第94話 約束

 深夜、寝室。


 二人は同じベットの上で、手を繋いで話をしている。


 ソフィーは旅で眺めた風景を彼女に伝えた。

 それをいつか、貴方と一緒に眺めたいと――ソフィーは言う。


 それはとても幸せなことだと、マリアは思う。


 式が終わった後、二人で小さな旅にでる――

 

 ――きっと必ずと、約束を交わす。


 

 ソフィーの経験した試練――マリアが想像していたような戦いなどではなかった。


 

 祭壇の奥にある水晶へ触れた瞬間、ソフィーはこの世界とひとつになった――そんな感覚。


 世界の記憶が流れてきた。それがどれだけの時間なのかは分からない。

 おそらく何千年もの時の流れに――自分の立ち位置が曖昧になった。

 世界は私とひとつとなり、私を理解し、私を理解させようとする。

 

 そして、自分の中に大きな図書館ができたと、ソフィーは言う。

 そこには、世界の全てがつまっている。

 それを開こうと思えば、いつでも開くことができる。

 しかし、そんなものには興味がなく、意味がない。だって――


「私が興味のある記憶は、マリアだけですから」


 そんなことを言われて、嬉しくないわけがないと――マリアは思う。しかし、重いなぁーとは思う。


「ところで――マリアと一緒にいた女は、一体何なのですか?」


 何と言われても難しい。友達だとしか言えない。


 考えてみれば、ソフィーにはあまり自分の身の上話をしたことがない。


 だから、ちょうど良いと思い――アンナの起こした事件を面白おかしく話した。

 マリアとしては、自身のある定番のネタだ。

 

 しかし、話し終えたとき――ソフィーは何故か不機嫌になっていた。それも、かなり。


 ソフィーは繋がっていた手を離すと、上体を起こした。


「す、すみません。面白くなかったですかね?」


 ソフィーは無言で見下ろしたあと、マリアの方に倒れ込み、彼女の胸に顔を埋めた。


 マリアは咄嗟のことで身を固くする。


 それは――エッチな目的ではないのかもしれない。それでも、初夜のことを思い出し、身がすくむ。


「マリアが他の誰かの話をするのは、やはり面白くありません」


 ソフィーは胸から顔を上げ、責めるような口調でつぶやいた。


「えーと……嫉妬です?」

「当然です。そのせいで、こんなにも胸が苦しいのです。これも全ては、マリアのせいです。だから、責任取ってください」


 そう言って、ソフィーは胸に再び顔を埋めると、擦り付けてくる。

 不機嫌なソフィーに対して、止めてとも言いづらい。


「私とその女――どっちが大切なのですか?」

「比べるものでもないと思いますけど? だって、友達と――えっと……その、妻、ですから」


 最後の言葉に、マリアは何故か照れが入ってしまう。


「私の方が大切だと――言ってくれないのですか?」


 マリアは静かに息を吐く。


「私は――どっちが、とか……あまり好きではないです」


 ソフィーの頭を静かに撫でる。


「こんなこと――あんまり、言いたくなかったですけど、私の心臓の音、聞こえます?」

「……聞こえます」

「普段より、凄く速いんですから。これ、ソフィー様のせいですからね。アンナにはできません。ソフィー様だからできることなんですよ」


 離れた手に、再び熱がこもる。今度は恋人繋ぎで、ソフィーは指を絡めてくる。


「それは――私が、特別ってことですか?」

「それは、そうに決まってますよぉ。だって、そのぉー、私の妻、なんですからぁ。それ以外に何があるんです?」


 ソフィーは再び顔を上げる。目に熱がこもっている。


「マリア、それはエッチをしてもいい――と言う合図ですか?」

「違いますからね! あんまりしつこいと嫌いになっちゃいますよぉ」


 ソフィーは衝撃を受けた顔をする。


 その表情にマリアまで驚く。


 マリアが本気で言っていないことぐらい分かっている。しかし――


 ――マリアに嫌われる。そんな未来を一瞬でも考えてしまえば、それは――ソフィーにとっての絶望。


「もう二度と言いません――とは言えませんが、なるべく我慢します」


 例え、嫌われようとも――ソフィーとしてはマリアから離れるつもりなどないのだが。


「私はずっと一人で生きてきました。人の顔を見れば人の感情が分かる。だから、誰の目も見ずに私は生きてきました。だってそれは、煩わしいものだからです。私はずっと無の状態で生きてきました。誰にも触れず、誰の感情にも惑わされない。しかし、あなたを見たとき、私はあなたを知りたくなりました。マリアの心を――私は理解したかった。触れることは怖い、嫌われることは恐ろしい。それなのに、あなたは私の心に触れた。そしていつしか、あなたは私の全てとなりました。例えあなたに嫌われようとも、私はあなたを求め続けます。私はあなたと永遠に生きる覚悟をしています。だから、マリアにも覚悟をして欲しいのです。私とともに生きることを」


 そんなことを言われたって――


「――私はとっくに覚悟を決めていますよ、ソフィー」


 マリアの言葉に笑みを浮かべると、ソフィーは身を乗り出し、軽い口づけを交わした。


「因みにですが、どこまではしていいのですか?」

「唇を合わすだけのキスと、軽く抱きしめるだけでお願いしますね!」


 その言葉に、ソフィーは再び絶望した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る