第90話 限界

 ソフィーは体の震えがおさまると、体を離した。


 マリアを見つめる。


 ソフィーは、顔を近づけ――


 ――何故か、マリアに食い止められた。


「何をするのですか?」


 顔を手で掴まれ、引き離そうとしてくる。そんなことをされる理由が、ソフィーには分からない。


「それはこちらの台詞なんですけどぉ。ソフィー様こそ、何をする気です?」

「何とは? 今はキスをする流れでした」

「公衆の面前では、マジで止めてくださいよぉ。これ、前にも言いませんでしたかねぇ?」

「マリア、大丈夫です。私は気にしません」

「私が気にするんですよぉ。他の人に見られたら恥ずかしいんですから!」


 ソフィーは少し、考える。


「確かに――マリアのメス顔を他の人間に見せるわけにはいけません。あれは私だけのマリアなのですから」

「メス顔なんてしたことありませんけど!? って言うか、キスぐらいでそんな顔をするわけないですから!」


 顔を赤くし、ぷりぷり怒るマリアの――何と愛らしいことか。

 そんな彼女を見て、ムラムラしないほうがどうかしていると、ソフィーは思う。


「マリア、今すぐふたりの部屋に帰りましょう」

「な、何か唐突ですねぇ。でも、駄目ですよ。私だってそれなりに責任感を持ってここにいるんですから。そんな無責任に自分ひとり帰る訳にはいきませんよ」


 ソフィーは無言で足を激しく揺らした。

 顔は無表情だが、不機嫌なのは伝わってくる。


「わ、私は帰れませんが、ソフィー様は先に戻っていて大丈夫ですよ。長旅で疲れていると思いますので」


 マリアの言葉で、ソフィーは顔でも不機嫌さを滲み出してくる。


「マリア、お前ももう帰れ」


 アレンの言葉に、マリアは驚く。


「ドラゴンの体が消えるのも時間の問題だ。他に気配もない。俺達はしばらくここで待機し、周囲の調査を行うが、お前らは先に戻ればいい。オーランドにはこちらから伝えておく」

「そんな訳には――」


 マリアが何かを言いかけたが、ソフィーは気にせず彼女をお姫様抱っこで持ち上げた。小さな悲鳴が耳元で聞こえる。視線を向けると、マリアは口元を押さえる。


「アレン、たまにはいいことを言いますね。見直しました」


 アレンは鼻を鳴らす。


「お前らが邪魔だからだ。さっさと行け」


 マリアがごちゃごちゃと文句を言ってきたが、ソフィーは無視して飛び上がった。再び小さな悲鳴が聞こえ、直ぐにソフィーの首へと腕が巻き付いてくる。


 ソフィーの逸る気持ちのせいか、いつもより速度がでている。

 そのため、マリアとしては生きた心地がしない。



 

 ***



 

 部屋につくと、ソフィーはマリアをベットの上に下ろした。

 ソフィーは自分の靴を投げ捨てたあと、マリアの靴を脱がし、同じようにベットの外に放り投げる。


「……何で、ベットの上なんです?」


 マリアは上目遣いで見上げてくる。その仕草が最後の一押しとなった。


 ソフィーはマリアを押し倒すと、唇を奪った。


「ちょっ――」


 止めようとしてくる手を掴み、休む暇も与えず、ソフィーはマリアの口内を犯し尽くす。


 初めは抵抗していた手と足の力が弱まる。


 それは自分を受け入れた証だと思い、ソフィーは満足する。

 行為を一旦止め、顔を上げた。

 何故か、マリアは顔を赤くしながら睨みつけてくる。ソフィーは首を傾げた。


「わ、私がいいって言うまで、待ってくださいよぉ」


 若干、涙声になっている。


 その姿、その声は――ソフィーの嗜虐心をくすぐるだけ。

 

「では、続きいいですか?」

「駄目ですから!」

「聞くだけ無駄ではないですか」

「聞いたからこそ、駄目だっていう事実が分かったんですから、意味があるじゃないですかぁ。これ、重要ですからね!」

「我慢できません」

「ちょっとぐらい我慢してくださいよぉ」


 マリアはため息を付く。


「別れる前に……あれだけしたじゃないですかぁ。もう、十分かと思いますけど?」


 その言葉に、ソフィーは衝撃を受ける。


「それはもしかして、初夜のことを言っているのですか?」

「……何かその言いかた嫌ですけど、そうですよー、その日のことですー。だって私、気絶までさせられたんですよ?」

「私はマリアのことを愛しています」

「い、いきなりなんです? 満足してくれたってことでいいんですよね? 今日はもうかなりキスしてくれましたし、大人しく休んでくださいよぉ。長旅で疲れてるんでしょうから」


 マリアはそっぽ向き、少し照れたように言った。


「全然足りません」

 

「……え?」


 マリアの頭が真っ白になる。


「私はマリアを愛しています。だから、全然足りません」

「いや、あれだけしたんですよ? 私、気絶したんですけど? あれはもう、数か月分の行為を凝縮してましたから!」

「今度はもっと優しくします。だから、マリアをください。この4日間、マリアのことを考え何とか耐え忍んできました。しかし、それももう限界です」

「わ、分かりました。分かりましたから、一旦退いて貰っていいですかね? まだ日が傾いていませんしー」


 ソフィーはマリアに覆い被さったまま、退く気配はない。


「大丈夫です、私は気にしません」

「私は気にするんです! このやり取り、何回目ですかね!?」


 ――唐突に、部屋の中に別の気配を感じた。


 机の上にオーランドの使い魔がいる。


 ソフィーが殺気立つ。


 黒猫が鳴くと、ソフィーは苛立ちを含んだ声を出す。

 

「先程のことなど何も知りません。アレンから話は聞いているのでしょう? 私の知ったことではありません」


 黒猫がもう一度だけ鳴くと、ソフィーの様子が落ち着く。


「結婚式についてですか? それならば、無視はできません」


 ソフィーはマリアから離れ、黒猫の側に寄った。


 マリアは開放されたあと、シーツに丸まり、ソフィーの様子を観察する。


 ソフィーは黒猫と何度かやり取りする。


「サプライズ……なるほど、分かりました。ひとりで向かいます」


 了承すると、黒猫は姿を消した。


 ソフィーはマリアの方に体を向け、近づいてくる。


 マリアはシーツで顔まで隠した。


「マリア、なぜ顔を隠すのですか? 早くあなたの可愛い顔を見せてください」

「……今から、オーランドさんのところに行くんです?」

「ええ、これもマリアのためです。だから、行く前に顔を見せてください。そして、キスがしたいです。そうしなければおさまるものもおさまりません」


 マリアは少し時間を置いたあと、シーツから顔だけを覗かせた。


「本当に、マリアは可愛いですね」


 そう言って、ソフィーはマリアの口内に舌を侵入させた。激しくなりそうなため、マリアは距離を離すと、再びシーツで顔を隠した。


 ソフィーとしては不満だが、確かにここでやめとかないと、歯止めがきかなくなりそうだと納得した。


「……結婚式、いつぐらいになりそうなんです?」


 シーツで顔を隠したまま、マリアは訊ねる。

 

「あと一週間ほどかかるそうです。もっと早くできるように圧をかけますか?」

「し、しなくていいですから!」

「そうですか、分かりました。それではマリア、私はしばらく留守にしますが、どこにも行かないでくださいね」


 ……静寂。

 

「マリア?」

「わ、分かってますから!」


 マリアの言葉に頷き、ソフィーは部屋を後にした。

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