第81話 覚悟

 教会の中はいつも通りで、アンナがいて、エリーナがいる。

 みんながいて、いつも通りの賑やかな風景。


 ソフィーとの婚約はみんな知っていて、質問攻めにされる。

 エリーナは何故か、不機嫌な顔で怒っていた。

 それでもみんな、祝福してくれた。


 マリアが来たのはお昼前だったため、食事の開始がかなり遅れる羽目になった。

 そのため、皆から責められることとなる。

 理不尽だと思いはしたものの、ご飯の前では仕方ないかと、マリアは思う。


 当たり前のようにみんなと食事をし、当たり前のように仕事を行う。

 表の仕事は騒ぎになるということで、ポーションの制作をアンナと一緒に行った。


 楽しかった。


 お城に行くまでは退屈だった仕事が、今は何故か楽しくて仕方がない。

 隣で仕事をするアンナが、嬉しそうに笑う。その顔を見て、心が満たされる。


 この日常の終わりが想像できない。

 アンナのいない日常が想像できない。

 これは、永遠にあるもの。

 だけど、不安が拭えない。

 それでも、あのヴィオラが何かをするとはとても思えない。


 だけど、最後に見せた表情。

 そして、姿を消した時の気配はどこか、エリーナの父親と同じものを感じさせた。

 そもそも、彼女にソフィーと同じように姿を消せることがすでに異常ではないのかと、不安になる。


 思考は何度も繰り返し、同じ結論となる。

 ヴィオラが、何かをするとは思えない――と。

 だから、誰かに彼女のことを相談する――それは告げ口をするみたいで、なんか嫌だ。

 ――嫌だけど、不安が拭えない。

 彼女のことを誰かに相談し、令嬢失踪の犯人としてヴィオラが疑われないか――それが、一番の不安だ。

 だって、自分ですら一瞬――想像してしまったのだから。


 悩んだが、マリアは聖女に相談することを決めた。

 彼女なら、自分の不安を笑って否定してくれるような――そんな、気がしたから。

 



 ――




 夜の食事前に、マリアは聖女の部屋を訪れた。

 

 聖女も、いつも通りマリアを出迎えてくれる。

 マリアがいつもの席に座った後、セラは急に笑い出す。


「な、なんですか急に」

「マリアの顔を見たら、急に朝の演説を思い出しちゃったもんだから」

「……それって、誰の演説です?」

「誰って決まってるじゃない。当然、マリアのよ」


 セラの言葉に、マリアは微妙な顔になる。

 

「もしかして、わざわざ見に来てたんです?」

「そりゃーそうでしょ、マリアの晴れ舞台なのだから」

「いや、あれはソフィー様の旅たちを祝す式であって、私はなんの関係もないと思いますけどぉ」

「でも結果的には、君を祝す式にもなった」

「それは結果論です。たまたまです」

「妻の晴れ舞台は、君のものでもある。それにもう、私にとっては他人ごとではないからね。まぁ、これは私が勝手にそう思っているだけの話だから、君が気にすることではないわよ」


 そう言って、セラは煙草に火を点ける。


「何よ、君まで笑って」


 セラに言われて気づく、自分が笑っていることに。


「人から聞いて知っていたつもりなんですが、今初めて知りましたよ。母親に見られて恥ずかしいという感情を」

「……何よ、それ」


 セラは真顔になると、煙草を口に咥えた。

 

 珍しく照れた姿に、マリアは笑いだす。つられてセラも笑ってしまう。


 煙草の煙が漂う。


 セラは天井に向かって大きくを息を吐いた後、煙草を灰皿の上に押し付けた。


「それで、今日も何か言いたいことがありそうだけど、どうしたの?」

 

 マリアは膝の上に乗せた手を握る。


「ヴィオラさんのことなんですけど……」


 予想外の名前に、セラは眉をしかめる。しかし、彼女に感じた違和感が蘇る。


 マリアは今朝の件、ヴィオラとの会話の内容を簡単に説明した。


 セラは口元に手を当てて、思考する。


「――例えばの話だけど、ヴィオラが昨日の事件の犯人だったとしたら、マリアはどうする?」

「そんなの、ありえないです」

「例えばの話よ。令嬢たちは失踪ではなく、殺されていると仮定してね」


 マリアは悩む。


「……問いただします。何故殺したのか。そして、説得します。これ以上罪を犯さないようにと」

「そして、衛兵につきだす? 彼女は間違いなく死刑でしょうね」

「きっと理由があります。だから、これ以上罪を犯さないと誓うのなら、見逃したいです。セラ様にも、見逃してもらいたいです」

「その被害者が、マリアの大事な人でも同じことが言える?」

 

 マリアは口元が震える。

 

「――これは、あくまで仮定の話です」

「そうね、だけど覚悟はしておきなさい」


 セラは立ち上がると、奥にある作業机の中を漁る。そこから、ひとつのペンダントを取り出した。


「これを、アンナへ渡しておいて。そして、必ず身につけておくように言い含めておきなさい。例え周りに人が居ようとね」


 マリアの手にペンダントが渡される。


「シスター長には伝えておくけど、アンナにはしばらく外回りの仕事はさせないようにするわ。当然、君もよ」


 セラは部屋を出ていこうとする。


「どこへ行く気です?」

「教会の結界を補強する。その後はちょっとした野暮用よ。今日は遅くまで帰らないと思うから、そのつもりで」

「……ヴィオラさんを調べる気です?」

「そうね。いい加減、あの子たちにも仕事を振らないといけないし」


 あの子たち――おそらくは、教会で保有する最強の精鋭部隊であり、聖女の側近たち。世に隠れ忍ものたち。この国で暗躍し、調査もすれば暗殺もする――そんな噂話を聞いたことがある。マリアですら見たことがない、そんな存在。


「ヴィオラさんは何もしていないですよ」

「何もしていなければ、問題ない。そうでしょう?」


 マリアは答えられない。


 彼女を信じている。――なのに、不安が拭えない。


「もしも――もしも、ヴィオラさんが犯人だった場合、セラ様はどうするんです?」


 セラは静かに息を吐く。


「マリア、覚悟だけはしときなさい」


 そう言って、聖女はマリアを残して部屋を後にした。

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