第97話 淑女計画③

 食事の後は、歩き方とあいさつの作法を習った。


 ソフィーは相変わらず、そつなくこなした。

 オリヴィアから称賛の声をかけられても、無表情。


 マリアとしては、褒めていただけるなど――何と羨ましいことかと思う。

 先程からの自分の失態に、きっとオリヴィアは呆れているはずだからだ。

 だから、早く名誉の回復に努めたいと考え、焦っている。


 ソフィーはマリアの方に振り向く。


 何故か不機嫌そうな顔。

 つい、先程まではずっとこちらを優しげに見守る風を装っていたのに!


 ソフィーは全てうまくやれている――正直、理由が分からない。

 その顔になりたいのは自分の方だと、マリアは思う。


「マリアは――私を、褒めてくれないのですね」


 その言葉に、マリアは目をぱちくりとさせた。


 いやいや、褒められたいのは私の方ですけど? とマリアは思うのだが。


 しかし、何かをやるたびに、いちいちこちらに目線を向け、何かを期待したような目を向けてくる。それを見ていたら何だか褒めずにはいられなくなってくる。


「やはり、ソフィー様はすごいですねぇ。尊敬してしまいますよぉ」


 そんな、阿保っぽい言葉でソフィーは嬉しそうに喜んだ。


 ――先程までの、くだらないライバル心など、何処か遥か遠くまで吹き飛んだ。




 ***


 


 昼の食事は再びレッスンであり、あまり食べた気にならない。


 午後の授業は、ダンスである。

 式が終わった後、舞踏会が開かれるとのこと。

 そこでまず最初に、マリアとソフィーが踊るとのことだ。

 その話を聞いただけで、マリアの胃に穴が空きそうだ。

 

 オリヴィアとメイドのカーラが手本で踊った。

 オリヴィアが男役で、カーラが女役とのこと。


 実に見事であるとしか、マリアは言えない。

 そして、まったくもってできる気がしない。


「いやー、でも、本当に美しくてカッコいいですねぇ。ソフィー様にはできそうです?」


 ソフィーはムッとした顔をすると、マリアの二の腕をつまんできた。


 ――地味に痛い。顔が引き攣る程度には、痛い。我慢できないほどではないが、できればしたくはない。


「あのー、止めてくださいね?」


 ソフィーは無意識につまんでいた手を離した。

 

「この痛みはマリアに向けるべきではなく、あの二人に向けるべきでした」


 ソフィーの言葉に恐れおののく。


「いやいや駄目ですからねぇ。それぐらいなら、私にしていいですから」

「そうですか」


 そう言って、ソフィーは再びマリアの二の腕をつまんだ。


 これは、痛い。先程よりもかなり。しかも、今度はひねりの要素も入れてきた。


「いたたたたたたたた」


 我慢できずに声が漏れ、体がのけ反ると、ソフィーは手を離した。


 オリヴィアとカーラは踊りを止め、マリアを見る。


「マリア様、できればちゃんと見ていただきたいのですが」


 オリヴィアは悲しげな顔をする。


「すみませんでした!」


 土下座をするマリアを見ても、ソフィーは素知らぬ顔。


 理不尽だ! と叫びたい気分だ。




 ソフィーは踊ったことなどないと言う。

 しかし、一度見れば問題ないと彼女は言った。


 ソフィーが男役で、マリアが女役。


 言葉通り、ソフィーはマリアを優しく導いた。ゆっくりと動き、次の動作はどうするかなど――オリヴィアではなく、ソフィーが口にした。

 マリアの拙い動きを、ソフィーは見事にカバーする。

 少しの時間で、それなりに踊れているのでは? とマリアが思えるぐらいには、ソフィーは見事に彼女をエスコートした。


 オリヴィアは頷く。正直、ソフィーには何も教えることなどないと察して、ほっとした。




 休憩し、午後の後半は机の上で座学の時間。

 正直、欠伸を噛み殺すのに苦労した。


 夜の食事も四苦八苦し、ドレスを脱げた時には、力の入った体が急速に脱力した。


 


 自分たちの部屋に戻り、シャワーに入ると、直ぐにベットの上に仰向けで寝転がる。

 気力を使い果たし、もう起き上がれる気がしない。


 ソフィーの顔が現れ、軽く口づけをしてきた。

 そして、マリアの胸に顔を埋めてくる。


 マリアと比べて、ソフィーは余裕そうだ。

 やっぱり、お姫様なんだなぁーと、マリアは実感する。


「因みに、私の胸はソフィーの枕ではないんですけどぉ?」

「そんなことはありえません。マリアの胸はもう私の枕であり、私のものなのですから、私がどうしようとも問題ありません。本当にマリアは馬鹿なのですね」

「何故そのような発想になるのかが、わけが分かんないんですけど?」

「それを分からないから、マリアは馬鹿なんです」


 マリアとしては、手足をじたばたとさせ、暴れ出したい気分だが、そんなことをする気力が残っていない。


「マリアの胸は大きくていいです。きっと、私のために大きく育ったのですね」


 そんなわけあるかー! と、叫びかかった口元をなんとか、もごもごと動かすだけに留めた。


 マリアの胸は大きいほうだ。本人はそのことを気にしている。

 胸が大きいとよく見られるし、友達からはよく触られ、ソフィーのようにこうやって顔を埋めてくるお馬鹿さんがいて大変困る。

 重いし、動くとき邪魔になる。アンナは小ぶりで小さく可愛らしい。そのため羨ましいと口にしたことがある。そのとき、本気で舌打ちをされたため、このような発言はしないように決めている。


 ソフィーも実に小ぶりであり、マリアとしては理想的である。まあ、口にはしないが。


「今日の、私はどうでしたか? マリアの見本となりましたか?」


 少しだけ顔を上げ、上目遣いでこちらを見る。

 なんとあざといのかと、マリアは思う。


 つい、目線を逸らしてしまう。


「……まあ、その、格好良かったですよぉ」

「惚れ直しましたか?」

「ちょっとだけ――ですけどね」

「それならば、良かったです」


 安心したような顔をして、ソフィーはマリアの胸の中に沈む。


「鼓動が先程よりも、速くなっていますよ、マリア」

「い、いちいち、そんなことは言わなくていいんですよぉ」


 恥ずかしさのあまり、マリアは剥れたように言った。


 誰に何を言われたって、誰に触られたって、こんなにもドキドキすることなどありえない。

 これは――ソフィーだけの特権。

 それが悔しくも、嬉しいと、マリアは思ってしまうのだ。

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