第93話 王家の威信

 夜は王家の食卓に呼ばれ、二人で参加した。


 アレンの帰りが遅かったため、普段よりかなり遅い食事となった。


「アレン様、向こうでのお気遣いありがとうございます。もう、大丈夫そうです?」

「恐らくはな。ただ、あの周辺の調査は引き続き行わせるつもりだ」

「一体、あれは何だったんですかね?」

「さあな」


 目の前に光り輝く料理たちが並べられていく。


 つい、そっちの方に気が取られてしまう。


 マリアは唾を飲み込んだ。


「ソフィーも戻ってきた。式まで一週間もない。マリア、明日からは一日中――徹底的に作法を学んで貰う。良いな?」


 国王の言葉に、マリアは目をパチクリとさせた。


「式にはお偉方が集まる。王家の威信にかかわると思え」

「い、いやー、でも私、教会の仕事が……」

「問題ない、聖女の許可は貰っている」


 有無を言わせない迫力がある。


「わ、分かりました」


 マリアの言葉に王は頷くと、食事を始めた。


「嫌なのですか?」

「嫌ってわけじゃないんですけどぉ」

「私は、マリアを守ります。貴方が望むのなら、止めさせますが」


 その優しさ――甘さは、毒だなぁーとマリアは思う。


「そんなことをしたら、結婚式は即中止だ」


 王はソフィーの顔を見ず、そんなことを言う。


「なんて卑劣な……」


 ソフィーは体を震わせ、軽い殺気を漏らす。カーチス以外は慣れたものなのか、たいして気に止めた様子はない。


「ソフィー様、大丈夫です。嫌なことも、不安なことも、私にとっては必要なことですから。あまり過保護なことはしないでくださいね」


 マリアは、言い聞かせるせるように言った。


「何故ですか?」

「それは、そいつがマゾだからだ」


 アレンの言葉に、ソフィーは確かに――と言った感じで頷く。


「違いますからね!」


 なぜか疑いの眼差しを向けられる。


「嫌なことも、不安なことも、私を成長させる要因となるんです。だから、その機会を奪わないでくださいよぉ」


 とは言え、ついつい不満を口にしてしまうし、逃げられるものなら逃げだしたい。でも、それが必要なことなら頑張りたい。ただ、愚痴だけはこぼさせて欲しいと、マリアは思う。それが、うざいであろうことは重々承知だ。


「分かりました」


 ソフィーは素直に頷いた。


「それで、いつ食べさせて貰えるのですか?」


 マリアはまだ、一口も食べていない。


「何を言ってるんですかねぇ、ソフィーちゃまはー。食べさせて貰いたいだなんて、お子ちゃまなんですかねぇー」

「それで構いません。だから、早く食べさせてください」


 ソフィーは別にお腹を空かせているわけではない。マリアに食べさせて欲しいだけ。


 堂々としたソフィーの姿に、マリアは何も言えなくなる。救いの目を国王に向けた。


「今日は許そう。しかし、明日からしばらくそのような機会などないと思え」


 ソフィーは期待の目をマリアに向けてくる。


 マリアはため息を吐くと、椅子を引いてソフィーの傍まで寄る。


「今日が最後ですからねぇ」

「分かっています」


 ――そう、彼女は理解している。そんなことはありえないことをちゃんと分かっている。


 ソフィーは嬉しそうな顔をしている。


 それを見て、マリアは心を引き締める。喜んでしまえば、ソフィーを調子づかせてしまうのだから。

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