殺した。敵だけでなく、貴方を救おうとした家族さえも。そして貴方は聖女様により助けられた。それ以来、貴方は自分の力を押さえつけている。器の力がなくても、貴方一人で、ゴブリン女王も、オークキングだって倒せたというのに。なんという、宝の持ち腐れか」
覚えている―――――――――
あの感触を―――――――――
あの目を――――――――――
あの言葉を―――――――――
でも――――――――――――
「何故――――――――――――それを?」
オーランドは、両手を大きく広げて、笑った。
「だって、貴方に願ったのはこの僕ですから。あの時は今と違って目つきも悪かったですし、言葉使いも粗野でしたから。それとも、フードで顔がよく見えなかったから、気づかなかったんですかね? 僕は貴方が、器とつながれるよう――色々と手助けもしてあげたと言うのに」
マリアは信心用具を握ると、体全体に魔力を流し、オーランドに向かって走った。
「力を押さえて、僕に勝てる訳がないですよ」
マリアの周りに、黒い球体が数体出現すると、体が動かなくなる。
「結局あなたは、僕を恨み切れていません。だって、憎いんですよね? 自分自身が。――本当に、優秀ですよ、貴方は。依り代として選ばれるだけのことはあります。依り代とはつまり――自分を犠牲にして、他者を救うだけの――ただの生贄なのですから」
その言葉を最後に――マリアの意識が遠のいた。
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