第99話 背伸び
今日のレッスンがそろそろ終わろうとした時、聖女が姿を見せる。
オリヴィアは慌てて、頭を下げた。
セラは手を軽く上げ、気にしないでそのまま続けてくれと伝える。
「いやいや、気になりますから」
「マリア様、本番はいろんな人に見られることとなります。そのため、これはいい練習となります」
そんなことを言われてしまえば、マリアとしては何も言えなくなる。
今は食事のレッスン中。
それを、後ろからじっと見られる。
ものすごく気が散る。
でもどこか、いいところを見せてやりたいという気持ちもある。
なんともいえない気持ちがぐるぐるとし、正直な話、空回りした。
レッスンが終わり、シスター服に着替えて部屋を出た。
聖女は廊下で待っており、軽く挨拶をする。
「聖女様、さっきのは色々と失敗しましたが、あれは後ろに人がいたからですよぉ。最近はあのようなミスをしたことなんてありませんからね!」
マリアは、セラに向かってひとさし指を突き付ける。
「大丈夫、ちゃんと分かってるわよ」
「本当です?」
「私が見ているから、つい緊張してしまったのよね。分かるわよ、マリア」
「そういう風に言われるとなんか嫌ですねぇ」
まるで子供をあやすような言い方に、マリアは再び、なんとも言えない気持ちとなった。
「ところで聖女様、今日はここに何をしにきたんです?」
「マリアの様子を見にきたってのもあるけど、今日はソフィー様に少し用があったのよ」
「私ですか?」
ソフィーは無表情で尋ねる。
「ええ、ほんの少しよろしいでしょうか? マリアは外していただきますが」
「構いません。私もちょうど、聖女様にはご教授お願いしたいことがありましたので」
変な奴ではないだろうな? とマリアは不安になる。
「先にマリアを部屋に送ってからで問題ありませんか?」
「あら? マリア、いつもソフィー様に送り迎えさせてるの?」
「そんな訳ないですから! ソフィー様も過保護は止めてください。部屋ぐらい一人で帰れますから」
「しかし、不安です」
「子供じゃないんですから。絶対に一人で帰るんですからね!」
「絶対に寄り道をせず、人に声をかけられてもついていかない――マリア、これを守れますか?」
「だから、私を子供扱いしないでください!」
マリアはぷりぷりしながら、彼女らに背を向けた。
「マリア、ちゃんと私のいいつけを守ってくださいね」
ソフィーは負けじと、マリアの背中に向かって注意を呼びかけた。
「分かってますから!」
マリアは律儀に返事を返し、部屋へと向かった。
聖女様がきたせいか、いつもの時間より早く終わった。
そのため、少しだけ職場に顔を見せようかと思った。
これは決して寄り道ではなく、ただの顔見せ――だからソフィーの言いつけを破るわけではないと、マリアは考える。
廊下に、ナナとベルがいた。そして、もう一人が――白衣を着ていないため一瞬分からなかったが、二人の幼馴染のサリーだ。
「何かあったんです?」
マリアは三人に話しかけた。
サリーはマリアの顔を見て、明らかに焦った顔をした。
「こ、これは――お久しぶりです、マリア様」
相変わらず――"様"をつけられると違和感が凄い。
「別に、前みたいに呼び捨てで構いませんよぉ」
マリアの言葉にサリーは慌てて頭を下げる。
「す、すみませんでした。この前のご無礼はどうかご容赦ください」
何が無礼になっていたのか――そんなの、マリアには分からない。
「気にしないでくださいね。気にされるほうが私は辛いですから。それより、前みたいに話してくれたほうが私は嬉しいですねぇ」
サリーは顔を上げ、マリアの言葉に驚いた顔をした。
「だから言ったでしょ? マリアはそんなこと気にしないって。ねぇ、マリア」
「はい。ナナさんの言うとおりですよぉ」
何故かサリーはもう一度頭を下げた。
「――あたしはあんたのこと、勝手に勘違いしてた。だから、もう一度だけ謝らせて欲しい。マリア、本当にごめん」
顔を上げたサリーに、マリアは親指を立てて笑顔で答える。
「サリーさん、大丈夫ですよぉ」
マリアにつられて、サリーも口元を緩めた。
「で、本当に何かあったんです? 深刻そうな気配がしましたけど」
「んー、まあ、サリーが研究所を辞めて、明日実家に帰るって言うからさ。ちょっと干渉に浸ってただけだよ」
ナナの言葉に驚く。
「辞めちゃうんですか?」
サリーは苦笑いする。
「私がいた研究所――キマイラは解体したからね」
キマイラ――ヴィオラさんがいた研究所。
「本当に気味が悪い話なんだけど――」
サリーは躊躇しながらも、言葉にした。
「――私はあそこで一緒に働いた人との記憶はある。だけど、あの研究に関しての記憶が一切ないのよ。信じられないでしょ? だって、あたし自身――信じられないんだから。しかも、それは働いていた人間全員がそんな状態なのよ。自分のことを棚に上げて、その事実を疑ってしまうぐらいよ。でもね、専門家の調査により、それは間違いないと判断されてしまった。だからね、気味が悪いって思う以上に――あたしのこの数年間が凄く意味のないものになってしまった。それが一番――恐ろしいのよ」
サリーの言葉に、誰も口を開けられない。
「だからあたしは考えて、村へ帰ることにしたの。少し背伸びをして、この王都に来たけど――あたしはやっぱり、自分の生まれた――あの村のほうがきっと性に合ってた」
そう言って、サリーは苦笑する。
「さっき二人には言ったけど、あたし――湿っぽいのは嫌いだから。余計なことは言わないでよね」
「だって、泣いちゃうもんね」
「泣くか!」
笑いが起きる。
「最後に、マリアと話せて嬉しかったよ」
サリーは背を向ける。さよなら――その言葉を最後に離れていく。
「サリーさん、また今度ですよ!」
マリアは手を振った。
ナナとベルも、それぞれの言葉を投げかける。
サリーは振り返らず、手を上げて――彼女たちの思いに応えた。
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