第4章

第88話 再び

 ソフィーが出発してから4日目の朝。

 マリアは、お城から呼ばれる。


 ヴィオラの墓に挨拶をしてから、教会を出た。


 お城前の広場には多くの人が集まり、何かの催しの準備をしている。

 それが何なのかはあんまり考えたくない。


 遠巻きから人の視線を感じる。

 黒髪は目立つ。それは昔から。


 そのため特に珍しいことではないのだが、いつもと雰囲気が違う。

 それは、街の中を歩いていても感じること。


 マリアは速足でお城の方に向かった。




 いつも挨拶している門番の兵士は姿勢を正しくし、深々と頭を下げてくる。


「おじさんにはそれ、似合わないですよぉー」


 彼はいつもへらへらしており、だらしなく、何回もマリアのお尻を触ろうとして小突かれている。

 本気で触ろうとしているわけではないため、どんくさいマリアでも簡単に避けることが出来ている。


「いやぁー、マリアちゃんも一応、王族の端くれになっちまったからなぁー。形だけでもしとかないといけないだろ?」


 そう言って、おじさんと呼ばれた兵士はにやにやと笑った。


「形だけとは、失礼な人ですねぇー。でも、そんなのしなくていいですよぉ」


 マリアの言葉に、おじさんは困ったように笑う。


「残念ながら、そういうわけにもいかないんだよ。これでも一応、王国に忠誠を誓っているからね」


 その言葉は、マリアにとっては少し意外だった。


「マリア」


 後ろから声を掛けられる。


 おじさんは急に顔つきを変え、膝をつき頭を下げた。


 王子アレンと、女騎士のオリヴィアが後ろに立っている。

 オリヴィアは何故か不安そうな顔をしており、胸に手を当てると、マリアに頭を下げた。


「マリア様、この前のご無礼はどうかお許しください」

「い、いや、お気になさらず」


 正直、何について謝られているのかマリアには理解できていない。

 それよりも、耳慣れない敬称の違和感が凄い。


 オリヴィアは顔を上げ、驚いた顔をしている。


「そんな簡単に許していただけるのですか! この体は王家の人間を守るためのもの。それを差し出すことはできませんが、顔ならどれだけ殴ろうとかまいません!」


 マリアの顔が引き攣る。そんな美しい顔を殴ることなどできるはずがない。


「すまんなマリア。こいつの家系は長年王家を守ってきた。それ故、少しおかしな忠誠心なんだ。ソフィーのことは苦手みたいだが」

「そ、そういう訳ではないのですが……」


 オリヴィアは悔しそうに歯を食いしばった。


「まあ、あれに対して恐怖を抱かないのはマリアぐらいなものだよ」

「い、いずれ、必ずや克服してみせます」


 その言葉に、アレンは苦笑する。


「マリア様、私はこれから貴方を守る剣となることを誓いましょう。ご無礼の償いは結果にて返します」


 マリアとしてはどう反応すればいいのかが分からず、まごついた。


「マリア、お前も王族だ。守られることに慣れろ。その彼らを糧とし、それ以上の人間を救う義務がお前にはある」


 そんなことを言われても、良くわからない。


「だがそれはいずれの話だ。今はまだ分からなくても構わん。ところでお前も、今から会議室か?」

「そうですね。何で呼ばれたかは知りませんけど」

「……ところで、ここまでひとりで来たのか?」

「? まあ、そうですね。私ひとりです」


 アレンは顎に手をやり、少しだけ考え込む。


「まあ、いい。取り敢えず会議室に向かうぞ」


 そう言って、アレンは背を向けて歩き出す。


 ちょうど良かったと思う。だって、まだ完全には道を覚えていなくて不安だったから。


 マリアは最後におじさんの方に視線を向ける。

 まだ膝を付き頭を垂れている。

 それはマリアにではなく、アレンに対して。

 それは分かっている。

 でもどこか、寂しい気持ちになった。

 自分が彼らの側ではなく、アレン側に立ったということを、無意識にでも自覚したからかもしれない。




 会議室には、全員揃っている。

 アレンはいつもどおりの席に座る。

 マリアはソフィーの席に案内され、座った。

 オリヴィアは会議室の外で待機している。


 オーランドは周りを確認し、満足そうに笑みを浮かべ、席を立った。

 そしていつものようにくだらない話をした後、本題へ入った。


「ここから北東の方向に突然魔物の大軍が発生しました。砦よりも王都のほうに近く、奴らはこちらに向かって進軍しています」

「ゴブリンのときと同じく統率されていると言うことか?」


 と、アレンが疑問を口にする。


「ええ、その通りです。そして奴らと同じく王都が目的かと思われます。おそらく6時間後には姿を現すでしょう」

「こんな短期間でそんな珍しいことが起きるものなのか?」

「やはり、精霊の子のせいではないですかな?」


 小太りの男が、自慢のヒゲをさすりながらマリアの方を見て、そんなふざけたことを言った。


「なのに、こんな時に限って姫様はいらっしゃらない。自分の尻拭いさえできないでは困りますよ。しかもその理由が、平民の女にうつつを抜かしたからとは――とても私の口からは言えませんなー」


