第95話 淑女計画①
朝。
マリアの淑女計画が始まる。
部屋まで、姫騎士であるオリヴィアが迎えに来た。
どうやら彼女が先生のようだ。
騎士ではあるが、由緒正しき御令嬢である。
知っている人ならば、少しは安心だとマリアは胸を撫でおろす。
オリヴィアはいつもの鎧姿ではなく、薄ピンク色の綺麗なドレスを着ている。
「オリヴィアさんって、本当に綺麗ですねぇ。憧れてしまいます」
マリアは心からの賛辞を贈った。
それを分かったオリヴィアとしては、つい照れてしまった。
それを見て、ソフィーが不機嫌にならないわけがない。
姫様の殺気に、オリヴィアは腰を抜かしそうになる。
「これは、浮気ですよ、マリア」
「そんな訳ないですからね!」
「私が浮気だと思えば、それは浮気なのです。だから、マリア。キスをしてください。そうしなければ、おさまるものもおさまりません。当然、濃厚なほうですよ」
ソフィーからは引く気配を感じさせない。
マリアはため息を吐く。
あまりしたくはない方法だったのだが――マリアは彼女に背を向けた。
「そんなこと言う姫様は、嫌いになっちゃいそうですねぇー」
その言葉に、ソフィーは雷に打たれたような顔をした。
「わ、分かりました。今回だけは、見逃しましょう。……本当に、今回だけですよ?」
最後の方は、お伺いを立てるような口調でつぶやいた。
マリアは振り返ると、ソフィーは上目遣いで眺めてくる。
「我慢しました。――だから、嫌いになりませんか? マリア」
マリアはすぐに顔を背けた。
「は、反省していただければ、嫌いに何てなりませんよぉ」
上目遣いは卑怯だと、マリアは思った。だって、いつも以上に可愛く見えてしまうのだから。
「そうですか、それならば良かった」
ソフィーは安堵の息を漏らすと、笑った。
そんな二人を眺めていたオリヴィアの口からは、乾いた笑い声が漏れてきた。
向かう場所はお城の三階にあるらしい。
意を決して、マリアは部屋を出た。
何故かソフィーまでついてくる。
「私も、マリアの手助けとなります」
「ソフィー様に、淑女の何たるかを分かっているとは到底思えませんけど?」
「マリア、それはとんでもない思い違いです。一度覚えたことを決して忘れません。貴方の良い見本となりましょう」
マリアは疑いの目を向ける。
「ま、マリア様。国王様からは、ソフィー様にも是非参加していただくよう伺っておりますので」
ソフィーは腰に手をやり、言った通りでしょう? とでも言いたげな顔を向けてくる。
マリアは悔しげに、ぐぬぬ、と唸った。
そんな二人を見て、オリヴィアは苦笑いする。
国王がソフィーにも参加させようとしたのは、マリアの見本となることを期待して――では決してなく、ただ不安だったからだ。
オリヴィアはマリアだけでなく、ソフィーの教育にも期待されている。
――何と恐れ多い! と、オリヴィアとしては叫び出したかった。しかし、王からの依頼とあっては大人しく従う他にない。
***
それほど広い部屋ではない。
たくさんのハンガーラックが置かれており、たくさんのドレスがかけられている。
「それでは、まずはドレスに着替えて貰います。好きなものを選んでくれて構いません。左側はソフィー様の、右側はマリア様のサイズでまとめさせていただいております」
これだけの数を、自分たちのために用意して貰ったかと思うと、嬉しさよりは申し訳なさの方が強い。
――とは言え、たくさんありすぎて選びようがない。マリアはあまり何かを選ぶのが得意ではないのだから。
「えっと――どれも素敵なんで、なんでもいいです」
オリヴィアが適当に選んでくれないものだろうかと、彼女に目線を贈るが、にっこりと笑顔で返されただけで終わった。
ソフィーは右側の方のドレスを眺めだす。
「ソフィー様のは左側らしいですよ」
「分かっています。正直、自分のはどれでも構いません」
「いやいや、そういうわけにはいかないですよぉ」
マリアがそう言うと、左側にあるハンガーラックからひとつのドレスが浮かびあがる。
「これで構いません」
宙に浮いているのは、薄い水色のドレス。
ソフィーが普段着ているのと似ている。
やっぱり、青系が好きなのかな?
「それよりも、マリアのドレスです」
ひとつひとつを取り出し、マリアの顔と見比べながら選んでいく。
マリアではなくソフィーが気に入ったものはさっきから宙に浮かべて待機させている。
「なんですかこれは? こんな露出が多いものを置いて、一体何を考えているのですか!」
ソフィーは怒った。
それを聞き、オリヴィアは顔を青くさせ、土下座して謝る。
「こんな卑猥なものなどあり得ません」
とか言いながら、そのドレスは元に戻すことなく宙へ浮かべた。
「あのー、なぜ元に戻さないんです?」
ソフィーは何故か肩を竦めた。
「マリアは本当に馬鹿ですね。そんなの決まっているではないですか」
「つまり?」
「私と二人っきりの時に、これを着ていただくためです」
と、そんな馬鹿なことを堂々と発言した。
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