第101話 あなたと見る景色

 淑女計画は無事に進んでいく。


 アレンが様子を見に来ては冷やかして帰る姿も、見慣れた風景となる。


 時の流れは早く、明日はもう――結婚式。


 不安はまだ残るが、オリヴィアはマリアに大丈夫だと告げた。


 本当に? と一瞬、思ったものの、先生を信じようと心に決めた。


 今日の夜、久々に王家の食卓に呼ばれている。それはある意味、最終試験のようなもの――そう思うと、嫌になってくる。


 再び、アレンが姿を見せた。


「何だ、もう終わったのか」


 時間はまだ、三時前。確かに、早いといえばその通りである。


「この後、少しだけソフィー様とお出かけすることになっておりまして」

「もう、大丈夫なのか?」


 一瞬、言葉に詰まったものの、先生の言葉を信じるのだと自分を奮い立たせた。


「大丈夫です。……多分」


 しかし、途中で心が折れた。

 

「お前なりには、頑張ったのだろう?」


 少し、気になる言葉だったが、マリアは頷く。


「それは当然、頑張りましたよ!」


 マリアは胸を張った。


「では、大丈夫だ。確かに、結婚式は王家の威信にかかわるかもしれんが、式はお前たちのものでもある。マリアがそれでいいと思い、納得できるのであれば――それで十分だ。だから、自身をもって、堂々としていればいい。お前たちが主役なのだ。お前たちにとって正しいと思うものが、正しいのだから」


 マリアは、アレンをじっと眺めた。


「もしかして、勇気づけようとしてくれてます?」


 アレンは、馬鹿にするように笑った。


「別に、思ったままの言葉を吐いただけだ」


 そう言って、アレンはさっさと部屋を出ていった。


 意外といい人だなぁーと、マリアは思うのだった。



 

 ***


 


 小さなバケットを持ち、外へ出かけた。


 マリアはお姫様抱っこで持ち上げられ、空での旅を満喫――はできない。


「マリア、まだ慣れないのですか?」

「いやいや、これでも前と比べれば大した進化ですよぉ」


 目をつぶり、必死にしがみつく彼女を見ては、あまりにも説得力がない。


「しかし、式の後はもう少し遠出をするつもりなので、それでは困ります」

「馬車の旅とかどうです?」

「それでは、マリアと二人っきりではなくなります」


 マリアとしては特に二人っきりであることにこだわらない。と言うよりも、もっとたくさんの人と一緒の方が楽しくないですか? とすら考えている。

 しかし、他の人を巻き込むべきでないことぐらい分かっている。そのため口にはしない。その判断は正しい。なぜなら、ソフィーは二人っきりがいいのだ。二人っきりであることに意味があるのだ。マリアもそうであると信じて疑わない。そんな彼女に対して、もっとたくさんの人と旅がしたいなどと言葉にしたが最後、マリアには恐ろしい罰が与えられただろう。


「まあ、ゆっくりと行けば良いじゃないですかぁ。二週間もの時間をいただけたんですから」


 王からの許可は既に貰っている。

 ソフィーとしては、一ヶ月だとしても少ないぐらい。そのため、二週間しか許可を与えなかった国王を思い出し、再び苛立ちが募った。


「楽しみですね、ソフィー」


 マリアの言葉に、先程までの怒りは直ぐに消えた。




 ソフィーのお気に入りの場所。


 山の頂上にある1本の大きな樹。

 二人は太い幹の上に座った。


 そこから見下ろす王都が、ソフィーは気に入っている。


 マリアを連れてくるのは今回で2回目。

 ソフィーはどうしても今日、二人でこの景色を見たかった。


「本当に、いい景色ですねぇ、ここは」


 マリアの心からの賞賛に、ソフィーの頬が緩む。


「ええ、そうですね。マリアと見る景色は、やはり格別です。マリアが隣にいてくれるだけで、世界はこんなにも美しいと――そう、思えます」

「あんまり、そう言うことはサラッといわないで欲しいんですけどねー」

「何故ですか?」

「……だって、何か照れくさいじゃないですかぁ」


 マリアは顔を赤くし、頬を膨らましてからそっぽ向く。


「マリア。お願いですから、その可愛い顔を見せてください」


 振り向く気配がない。


「マリア」


 ソフィーがもう一度名前を呼ぶと、マリアは渋々と顔を見せた。彼女は唇を尖らせている。きっと、怒っていると思わせたいのだろう。本当は、何も怒っていないのに。


「マリア、キスがしたいです」

「……普通の、キスなら――いいです」


 ソフィーは唇を合わせるだけのキスをする。


 本当は、もっとしたいと――ソフィーは思う。


 でも、彼女に嫌われたくはないし、怖がらせたくはない。だから、今は我慢だと決めている。

 お仕置きの場合は――また、別の話ではあるが。


「なんか――熱くなってきましたねぇ」


 そう言って、手で軽く扇いだ後、マリアはバケットの蓋を開けた。

 

 中には、サンドイッチ。

 それは、カーラが二人のために作ってくれたもの。


「今回は崩れなくて良かったですねぇ」


 マリアはバケットをソフィーの方に差し出した。


「好きなのを選んでくれて大丈夫ですよぉ」

「マリア、食べさせてください」


 マリアはため息をつく。


「今回で最後ですよぉ」

「分かっています」


 サンドイッチを手に取り、ソフィーの口元に近づける。


 ――あれ? 前にもこれで最後だと言わなかったっけ?


 ソフィーは嬉しそうに、サンドイッチを口にした。


 彼女の顔を見て、深く考えるのは止めた。

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