第102話 告白

 夜、王家の食卓。


 マリアはシスター服でなく、白いドレスを着用。


 ソフィーはオーランドに呼ばれ、席にはいない。


 メイドが椅子を引く。


 さぁ、試験の始まりだ。


 


 ――

 


 

 マリアは無事に食べ終わる。


 さあ、どうだ――と、王家の方たちに目を向けた。


「言いたいことはある。しかし、わざわざ口にするまでもない」


 王の言葉に、マリアは首を傾げる。


「合格だ、と言うことですよ」


 そう言って、カーチスは笑う。


「紛らわしい言い方ですねぇ」


 マリアとしては、素直に褒められたい。彼女なりに頑張ったのだから。


「調子に乗られても困るのでな。合格は合格でも、ギリギリのラインだ。これからも精進し、明日は緊張感を持って事に当たるがいい」

「分かりました。――しかし、私は褒められて伸びるタイプなんですけどねぇ」


 マリアの発言に――カーチスは驚き、アレンは呆れ、王は笑った。


「そうか、なるほど。ならば、褒めよう。良くやった、マリア」


 ひとしきり笑った後、王は急に真顔になり、マリアを見つめる。


「本当はもっと、前に聞くべきであった。そなたは本当にあれを――ソフィーを愛しているのか?」


 マリアは背筋を正した。


「はい。私は、ソフィー様を愛しています」


 鋭い眼光を向けられながらも、マリアは臆することなく発言した。


 しばらく、王はマリアを観察する。


「――そうか、私のときとは違うのだな。そなたと結婚したい――そう言ったときのあやつの目が、言葉が――昔の私を思い出させた。初めて、ソフィーは私の娘なのだと実感したよ。人を好きになると、夢中になり、何も見えなくなる。相手が欲しくて欲しくて仕方なく、独占せずにはいられない。そんな私に――似ていると思ったよ」


 国王は苦笑した。

 そして、彼は手を上げ――人払いをした。


 執事とメイドもいなくなり、この部屋にいるのは王家の人間だけ。


「今から話すのは、ひとつの告白であり、懺悔だ。何故このような話をしようと思ったのかは自分でも分からない。しかし、話すべきだと、私は考えた。――知っている人間は意外と多いのかもしれないが――アレンとカーチス、その二人とソフィーの母親は違う」


 王子たちは驚く。――まさか、そのような話をするとは、思わなかったから。


「アレンとカーチスの母親とは幼馴染だった。昔から良く知っている――大事な人だ。遠くはあるが血縁者でもあるから、妹のように感じていた。家族として――私は愛していたのだ」


 王は何かに耐えるよう、唇を少し噛んだあと、話を続けた。


「私の父が死んだのは、二十三年前――私がまだ十八のときだった。妻――メアリーは、まだ十四の歳だった。子供だと思っていたのに、私を献身的に支えてくれた。彼女がいなければ、私の心などとうに消え失せていたよ」


 そう言って、自嘲気味に笑う。


「私が二十のときで、メアリーが十六のとき、私はひとつの決心をした。王家の男性は二十で結婚するのが一般的だ。そのような男の傍に四六時中、一緒に居るのは――彼女にとって良くないことだと思った。だから言った。自分の幸せを見つけ、自分のために生きてくれと。私がそうであるように、彼女の年齢も――子供のままではいられない年齢となっていたのだから」


 間――。


「――彼女は怒り、泣いた。私のことを好きだと言ったよ。それは、薄々感じていたことではあった。しかし、考えぬようにしていた。私は彼女のことを、家族として――妹として愛していたのだから。だが、彼女の涙を見て決めたのだ。妹としてだけでなく、女としても愛そうと。私にとって彼女は、確かに必要な存在であったのだから」


 アレンはどこか憎々しげに、カーチスは悲しげに、王の話を聞く。


「カーチスが生まれた後の話だ。私は会ってしまった。彼女に、ソフィーの母親――フィーネに。彼女は平民で――メイドだった。庭園に彼女がいて、気になった。気になって、気づけば彼女の姿を目で追った。特別美人だった訳ではない。それでも、彼女の笑顔が、彼女の存在が――私の心を離さなかった。だから、話かけた。フィーネは王都に来たばかりで、世間に疎く、私が国王だと気づかなかった。私は自分の身分を隠して彼女と話した。楽しかった。これが恋なのだと気づくのに、そう――時間はかからなかった。初めての恋に夢中だった。初めは、人の目を気にして、誰もいないときに話しかけたのに、それすら忘れて――話しかけてしまうことすらあった。そんなんだから、直ぐに噂が広まり、フィーネも私が国王だと知った。彼女は困惑していた。しかし、私を拒否できるわけがなかった。半ば無理やり、私専属のメイドにした。あれだけ周りの目を気にして、正しい王になろうとした私の目には、彼女しか映らなくなっていた。彼女は弟と二人暮らしで、いつも夜には帰ってしまう。それが気に入らなくて、彼女が気に留める人間など――死ねばいいのにと思ったよ」


