第98話 デート

 数日が経つ。


 淑女計画はまだ途中。

 道はなんと険しいことかと、マリアは思う。


 三時前に、ソフィーは突然の提案を行った。


「休憩がてらに街へ出ましょう」


 マリアは、実にいい提案だと頷いた。

 

 気分転換は必要なこと。

 だって、今のままでは心が折れてしまいそうだから。


「し、しかし、そんな余裕は――」

「何か、文句でもあるのですか?」


 ソフィーに睨まれ、オリヴィアはすぐに姿勢を正した。


「いえ、全くありません」


 オリヴィアの言葉に、ソフィーは満足そうに頷いた。




 マリアはドレスからシスター服に着替え、ソフィーは気にせずドレスのまま、街に出た。

 

 オリヴィアも普段の鎧姿で、マリアたちの後に続く。

 近くにいると、ソフィーが不機嫌になるため距離は離している。

 

 ソフィーは姿を見せたまま、マリアと手を繋いで街の中を歩く。

 いつものように空を飛んでの移動ではない。

 ゆっくりと歩幅を合わせ、好きな人と景色を共有する――それは、なんと幸せなことかと、ソフィーは思う。


 ソフィーは上機嫌で歩く。

 その表情に街の人たちは驚く。

 だって無表情のソフィーしか知らないのだから。

 しかも、手を繋いで歩く姿など誰が想像できただろうか。

 その表情に、いつもの恐れの感情が薄らいでいることを――たくさんの人間が感じた。




 この前、アンナと座っていたベンチまで来ると、ソフィーが足を止めた。


「マリアが、この前食べていたものを買って、ここで一緒に食べましょう」


 そんなに食べたかったのか? と、マリアは思った。


「何味がいいです? ――って、言った所で分かりませんよね? 一緒に行きます?」

「何を言ってるのですか? 当然ではないですか」


 向かう先は目で確認できる場所にある。


 人気店のため、中にはたくさんの人間が列を作っていたが、ソフィーの顔を見て誰もが道を開けた。


 マリアは躊躇したものの、ソフィーは気にする様子もなく前へ向かう。


「マリア様、気になさる必要はありません」


 後ろから、オリヴィアがこっそりと耳打ちした。


 マリアは意を決してソフィーの後に続いた。



 店員さんは引き攣った笑顔でのご対応。

 マリアは心の中で謝罪したあと、ソフィーにメニュー表を見せた。


「どれがいいです?」

「マリアが食べていたものがいいです」


 メニュー表も見ずに、ソフィーはそう言った。


「え? 他にも色々ありますよ?」

「マリアが食べていたのがいいんです」


 ソフィーの意志は固そうだ。


 既に決まっていたのなら、わざわざ着いて来る必要などなかったのでは? とマリアは思ったが口にはしない。


「オリヴィアさんはどうします?」


 マリアは振り返って、そう尋ねる。


 オリヴィアは高速で首を横に振った。


 嫌いなのだろうか? 勿体ないなぁーと思う。


 マリアはメニュー表を見ながら悩むが、同じものをふたつ頼んだ。




 ベンチに座って、カップアイスとスプーンをソフィーに渡す。


 ソフィーはアイスをスプーンで掬うと、一口目を何故かマリアの口元に近づけた。


「いや、その――私も、同じものを頼んだので」


 マリアが拒否したため、ソフィーのスプーンは宙に浮いたまま。


 先程までのご機嫌な顔が嘘かのように歪み始める。

 マリアは慌てて、ソフィーから差し出されたアイスを口にした。

 再び上機嫌な顔に戻り、マリアはホッとした。


「私は――マリアが誰かと交わした思い出のひとつひとつを、私の思い出に塗り替えて行きたいのです」


 そう言って、ソフィーは笑う。


 え? 何それ――怖いんですけど?


「これから――新しい思い出を作って行けばいいだけじゃないです?」

「何を言っているのですか? そんなの当たり前です。過去と未来、どちらとも――私の思い出だけにしたいだけです」


 いや、流石に無理ですからね――それ。

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