第84話 わたしを※※して

 林に入ってすぐに違和感を感じた。その時にはもう、自分が別の空間に入り込んだのを理解した。

 マリアはすぐに足を止める。


 赤黒い四方八方の世界。

 少し離れた位置に、ヴィオラとアンナがいた。

 アンナは意識がないのか、ヴィオラに抱えられている。


「マリア、お帰りなさい」


 恍惚の表情で、ヴィオラは口にした。

 彼女は黒いローブに身を包んでいる。


 マリアは胸を押さえ、息を整えると、ひれ伏して、額を地につける。


「ヴィオラさん、許しください! 許せないのなら、私を殺してくれていい! だからどうか、アンナには酷いことをしないでください!」


 沈黙。

 

「マリア、顔を上げて」


 落ち着いた声。


 マリアは顔を上げる。

 彼女の声に、マリアは何処か期待してしまった。


 だけど、目に映るヴィオラの表情は憎しみ。


「それは何? 見せつけてるの? ふたりの愛を、ふたりの特別を私に見せつけてるの? 特別になれない私への嫌がらせなの? ねぇ、そうなの? マリア!」

「ち、違――」


 ヴィオラは横にアンナを投げ捨てると、地面から赤い鉄格子が飛び出し、少女を閉じ込める。

 アンナの頭は地面に叩き付けられたのに、目を覚ます気配はない。


 マリアは驚きで、声を上げることもできない。


「あれは、私を殺さない限り抜け出せない籠の中。アンナを助けたいなら、私を殺してね、マリア」


 ヴィオラはマリアの前まで来る。


「何で、そんなこと……私に、求めるんです?」

「それはね、貴方の特別になりたいから。私は貴方の呪いとなって生き続ける。永遠に」


 意味が、分からない。


「そんなことしなくたって、私は――」

「特別じゃないと、意味がないの。そのために私は化け物となり、人を殺した。マリアに殺してもらうためにね」

「そんなことのために?」

「そんなこと? マリアに会えない数年間で私は狂ってしまったのかもしれない。だから、わたしにはとてもそんなことだとは思えない。マリア以外の人間には価値がなくて、意味がない。だから、マリアが隣にいない人生なら早く終わってしまえばいい」

「そんなことないです。私なんかより、素敵な人はたくさんいるんですよ」

「いなかったよ。私が生きてきた年数、そんな人はいなかった」

「いつか現れます、きっと。明日かもしれないし、明後日現れるかもしれないじゃないですか」

「そんなあり得ない可能性よりも、私は貴方の永遠になることを選んだの。そもそも、そんなこと言われたってもう全てが遅すぎるよ、マリア!」


 そう言って、ヴィオラは笑う。


「……お城の事件は、本当にヴィオラさんが?」

「そう、私が殺した」

「それは――私のせいです?」

「彼女たちの場合、自業自得な所もあるけどね。だって、たくさんの罪を犯している。例え自分の手でなくてもね。だって、私だけじゃなくて、アンナの家族も、彼女のわがままを聞いた父親のせいでめちゃくちゃになったんだから」


 そう言った後、ヴィオラは嬉しそうに笑う。


 だからこそ、これは復讐でもあると――彼女は言った。


「それでも殺しは殺し。どうやって殺したと思う? 生きたまま食べたの。ゆっくりと、ゆっくりとね。苦しそうにもがく彼女を眺めながら」

「……食べる?」


 ローブの前を開く。黒い狼型の獣の頭が飛び出し、マリアの顔近くまで首が伸びる。大きく口を開け、鋭い牙が見える。大量の唾液が地面に垂れ、息がマリアの顔に吹きかかる。

 ヴィオラのお腹に黒い渦があり、そこと獣は繋がっている。


「この子は私であり、私はこの子でもある。全てが繋がっている。匂いや味も――何もかもね」


 獣はマリアの顔を舐めると、お腹の中に引っ込んだ。ヴィオラは唇を舐めると、ローブを閉めた。


「ねぇ、マリア、私を罰してくれる?」

「……罰しません」

「マリアは私を、殺してくれないの?」

「殺しません」


 ヴィオラは狂ったように笑う。


「じゃあ、貴方は私に何をしてくれるの?」


 ポケットから信心用具を取り出す。


 マリアは目を閉じると、静かに息を吐く。


 体中に、魔力を流し込む。


 頭を押さえ、無理やり過去の自分を押し込んだ。


 いくら余裕がなかったとはいえ、自分が情けなくて嫌になる。


 目を開けると、金色の目がヴィオラを映す。


「やっぱり、私を殺してくれるの?」

「ヴィオラさんを殺す以外に、アンナを救う方法はないんです?」

「ないの、それ以外の方法なんてないんだよ」

「じゃあ、ヴィオラさんを止めます」

「……私を殺してくれるの?」


 マリアはため息を吐く。

 今なら、ソフィーの気持ちがよく分かる。

 無様に地へついた膝を起こす。


「何度も同じことを言わせないでくださいよぉ。ヴィオラさん、馬鹿なんです? 殺さないって、そう言ってるじゃないですか!」


 ヴィオラの笑みが引き攣る。

 

「マリア! アンナがどうなってもいいの!?」

「良くないから、戦うんですよぉ! 私は欲張りだから、どっちも救うんですから!」


 ヴィオラは籠に向かって手を向ると、鉄格子からいくつもの赤い針が飛び出す。


 マリアは慌てて信心用具を握り、アンナに何重もの結界を張り巡らす。

 針が突き刺さるが、相殺はされず、侵食しようと針は震えながら火花を散らす。


「いつまで保つのかな?」


 冷や汗が流れる。それでも、必死に笑みを浮かべる。


「私、言いましたよね? 叱りつけるって」


 マリアは揺れる金色の目で、ヴィオラを見つめる。


「だから、覚悟してください」


 足元も震えている。でも、そんなことは些細なことだ。

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