第100話 お仕置き
場の空気を変えるため、ナナは努めて明るく言葉を紡いだ。
「ねぇ、マリアちゃん。君にちなんだものなんだけどね、世間ではちょっとしたブームが起きてるんだよ。それ、知ってる?」
マリアは、首を横に振る。
「ソフィー様の――マリアちゃんは私のものだー宣言があった日から、そのブームは巻き起こったんだよ。何か、気になるでしょ」
正直、あまり聞きたくはない。
「あの宣言から、女性が女性に告白するってのが増えてるんだよ。それはお城でも、当然――街の中でもね」
「あ、そうなんです?」
「女性が女性を好きだ――なんて、言いづらい雰囲気だったからね。その壁を、ソフィー様は取っ払ってくれたって、喜んでいる人は多いらしいよ。実際に、カップルが出来ているみたいだし」
ふむ、とマリアは頷く。
あのふざけた宣言も、決して無駄ではなかったのかと思うと、少しだけ救われた気分になる。
「これはあれだねー、私が告白されるのも時間の問題かもしれないねー」
ナナは顎に手をやり、ニヒルな笑みを浮かべる。
「馬鹿な事を言ってないで、いいかげん仕事に戻るよ」
ベルは不機嫌そうな声を出す。
「じゃあ、マリア、また今度」
そう言って、ベルはさっさとどこかに向かって歩き出す。
「あ、ちょっとベル? ではマリアちゃん、また今度ゆっくりとね」
ナナはマリアに手を振って、ベルの後を追った。
マリアはその場に立ち尽くし、暫く思案した後、帰り道を歩く。
その途中、何となく外の空気が吸いたくなって、中庭に向かおうと振り返る。
――急に襟首をつかまれ、魔法で体が宙に浮かぶ。
「帰りますよ、マリア」
何もない場所から、ソフィーの姿。
「急に現れると困るんですけど?」
「それは何故ですか? 何か後ろめたいことでも?」
ソフィーはマリアを睨みつける。
「そんなんじゃないんですけどぉ。急に現れると心臓に悪いんですからね!」
「マリアの側には、常に私がいる。そう思えばいいだけではないのですか? そうすれば、いきなり私が現れても驚くことはありえません」
「そういう問題ではないんですけど?」
「では、どういう問題ですか?」
そう問いかけられると、少し困る。
これはちょっとした難問かもしれない。
「ソフィー様、これはもしかしたら人類がこれから答えを探し続け、いずれは到達しなければならない――そんなひとつの究極的な問いかけかもしれません」
「そうであるのならば、さっさとその考えを捨ててください」
「何故です?」
「マリアは私のことだけを考えていればいいんです。そんなくだらない問いかけで、あなたの貴重な脳を使わせたくはありません。例えその問いかけの発端が――私であろうともです」
――なんか、恥ずかしくなってくる。
「あ、愛ですねーそれは」
「ええ、愛ですよ。その愛は、誰にも負けるつもりはありません」
冗談で吐いた言葉を、素直に返され、マリアはますます顔が赤くなる。
「もしかして、今のはいい感じでしたか?」
ソフィーはマリアの顔を見て、そんなことを言う。
マリアはそっぽ向く。
「そろそろ、エッチできそうですか?」
「それは、まだですから!」
マリアの言葉に、ソフィーは剥れる。
「待たせてはいけないと、急ぎ飛んで戻った部屋にあなたがおらず、わざわざ迎えに来た私に対してそれはあまりにも冷たすぎます」
そんなことを言われても、正直困る。
「ところで――聖女様とはどんな話、してたんです?」
「大した話ではないので、マリアが気にすることでありません」
そう言った後、ソフィーは何かを思い出したかのように小さく声を上げた。
「……聖女様の話を聞くだけで、忘れてしまいました。マリアをアへ顔にする方法を」
「そんなくだらない話は永遠に聞かなくていいですから」
「そんな訳にはいけません。これも全て、マリアのためですから」
一体全体――どう私のためになるのか聞いてみたい気もする。くだらない返答になることだけは間違いないのだが。
マリアはため息をつく。
「ところでいい加減、下ろしてもらっていいです?」
ソフィーはマリアを眺める。
「因みにですが、もしかして寄り道しようとしていましたか?」
その言葉に、マリアはドキッとした。
ソフィーの言葉で、言いつけを思い出す。
マリアは誤魔化すために口笛を鳴らそうとしたが、今までできたためしもないものが急にできる訳もなく、かすかすの音しかならない。
「なるほど、私の言いつけを守らなかったのですね」
「何も言ってもせんけど!? っていうか、まだ寄り道はしてないですからね!」
マリアの言う通り、しようと思っただけでまだしていない。だから決して――嘘ではない。
「寄り道をする予定でしたが、まだしていない――と言うことですね?」
「そうですよー、しようと思っただけで、実際にするかどうかは分からないじゃないですかぁ。だって未来のことなんて誰にもわからないんですから。だから、私は無罪ですからね!」
ソフィーは少しだけ、悩んだ。
「分かりました。とりあえず戻りましょう」
マリアはほっとした。
魔法でマリアの体はソフィーの腕の中に収まる。
「続きはベットの上でしましょう。これも全て、マリアのせいですよ」
何故、ベットの上?
マリアの疑問は、後ほど解決する。
部屋で鳴り響く悲鳴は、二人だけの秘密のお話。
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