 マリアは笑顔でこめかみをぴくぴくとさせた。


「平民の女とは誰のことだ? マリアのことを言っているのか?」

「アレン様、私の口からはなんとも」

「それがマリアでないことを祈るよ。彼女はもう我々王家の人間だ。それを侮るような発言をするほど、貴殿が馬鹿ではなかったと信じたいのだがな」


 アレンの凍るような目つきに、小太りの男は一瞬だけ怯んだが、すぐにふてぶてしい顔に戻る。


「それに、マリアが言うには今のこの異常な現象はソフィーのせいではないとのことだ。精霊の子が生まれたから魔物が増えたわけではなく、魔物が増えたから精霊の子はこの世に産声をあげたとな」


 アレンの言葉に、小太りの男は口から笑い声を漏らす。


「いや、これは失敬。素晴らしい夢物語だったもので、つい」

「精霊の子が生まれたから魔物が増えたと、お前は何故そう思う?」


 アレンのお前呼びに、眉が吊り上がる。


「何故も、それが真実だからですよ」

「お前は神か? 人の世界には真実などあってないようなものだ。まぁ、何を信じるかはその人間の自由ではあるのだがな」

「……アレン様は、何が言いたいのですかな?」

「確証がないことをさも真実かのように語るなと言っている。人の考えである以上、少しはそれが本当かどうかを考える知恵をつけろ。何も考えずに人の言葉をそのまま口にするのは馬鹿のすることだ。多少なりとも自分の頭で考えての発言なら、俺は気にしないのだがな」


 小太りの男は我慢できずに、机を叩いた。


「アレン様は、私を馬鹿にしているのですかな!?」

「いちいち言葉にしないと理解できないのか?」

「分かっておられないようなので言いますがねー、私のおかけでこの国がどれだけ豊かになったかお分かりですかな!?」


 実際、この男は何もしていない。毎日いろんな女に手を出すだけの毎日。それでも、彼の財力と家柄は無視できないもの。そのすべては彼の父親の偉業と、功績のおかげである。彼の父親は宰相として王を支え大臣たちを取りまとめた。彼はそのまま父親の跡を継いだが、当然仕事もできないしするつもりもない。形だけの役職であり、彼の実務は実質オーランドが行っている。


「しかも、こんな情況で誰も興味のないくだらない式の準備で大忙しときた。とんだお金の無駄使いですなー。しかも人が死んでいる。あれは私の娘ですぞ?」


 その言葉に、マリアの体は震える。


「私はあれにいくらかけたとお思いで? あなた達が守れなかったせいで、私は大金を溝に捨てることとなったのですよ!」

「我々を信じず、お前らの雇った護衛で守らせた――では、非はそちらにあるのではないか?」

「何をぬけぬけと――」

「それに、その話はすでに昨日、済ましているはずだが? ここで同じ話を繰り返すつもりか?」

「あの場は大人しく引き下がりましたがね、私の心はまだ癒えておりませんからなぁ。何せ大事な娘を失ったのですから」


 昨日いただいたお金、財宝だけではとても足りぬと、彼は言っている。

 

「そこまでにしろ。今はそんなことで争っている場合ではない」


 王の言葉で、とりあえず両者は矛を収めた。不機嫌な顔はそのままだが。


「オーランド、話の続きを」


 王に話を振られ、笑顔で頷く。


 あんなに緊迫した中、常に笑顔であったオーランドの姿に、マリアは不覚にも感心してしまった。

 彼とは反対に、カーチスはおろおろと不安そうにしている。


「敵はオークの集団です。数はおよそ二百ほど。それだけならそれほどの脅威ではありません。問題はオークのキングらしき魔物の姿があることですね。大きさはおよそ三メートルほど。ソフィー様がいない今、その退治はアレン様を中心にと考えているのですが、どうでしょうか?」

「俺は構わん」


 国王が答える前に、アレンはそう答えた。


「そして、アレン王子と一緒に、マリアさんにも参加していただこうかと考えております」


 オーランドはマリアに視線を向ける。


 予想外の言葉に、マリアは自分の顔を指差す。


 それを見て、オーランドは笑顔で頷いた。

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