 王は笑う。浅ましい、自分を笑った。


「あれだけ愛そうとしたメアリーの存在を疎ましく思うようになった。彼女はフィーネのことについて何も言わなかったが、メアリーは私を求めることが増えた。どこか必死さを感じるその姿に、苛立ちが募る私は――きっともう、どこか変になっていたのだろう」

「母上は――本当に、父上を愛していた。心を、病む程度にはな」


 アレンの言葉に、王は苦悶の表情を浮かべる。


「――そう、なのだろうな。しかし、私は自分の感情を抑えられなかった。メアリーを怒鳴りつけることすらあったよ。彼女は何も悪くなかったと言うのに――きっと、私の方が先に病んでいたのだ」


 沈黙。


「私はフィーネを求めた。彼女の全てが欲しかった。自分の立場を捨てて構わないと思うほどだった。私の愚かさは、その弱さを彼女の前で言葉にしてしまったことだ。フィーネが断ろうとも、私は懇願した。そなたが手に入らぬのなら、死んだほうがましだと――私は言ったのだ。国王が――守るべき民に対して、私は――自分で背負うべき弱さを彼女に押し付けた。結婚してほしいとまで口走ったよ」


 そう言って、王は鼻で笑う。


「フィーネは優しかった。私を完全には否定しなかった。できなかっただけかも知れないが――そうだとは、思いたくない。フィーネは私を受け入れ、彼女を抱いた。私は彼女にたくさんのものを貰った。だから、私は少しでも彼女に返したかった。しかし、彼女は何も受け取ろうとはしなかった。彼女の願いはずっと一緒だ。ここで働くことと、自分との関係を内緒にすること」

「そして、ソフィーが生まれたわけか」

「そうだ。生まれたとしても問題ないと思っていたよ。しかし、生まれた子の容姿を見て驚愕した。この国のものなら知らない者はいない――語り継がれた物語通りに、彼女は銀髪、銀目の赤子で、泣くことなく、私たちを見ていたよ。見ただけで誰もが、ただの赤子でないことを理解した。その赤子が私を見る目が――ただただ恐ろしかった。自分の罪を――そのとき初めて自覚した。私は今でも、ソフィーの目を直視できない。あれは――私の罪だからだ」

「ソフィー様の姿に、罪を被せないでください。罪の結果により生まれたわけじゃない――愛の結果により生まれたんだって、そう思えないんです?」

「マリア、それを――俺達の母上の前でも、そう言えるのか?」


 アレンの言葉に――マリアの口が塞がる。


「ソフィーに罪はない。そんなの当たり前だ。父上の罪だからだ。誰かが肩代わりできるものでもない。しかし、そう思えない人間もいる。あのときの記憶など殆どないが、確かに覚えている。優しかったはずの母上の狂ったように暴れ出す姿は――幼かった俺の脳裏に焼き付き、今でも忘れられない」

「そうだ――あれは、私の罪だ。王家の人間は誰よりも清く、正しく生きねばならん。私たちは神に選ばれ、人の代表として――この世界の上に立っている。ならば、私の罪は他の誰よりも重くなる」

「……フィーネさんはどうなったんです?」

「お前たちの部屋でソフィーをひとりで育てた」

「それってまさか――閉じ込めたんですか?」

「まさにその通りだよ。彼女は私の罪を自分の罪として悔い、ソフィーが一歳になる前、彼女は自殺した」

「た、確かに、不倫は罪かもしれません。でも、そこまでですか? 死ぬほどの罪なんですか? 精霊の子を――何故、みなはそこまで恐れるんです?」


 誰も答えない。


「何百年に一度、魔王が現れ世界を滅ぼす時、天から授けられた精霊の子がそれを打ち倒す――それは、私が聞いた話です。それを信じるなら、精霊の子は、人を助ける存在ではないんですか? その子がこの世に生まれたことを何故、誰も祝福できないんです?」


 誰も答えられない。


 誰もが、ソフィーを見て――何故か恐怖し、自責の念にかられる。だから、誰も彼女を直視することが出来ない。


 それは何故なのか――誰も答えられなかった。

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