第79話 メイドたちとの語らい

 しばらく使わして貰った部屋を、マリアは掃除した。

 いつでも、別の誰かに部屋を譲れるようにするためだ。


 ――違う誰かが使う事を考えると、寂しくなってくる。

 名残惜しくも、マリアは扉を締めた。




 職場の人間には何の挨拶も、何の報告もしていない。

 そのため、待機部屋に向かった。

 その途中、道行く人から妙に畏まれる。マリアとしてはあまり面白くない対応だ。

 

 部屋の前にはいつもいないはずの兵士の姿。向こうの方から背筋を正し、頭を下げられた。

 

 マリアは違和感を感じながらも、頭を下げてから中に入った。

 メイド長はいない。ナナとベル、数人のメイドたちが控えており、すぐにマリアの方に駆け寄ってきた。


「ちょ、ちょっと、マリアちゃん、どーいうこと? どーいうことなの? ソフィー様と一体何があったの?」


 ナナを筆頭に、マリア中心に人が集まる。


「えーと、そうですねぇ。色々ありまして、それで、ソフィー様と婚約することになりました」

「その色々をしりたいんだよー」


 はしゃぐナナをベルが頭を叩き、大人しくさせた。


「ごめんマリア。ナナのこれはもう、不治の病だから」

「本当に失礼だからねー、それは」


 ナナは頬を膨らます。


「正直、自分もまだ上手く飲み込めていないんですよねぇ」

「マリア、敬語は使ったほうがいい?」


 ベルからそんなことを言われると、何ともいえない気持ちになる。

 

「急に敬語なんて使われたら、私は泣きますよぉ」


 言ってから思った。


 ――ソフィーが"様"をつけないで欲しい、という理由はこの感情のせいなのかと。


「嬉しいこと言ってくれるねー、マリアちゃんはー」


 ナナはマリアに頬ずりをし、すぐにベルから引き剥がされる。


「マリアの立ち位置が今ひとつ分からないけど、お偉いさんがいない場合はいつも通りにさせてもらう」


 ベルの言葉に、マリアは頷く。


「それで、マリアはこれからどうなる?」

「その辺が今ひとつ曖昧なんですよ。これからも教会の仕事はするつもりですが」

「ソフィー様も一緒に?」


 ナナの言葉に、マリアは笑ってしまう。

 

「まさか、そんなわけないですよ」

「そうかな? 前の私なら確かにそう思ったけども。今の私はソフィー様の見方が変わっちゃったからなー。マリアちゃんについて回って、一緒に仕事をするソフィー様の姿、簡単に想像できちゃうんだよねー。だって、今朝の言葉からマリアちゃんへの忠誠心みたいなものを感じたもの」


 ソフィーと一緒に教会の仕事を行う――それはもう、ハチャメチャになると容易に想像がつく。

 あんまり考えたくない未来だ。


「マリアちゃんの、ソフィー様への愛も十分伝わったからね!」


 ナナの言葉に、マリアは苦笑いした。

 

「これからは、ソフィー様の部屋で一緒に過ごすんだよね? だってもう、婚約したんだから」

「多分……ですけど、そうなるかと」

「うわー、なんかエッチだね、それ。どっちが攻めなの?」


 ナナはベルから頭を叩かれる。


「と、取り敢えず、ソフィー様がいない間は聖女様から教会に戻るように言われたので、挨拶をすましたら一旦帰るつもりです」

「確かに、あんな事件が起きた後だと仕方ない。聖女様が言うことは正しいと、私は思う」

「私もその方がいいと思うよー。巡回する兵士の人数は増やしてくれたけど、不安な人は不安だからね」


 教会へ戻る――それは彼女達を残して、ひとりだけ逃げることと同じ。そんなことは前から分かっている。ただ、考えないようにしていただけ。


「何かすみません。私はひとりで逃げ出すわけですから」

「そんなの、マリアが気にすることじゃない」

「そうだよ、だってマリアちゃん何も悪くないじゃない。もしもそのことで変なこと言う人がいたら、私がコテンパンにしてあげるから」

「本当に?」


 ベルの言葉に、ナナは一瞬、開いた口を閉じた。


「……それはあくまで、気持ちの上での話だよ。私の唸る拳には期待しないでよ」


 ベルが笑い出し、つられて他のメイドさんたちも笑い出す。


 ナナは剥れた。それを見て、マリアは笑ってしまう。最後にはナナまで吹き出してしまった。



 ――――



 マリアは関係者の人たちに挨拶を済ませた。


 メイド長のように萎縮する人は数名ほどいた。

 マリアとしては寂しく感じたが、殆どはいつも通りの態度で、マリアを応援してくれた。

 教会へ帰ることについて、誰ひとり咎めるものはいなかった。


 ヴィオラのことは気になったが、会う勇気はなく、挨拶することなくお城を出た。

 本当は会って直接説明がしたい。ただ、こちらから会いに行くべきではないと、そう思う。

 彼女もマリアが婚約したことを知ったはずだ。

 だから、悲しんでいると思う。でもそれは、きっと時間が解決してくれるものだと、マリアは考えている。

 だって、時間で解決できないと言うのなら、それはもう――ただの呪いでしかない。

 とてもじゃないが、自分がそれほど誰かに恋い焦がれる存在だとはとても想像ができない。

 だからきっと、ヴィオラならすぐに気持ちを切り替え、新たな恋に目覚めることができる。そして、きっと幸せになることができるはずだ。

 だって、この世界にはたくさんの人がいて、素敵な人で溢れている。

 そう考えると、マリアの足取りも軽くなり、教会への道を歩いた。


「マリア」


 人通りのない道にでた所、後ろから名前を呼ばれる。

 

 その声は、マリアを驚かせた。

 

 振り返ると、ヴィオラが立っている。


 彼女は笑顔だ。


 だけどその表情が――いつもの彼女と違って見えた。

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