第87話 ヴィオラ
城の中にある研究所は3つの組織に分かれている。
ひとつ目は、魔法を研究し、魔法技術の発展と魔法道具を発明しており、一番大きな組織となっている。
ふたつ目は、結界と薬学について研究し、教会関係者を中心にした組織である。
みっつ目は、魔物等の生物を研究している。規模としては一番小さく、ヴィオラが所属していた組織でもあり、名称はキマイラ。
その研究所内が消失していた。部屋の中には何もない。たった一晩の内に、今までの研究成果の全てを失った。
キマイラの代表者も行方不明となっている。
そのため、研究所の消失と、令嬢の失踪事件の重要参考人として、指名手配されることとなる。そして、組織関係者全ての調査が行われることとなった。
ヴィオラの件は、聖女が国王に説明した。加害者ではなく、被害者として。
***
教会内で葬儀を行い、墓を作った。そこに、ヴィオラの遺体はない。それでも、心の中に彼女はいる。
ヴィオラがこの教会に在籍していたのは三年前。それでも多くの人間が嘆き悲しんだ。
マリアは、花を添えた。
彼女が好きだった花。
なぜ好きなのか聞いたとき、マリアを思い出すから――そう言って、ヴィオラははにかんだ。
「ねえ、マリア。それの花言葉――知ってるかしら?」
聖女の言葉に、首を横に振った。
「花言葉は――初恋。初めての恋は実らない――それでも、私はあなたを愛す――そんな意味が込められているのよ」
――今からきっと、雨が降る。そんな気がした。
――
マリアはひとり、ベットの縁に座り天井を眺めた。
頭がぼんやりとしている。昨日から一睡もしていない。しかし、今は眠れる気がしない。
アンナは勝手に部屋に入ってくる。無言で隣に座ると、膝の上に頭を乗せた。
マリアは何も言わず、アンナの頭を撫でる。
言葉がないまま、時間だけが過ぎていく。
「ヴィオラさんは最後に、アンナに伝えて欲しいことがあると言ったんです」
「……それは、何?」
アンナは天井を眺めながら、つぶやく。
「ごめんなさいと――たくさんのありがとうを、アンナに伝えたかったんですよ」
その言葉を聞くと、アンナは口元を震わせ――目元に腕を乗せた。
「そんなの、私だって伝えたかった。……ヴィオラ姉のことは、物心つく頃から知ってる。マリアに会う前、貴族のせいで私の家族が滅茶苦茶になって、それで不貞腐れてた。そんな私を、ヴィオラ姉は気にかけてくれた。でも、私はそれを受け入れる余裕がなかった。酷いことを言った。彼女の悲しげな顔を見れば見るほど、私の口は止まらなかった。ヴィオラ姉だって、同じ目に合っていたのにね」
アンナの体が震えた。
「マリアと仲良くなれるきっかけはヴィオラ姉のおかげだった。私は、あのときのごめんねも――あのときのありがとうも、何も言えてない」
嗚咽が漏れる。
「目の前にすると気恥ずかしくて、いつも言えなかった。でも、いつか言えると思ってたのに、そのいつかはもう二度とこない」
マリアはポケットからハンカチを取り出すと、彼女の目元を拭った。
「ねぇ、アンナ。後で一緒にヴィオラさんのお墓に行きますよ」
アンナは葬式に参加せず、お墓にも顔を出していない。
「……でも、そこにヴィオラ姉はいない」
その言葉に、マリアは困ったように笑う。
「確かに、そこにヴィオラさんはいないです」
「だったら、そこに何の意味があるの?」
「でもそこに、私達の心があるんですよ。それがあるかぎり、彼女は生き続けます。私達の心のなかで」
「……」
「ヴィオラさんが望んでくれたことです。彼女は私たちの心の中で生き続けることを、願ってくれたんですよ。だから、二人で会いに行くんです。ヴィオラさんのところへ」
少し間を開けた後、アンナは小さく頷いた。
――
二人で、ヴィオラの墓の前に立つ。
他には誰もいない。
アンナはしばらく昔話を口にした後、少し迷う――迷いつつも、口にした。
ごめんなさいと、ありがとうを。
止まったはずの涙が、再び溢れる。
これで、何かが終わった――そんな、気がした。
「ヴィオラさん、今度はきっと――アンナの馬鹿な話が聞けますよ」
アンナはマリアに顔を向ける。
「今は無理かもしれないですけど、笑顔でアンナの馬鹿みたいな話をしてくださいよ。ヴィオラさんだって、アンナの泣き顔より、笑顔を見たいはずですから」
アンナは、服の裾で涙を拭う。
「私は頭がいいから、自分の馬鹿な話なんてできないよ。だから、今度はマリアの馬鹿な話をする」
そう言って、アンナは笑顔を作る。ぎこちない作り笑いを。
「じゃあ、アンナの馬鹿な話は私がしますよぉ」
暫くお互いの顔を見たあと、同時にヴィオラの方に体を向けた。
――さようならではなく、また明日。
次こそは笑顔で会えることを信じて、二人はその場を後にした。
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