第82話 大丈夫
食事を終え、何も言わなくてもアンナはマリアの部屋を訪ねる。
今、部屋の中には二人だけ。
アンナにペンダントを渡すと、驚いた顔をされた。
「ちょっと待って、いきなり何? もしかして私にまで手を出そうとしてるとか?」
マリアはため息を吐く。
「そんな訳ないです。それは聖女様からですよぉ」
そう言われ、アンナは激しく動揺する。
「せ、聖女様から!? ――た、確かに、素敵な人だなぁってずっと思ってたけど。いや、でも、うん。一度ぐらいなら抱かれてもいいかも……」
アンナは顔を真っ赤にし、最後は聞き取れないぐらい小さい声になる。
そんな彼女の姿を見て、マリアは首を傾げる。
「アンナ、一体何を言っているんです? 私は今、真剣な話をしようとしているので、あんまりふざけたことは言わないで欲しいんですけどぉ」
マリアの言葉に、アンナは目を見開く。
「ま、マリアのくせに生意気な! ソフィー様と婚約して、抱かれたからって調子に乗らないでよね!」
「調子に乗ってませんけど!? っていうか、何でそんな話になるんです?」
「あ、否定しないってことは、本当にエッチしてるんだー。なんかショックだなー。後でみんなに報告してやるー」
アンナはマリアに向かって呪詛をつぶやく。
「そんなことしたら、絶交ですよぉ、絶交」
「そんなことするつもりないくせにさ〜」
アンナはマリアの頬を突っつく。
「本気で怒りますよ」
「ごめんごめん。で、どうだった?」
「何がです?」
「とぼけないでよ。初夜の感想を聞きたいんだよ。誰にも言わないからさー」
マリアは嫌そうな顔をする。
――あまり、思い出したくない。だって、途中で意識を失ってしまったのだから。それはあまりにも情けない話だ。何か失態でもしていないかマリアは不安のまま。目覚めてから、ソフィーは一切手を出してこないし、初夜のことについて何も口にしなかった。
だから、何か粗相でもしてしまったのかと、マリアはしばらく悶々としていた。
あの夜のように求められるのは勘弁してほしいが、まったく求められないのもそれはそれで辛いものだとマリアは思う。そこまで考え、本当に面倒くさい女だと実感した。
――とは言え、気絶するまで頑張った自分をほめてあげたいとは思う。ソフィにもそう思って貰えなければ、たまったものではないなぁーと、マリアは思う。
「とにかく、この話はもうこれで終わりです。今日は大事な話があるんですから」
マリアの言葉に、アンナはやれやれと言った感じで肩を竦めてくる。
その仕草にほんの少し苛立ちを覚えたが、マリアは無視することにした。
「昨日、お城の方で令嬢失踪事件があったんですけど、それは知ってます?」
「知ってるよ。聖女様が皆に言っていたから。なるべく一人では行動するなってことと、夜に外へ出ることは禁止って言ってたよ」
「その犯人に、アンナは狙われる可能性があると、聖女様は判断したんです。だからそのペンダントを肌身離さず首にかけていてくださいよ」
「ちょっと待って。何で私? 意味が分からないんだけど」
「分からなくていいんです。気を張って、一人にならないでくださいね。アンナはこれからしばらく外へ出ることは禁止ですよ」
アンナはこめかみに人差し指を置いてしばらく思案する。
「私と――マリアが絡んでいるもの。――ヴィオラ姉……な訳ないよね?」
マリアの反応に、アンナは確信する。
「ソフィー様の件で、自暴自棄になったとか? でもだからってなんで私を――そもそも、ヴィオラ姉が事件の犯人だとはとても思えないんだけど」
「私だって、あり得ないと思ってますよ。だから、大丈夫です。でも、用心はしてくださいね」
「信じたいけど、不安は拭えないってこと?」
「いちいち推測しないでくださいよぉ」
「いや、そりゃーするでしょ。だって私、無関係じゃないんだから」
「……不安です?」
「正直、実感が湧かないから何とも」
「用心はしてくださいよ。でも、不安にはならなくても大丈夫です」
「何よそれ、マリアは難しいことを言うねー」
そう言って、アンナはペンダントを首にかけた。
「これで聖女様が守ってくれるってこと?」
「あと、私も守りますので」
マリアはアンナからデコピンをされる。
「ちょ、いきなりなんです?」
それほど痛かったわけではないが、攻撃された場所をさすった。
「マリアのくせに生意気だからよ。私の方が先輩なんだからね」
「それを言うなら、私の方が年上ですよぉ」
ふたりはしばらくにらみ合った後、どちらからともなく笑ってしまう。
「教会の中なら大丈夫です。聖女様が新たに結界を補強してくれたみたいですし。何より今、聖女様が調べてくれているので、すぐに普通の日常に戻りますよ」
マリアの言葉に、何故かアンナは苦笑した。
「でもねマリア、無理だけはしないでよ」
「何でそんな話になるんです?」
「マリアはすぐに無理をするからね。だから、今回は何よりも、自分のことを守ってよ。私のことよりもね」
そう言って、アンナは人差し指でマリアの額を軽く押した。
「アンナ、今日は久々に私の部屋で寝泊まりしてくださいね」
「えー、もしかして私、ソフィー様のように襲われちゃう?」
アンナは自分の体を抱きしめ、くねくねと腰を揺らす。
「何を馬鹿な事を言ってるんです? 別に昔は良くお互いの部屋で寝てたじゃないですかぁ」
「今のマリアには婚約者がいるからねー」
「友達と一緒に寝るぐらい大丈夫ですから」
「本当に大丈夫? なんかソフィー様の愛は少し重そうな気がしたけど。普通なら、皆の前であんな宣言しないと思うんだけど」
マリアは少し悩む。
「大丈夫です。……多分」
「なんか不安になる言い方だなー」
「とにかく、大丈夫って言ったら大丈夫ですから」
「分かった、分かったから。今日は久々にマリアの部屋で寝させてもらうかなー」
「最初っから、素直にそう言えばいいんですよぉ」
その言葉にアンナが反応し、二人の言い合いが再び始まる。
しかしすぐに何事もなかったかのように、仲良く風呂場に向かった。
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